「そういえば修くんのこと振ったらしいね」
「語弊のある言い方やめろよ」
「私も言われたんだよね、実は」
「は?駄目だめ、メガネくんにナマエはやらないよ、絶対駄目」
「いやいや、迅は私の何なの?」

 私は手に取っていたハンガーを戻して、迅と共に次の店を覗く。冗談を間に受けた迅はハナから断ると分かっているクセに、全力で拒絶している。嫁に出す父親ってこんな感じなんだろうなぁといつか見た映画のワンシーンを思い出す。

 先日のランク戦にて初の白星となってしまった玉狛第二。そこで総評として風間さんが言った『隊長としての務めを果たせ』という言葉に背中を押された修くんは、なんと迅に入隊を願い出たらしい。その後私にも話しに来たが、方向性は正しい。即戦力ないし動ける人間が1人増えるだけで、遊真くんが動きやすくなる。チームの主軸を活かす為に出来ることを考えるのは、隊員の命を預かる隊長として大事なことだ。

「ナマエがやるなら隊長交代だな」
「嘘、脳死で前線張ってる方が向いてる」
「はは、ちょっと分かるかもその気持ち」
「迅、基地帰ったら久々に10本勝負する?」

 私からの突然の申し出に目をまんまるにして足を止めた迅を、私は帰路に続く道の数歩先から見つめた。未来視があってもそれに身体がついていくかどうかは別で、太刀川さんと私相手では読み逃すこともかわしきれない事もあると話していた。脳死でやり合うならこれ以上ない提案かと思ったが、何故か迅は返答を決めかねている様子だった。

「あー……なんだろ、これ、めっちゃ嬉しい」
「迅顔赤いよ」
「うるせぇ〜ナマエの所為だよ」
「そんな変なこと言った?」
「言ってないよ、言ってない」

 今度は言葉の続きを伝えるか否か迷った様子で視線が泳ぐ迅。足は進み始めたが、悩む事に脳が割かれているのか、いつもより進みが遅い。

「玉狛に一緒に帰れるのが当たり前になったのが、すげー嬉しいなって、思って」
「ああ……そういう?」
「お前俺にとってどれだけ重大か分かってないな」
「うん全然分かってない」
「はああぁ〜〜……」

 溜め息と共に回された鍵は空回りして、既に開いていることが分かった。扉を開けてみると玉狛第二の面々が丁度戻った所だったらしい。今日も各々訓練を全うしてきたようで、良い疲れを感じさせる空気だった。

「みんなお疲れ様、精が出るね」
「あ!ナマエさんと迅さんおかえりなさい」
「千佳ちゃんただいま〜はいコレ」
「?なんですか、あっ!」
「遅くなったけど、お誕生日おめでとう」

 2月が誕生日だったと聞いてから、遅れてもプレゼントは渡そうと決めていた私は、今日の迅の予知予知歩き(命名者天才だなと思う)に乗じてお店巡りをしていた。
 中学生が貰っても気後れしないもので、千佳ちゃんが喜ぶもの。選んだもの以外に価値を与える事が喜ぶ理由になると思って選んだのは、色違いのシャープペンシル5本。「玉狛第二のみんなで使ってね」と伝えると、一気に花開くような笑顔でラッピングごとぎゅうと抱きしめる千佳ちゃん。色を見て配って回り、ふと最後に残った一本を手に配り回る足が止まる。いずれ増える仲間の分だが、まだ彼女はそんな事知らないし、予想もしないだろう。なんせ未来はまだ不確定なのだから。

「大事に持っていれば分かるよ」
「わ、分かりました、ナマエさん、ありがとうございます!」
「オレたちにもありがとうナマエさん」
「僕も、大切に使います」
「勉強もキチンとやるんだぞ、若人よ。未成年で無職は嫌でしょ?」
「ねぇ俺に飛び火してる、あと無職じゃないし」

 私は迅を真似たへらりとした笑みを浮かべて、夕飯の準備をしようと荷物を置きに一度その場を去る。賑やかなリビングを遠巻きに眺めて、温かく優しいこの時間に慣れてしまう事がまだ怖いと思う自分がいた。

剥がれかけた銀河の瘡蓋

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