「貴方には"視えて"いるのね?」
本部から呼び出され促されるままに辿り着いたナマエの母親の病室。普段他の奴らが来る時は必ず外す管の数々を、俺の前では隠さない。隠せないことを感覚的にわかっていたという。未来予知のサイドエフェクトの話をすれば、目の前の彼女は微笑んだ。まるで聖母か何かなんじゃないだろうかと思うほど、その姿は神聖なものに思えてならなかった。
「辛いものを見せてしまってごめんなさいね。あの子は……娘は泣いてるのかしら。ふふ、そうだったら嬉しいなんて言ったら母親失格かしら」
「泣いたとしても、前を見て進んでいける力があります。だからナマエさんはこの地で愛されてます」
「……貴方、あの子のことが好きで好きで仕方ないのね、分かるわ。あの人がプロポーズしてきた時と同じ顔、してる」
不敵に、どこか悪戯心を感じさせる笑みは、やはりナマエにそっくりだと思った。ここでいうあの人とは、ナマエの父親の事だろう。記憶の中にしかもうあの人は存在しないが、果たして自分は今どんな顔をしているのだろう。
突然前のめりになった彼女は繋がれた管に引き戻されて眉を顰めた。内緒話をしたかったらしいが、しぐさひとつひとつがなんとも幼く感じて、母親ではなくナマエ本人と話してるんじゃないかと錯覚してしまう。……いや、アイツの方が精神年齢だけは上だろう。
「実はあの子も知らない話なのよ」
私ね、サイドエフェクト、持ってるの。トリオン量が決して多い訳ではないのだけれど。
そう言って微笑んだが、何処か哀愁を感じる姿に、何故、と問うた。曰く、「他国ではどうか分からないが、親のサイドエフェクトを遺伝する稀な例が数例だけあった」という。彼女もそのうちの一人で、彼女自身はトリオンこそ持たなかったが、産んだ子どもたちはトリオンに恵まれたという。まるで懺悔でもしているかのような話し方に、思わず姿勢がなおる。
「あの子に兄がいるのは?」
「知ってます。黒トリガーとして今でもナマエを守り続けてますね」
「ふふ、そういう風に捉えてくれるならあの子たちも幾分か救われるかしら……」
「何故そう思うんです?」
「私が持たざる者として産めなかったことを、後悔してるから、かしらね」
トリオンさえ恵まれなければ、サイドエフェクトなんてあってもなくても星の子として贄の候補に挙がる事はなかった。母体には無い力を持つ子ども達。生まれたその時から他国へ逃す……いつか来る永遠の別れを覚悟していたという。その為に日頃から父親は戦い方を教え、母親は多少位のある者として少しでも星の子交代を遅らせる事に日々専念していた。
産んだことを罪を犯したことのように話す彼女は、娘にだけでも再会出来たことを心から喜ぶ事ができなかったという。受けるならば、赦しではなく罰である、と。
「ム、迅か!任務ごくろーであった!」
「陽太郎ただいま〜お手伝いか?偉いぞ〜」
「今日はナマエがハンバーグを作ってくれたのだ!迅も早く手伝え!」
今日も元気なお子様は、両の手いっぱいにカトラリーを握りしめている。以前ナマエがプレゼントした陽太郎専用のフォークも混じっていた。俺の時もそうやって手伝ってくれたら良いのになぁ、なんてぼんやりしていたら、ひょこりと顔を出したナマエが「迅おかえり」と柔く微笑んだ。やっぱり似てる。というか母親が若く見え過ぎて姉妹でもイケるだろ。いやイケるからどうこうということもないのだが。
諸々の事を済ませてから再び声をかけると、大人分のご飯をよそって欲しいと頼まれた。彼女の手元には小皿からぱかんとうつしたであろうチキンライスの山が乗った木製のランチプレート。普段は彼女が自身で使っているが、今晩はそれが恐らく陽太郎用なのだと理解した。サラダやデザート、ご丁寧に手作りらしい旗まであり、彩りに溢れていた。ハンバーグは最後に乗せるのだろう。
「今日何人分いる?米」
「えっとね……第二と支部長、宇佐見ちゃんと小南にレイジさんかな」
「だからこんな大量に炊いてあるのか」
「みんなよく食べる良い子達だからねぇ……千佳ちゃんなんて、焼肉屋さん行っても延々ご飯食べてたらしいよ。可愛いよねぇ」
「その可愛いの基準はわかんないな」
なんでよ、と笑うナマエ。だが俺はそれが作りものであるとすぐに分かってしまって、心の一部がじくじくと痛んだ。きっと彼女も悟ってるのだろう、母親の死期が迫っていることを。
「遊真くん、お隣失礼していい?ココアあるよ」
「これはこれはかたじけない」
遊真くんの分を軽く上げてみせてから、私は許された屋上の手摺へともたれ掛かった。支部にはお手軽なコーヒーメーカーもあるけれど、私はコーヒーがあまり得意ではないからつい紅茶やココアばかりになってしまう。現代にはレンチンなんて魔法の言葉があるのに、わざわざミルクパンでホットミルクをくつくつと温めてココアパウダーを目分量でぶっ込む。これを無心でやるのが意外と息抜きだったりするのだ。
「遅くなっちゃったけど、遠征おめでとう」
「オサム達の努力のタマモノですな」
「隊長の期待に応える隊員がいるから、そのチームは強いのよ、遊真くん。ヒュースくんとの相性も良さそうね」
「多分ナマエさんとヒュースでもすぐ馴染むと思うよオレ」
言わんとしていることを察してふっと息を吐く。近界で戦争の渦中にいた経験があれば、或いはその為の教育を受けていれば、噛み合うのはごく自然な事だ。此処、玄界だけが異質だとも言えるかもしれない。私はまだ湯気ののぼるココアを少しだけ啜る。……低脂肪乳だったし、もう少し砂糖を入れても良かったな。チラリと隣を伺えば、遊真くんは「いつもより大人の味だ」と満面の笑みで二口目を含んだ。甘さ控えめになってしまったがお口にはあったらしい。ふと過った疑問。
「遊真くん、普段からトリオン体なのに太らないよね」
「俺みたいにある種換装しっぱなしみたいなもんだから、目に見えた変化が無いだけかもな」
「なるほどなるほど……"ナカ"の身体は丸くなってるかも知れませぬな」
「丸い遊真くん……ちょっと見てみたいかも」
「らいぞーさんみたいになってたらちょっとヤかな」
ああ確かに……と迅と私は空中に前線時代の彼の姿をぼんやりと浮かべる。今では疲労を誤魔化す為に殆どトリオン体のまま、ただでさえ高カロリーなものをほぼ毎日食べているからすっかりお茶目な姿になってしまった。
「迅も気をつけないと、ぼんち揚で太っちゃうんじゃないの〜?今もまだ換装解いてないし」
「たしかに迅さんもアブナイですな」
「そーゆー事言うのやめてくれる?今の所そんな未来は視えてないから……」
「見えてからじゃ遅くない……?積み重ねじゃない、体型って」
「ハイ心にグッサリきましたー、ナマエは俺の分のココアも淹れてきて〜。まだ少し残ってるでしょ」
「後入れのはちみつは抜きにしてあげるね」
「代わりにナマエサンの優しさが入るんですな」
遊真上手い事言うじゃん、なんて笑いながら階段を降りていく音を暫く聴いていた。遊真は俺が来るのを分かっていたようで、端的にどーだった?とだけ尋ねてきた。質問への回答はそっと首を横に振った。けど、とつけ足すように今日聞いた話を伝えていく。ナマエの母親のサイドエフェクトの話のところで、一瞬遊真の空気が変わったが、すぐにいつもの調子に戻る。驚きをおくびにも出さない彼に俺は逆に驚いた。数多の戦場を経験してきた猛者、流石である。
「でもさ、ならどうしてナマエサンは同じサイドエフェクトじゃないんだろーね?」
確か筋力強化だったよね?と訊ねる遊真に俺は嫌な予感を感じた。予感の原因を思案する間も無く、遊真はひとつの仮説を話し出す。
「ナマエさんの母さんの母さんって、産んだ時に死んでたりしない?」
その言葉を聞き切る前に、視界が逡巡していく。カチリ、と脳内で子気味良い音が聞こえたが、今だけは不気味に思えて仕方なかった。
ふたりの未来が、確定した瞬間だった。