「私は処理班が来るのを待つから、30秒後に南西に開く門の対処をお願い出来る?」
「わっ分かりました!」
案の定俺が現着した頃にはナマエが粗方済ませてしまっていた。次に開く場所も感じ取ったらしく、そちらは防衛任務にあたっていた隊に任せたようだ。恐らく実践を積ませるためだろう。瓦礫と成り果てたトリオン兵を見上げる。確かにこの装甲はB級下位では手こずっただろう。未来視で視えた次の兵はコイツほど手のかかる奴ではないから、ナマエの見立て通り良い訓練になるだろう。後から来た俺が口を挟まないのを確認した上でそのまま指示を出したのだから、将来的には次期忍田さんポストだろうか。……当分先の未来の話になりそうではあるが。いや、メガネくんにやらせても面白いのかな、なんて更に未来のことを想起する。勿論今はどちらの未来も視えてない。
「修くんのこと考えてるでしょ」
「忍田さんの次席やらせたら面白いかなって」
「どちらかといえば根付さん寄りじゃない?」
「あー……確かに」
ヒュースを入隊させた時のことを言っているのだろう。根付さん自身は余計なことばかり吸収すると呆れた様子だったが、人事としては面白い……いや、彼は自己犠牲がちなところがあるからダメだな。脳内で完結させて、やっぱダメでしょ、と結論だけ返した。言わんとしてることを察したのか、一瞬だけ丸くなった瞳は「確かに」と告げて、笑っていた。
「ただいまー、っと、陽太郎」
「じん今日もごくろうだった!」
「陽太郎〜私は?」
「うむ、ナマエも大変ごくろうだった!それより早く例のモノを……」
ソワソワと一枚の紙をぎゅっと握り締めながらナマエを見上げる陽太郎を不思議に思い、視線だけで問いかける。気づいたナマエは陽太郎の持っていた紙の、俺から見えなかった面を見せてきた。
「………陽太郎、お子様だな」
「お手伝いシールが貯まったら、ナマエとでぇとに行くのだ!」
「新しいおもちゃ見に行くだけでしょー」
デートなんて何処で覚えてくるの、と呆れ顔で陽太郎を見下ろすナマエは、まだ俺の感情の移ろいには気がついていないのだろう。そして陽太郎は知らないだろう。俺は屈んで陽太郎と視線を合わせてから、満面の笑みで、精一杯の優しさを含んで言った。大人げないなんて言われても知らない。もう二度と失くさないと決めたのだから、陽太郎相手でも譲れない。
「その日は俺も一緒に出かけるからな」
「じんもでぇとにくるのか?!」
「ちょ、迅なに言い出して」
「ナマエは黙ってて」
食い気味に言い返せば、頭上からピシリ、と音がした気がした。が、この際無視だ無視。こちらは死活問題を抱えているのだから。
「陽太郎良いか?」
「うむ?なんだ、迅」
「ナマエと出かけるのはデートじゃない、ただのショッピングだ。ナマエとデートして良いのは俺だけなの。わかったか?陽太郎」
「………!やっとらぶらぶなのか?!」
「ちょ、ちがっ、」
「そう思っていいぞー、だからお嫁さん候補も駄目なー」
「おおー!これはほうれんそうせねば!」
ナマエの伸ばした手は掠ることもなく、小さな背中は早々に林藤支部長の部屋へと消えていった。後で「やっとか」と呆れた様子で支部長が俺に話しかける未来が視えるから、きっと今頃陽太郎は正しく報連相をしているのだろう。
さて彼女の表情はと言えば、一瞬だけ青褪めてからすぐに苺のように蒸気した紅に染まった。思わずニヤついていたら無言で蹴られた。いたいと反射的に言えば「トリオン体でしょ!!」と照れ隠しの罵声が飛んできた。脈があるのは知っている。あとはどう進めていくか、詰め将棋に似た感覚で未だ鮮明に視える景色に向かって行くだけ、俺の得意分野だ。
「純白のイメージあったけど、クリームも悪くないな」
「……なんの話?」
「いや?こっちの話。よし、飯の準備するか」
「あ、ちょっと何なのよ!迅ってば!」
ナマエの母と話したあの日から視えるひとつの未来。俺の待つ壇上に向かって、ナマエが上品なウェディングドレス姿で嬉し涙を浮かべる未来は、まだまだ先の話だ。
真夜中の夜を背に、ずっと君は一人戦っていた。全ての業を背負うように、まるで己が罪人であるかのように。それが俺には、壮大な夜空のステージの上、美しいステップで踊り舞う姿が愛しくて仕方がなかった。捕まえて、籠の中で大切にしたかった。
けれどもう少し、もう少しだけ。
ようやっと手にした自由な羽で踊る君を、眺めていたいと思うんだ。勿論最後に君の未来を手にするのは俺なのだけれど、今は、今だけは。ナマエなりの幸せの中で、どうか笑っていて欲しい。すきだ、と欲まみれの言葉を伝えるのはそれからでも遅くはないはずだ。