「……なるほど、本部基地から数えて丁度射程外の位置か。そりゃ1人で暴れてるわね」

 未だ大規模侵攻の爪痕の残る危険区域は、瓦礫と無人の家々がひたすら続いている。屋根の上から見渡すと、遠目に本部基地が見えた。おそらく此処で私が切り損ねた兵を本部基地待機の面々が落としてくれる算段なのだろう。だが、何処か違和感を覚えて考え込む。
 迅の未来視は未だ敵の目的が何であるか視えない。しかし、予測はいくつか立てられる。私がアフトの立場であれば、間違いなく追っ手が来ないよう傘下に命じただろう。そうして今回基地への被害が予想されることを踏まえると、相手の狙いは遠征艇の様な気がしていた。けれど此処は玄界であって近界じゃない。それにボーダーには迅という絶対的な存在がいて、彼の未来視をもとに作戦を練るのが当たり前になっていた。そこに私の下手な憶測を挟むのは抵抗があった。私の幼い頃経験してきたことが、此処では必ずしも常識ではなかったように、否定されるのが恐ろしかった。

「私、本当に居ても良いんだよね?迅……」

 きつく結んだマフラーは、吹き付ける風から優しく私を守ってくれている。凍えそうなこの心はどうやって守れば良いのだろう。玉狛に羽休めをする中、本当に根を下ろして良いのか、未練がましく悩む自分にほとほと呆れてしまった。見上げた空は、一切の混じりを感じさせない灰色だった。





「渋い顔してるな、迅」
「風間さ〜ん、俺もう疲れたよぉ〜……」
「嵐山、迅が呼んでるぞ」
「速攻で見捨てないでくださいよ」
「どうしたんだ?迅?」
「どうせナマエのことだろう」

 どうせ、なんて言われる程アイツのことでばかり悩んでいるつもりはない。けれど風間さんはウンザリした顔で机に伏した俺を見下げている。酷い。

「で、ナマエと何があったんだ?」
「あ、あらしやまぁ〜……」
「ナマエ、今日の会議にいなかったもんな」
「今日は口説ききれなかったんだろ」
「言っときますけどナマエが会議来たがらない原因のひとつに太刀川さん居ますからね?」

 じとりと視線を送ると何とも思ってない顔ではっはっは、と笑ってみせる。関わり方を直す気はないらしい太刀川さんに俺は思わずため息が出た。それはもう長いヤツ。

「そんなに俺のこと嫌なのか?ナマエ」
「しつこい自覚持ってくれると嬉しいかなぁ」
「ほら、ナマエ本人も言ってる……ってナマエ?!!」

 何故ここに。驚きのあまり椅子を倒す勢いで立ち上がる。何事もない様に「用事を済ませてきた」「冬島さんに相談があって」と淡々と述べる彼女はそのまま冬島さんと共に会議室を去っていく。本当に風のような奴だ。俺は倒れた椅子の横に盛大に座り込んで頭を抱える。何が手に負えないって、つい先程まであれだけ彼女のことが気がかりで周囲にだる絡みしていたのに、いざ本人を目前にしたら気がかりな事よりも彼女に会えた喜びの方が優ってしまった自分自身だ。風間さん達も俺の心中を察したのか、何も言わない。暫しの沈黙の後、忍田さんが「青春だなぁ」なんておじさん臭いことを言いだした。やめてくれ嵐山、今はお前のキラキラした同意が刺さって痛い。2人とも勘弁してくれ。





「ワープポイントを設置して欲しい?」
「はい、敵に悪用されても問題ない範囲で良いので。あとは自分で"跳べます"から」
「このこと迅は?」
「話してません。下手に話さなくて良いかなと。もし未来に影響があれば視えるでしょうから」

 それもそうか、と煙草をふかした冬島さんはポイントが決まったら連絡をくれると言い、エンジニア室へと吸い込まれていった。未来視の確率的に白兵戦は確実にやるのだろうけれど、迅が視たのは断片的な未来だった事と、実際の場所に赴いてみて感じた違和感がどうしても払拭出来なかった。
 敵はアフトから此方の情報を持ってるのは確実なので、こちらも手数は多いに越した事はないだろう。使わずに済めば御の字だけれど、そういかないことを幼い記憶の断片で知っている。

「危機感のギャップ辛いなぁ……」

 此処には迅の未来視がある。それが当たり前になっている。そんなもの無いのが当たり前なのに、なくした時彼らは一体どうするのだろう。
 彼らにとってトリオン兵は付き従えるものではなく倒す敵で、近界における遠征とは少し違った。トリオン兵を持つ者がどの様に戦うのか、ボーダーは守る側としては完璧だが、攻める側に立って考えるには些か鈍感だった。私よりも戦争を経験してきた遊真くん辺りに訊ねれば、きっと肯定しつつ「まあ此処のやり方があるしなぁ」と、温度差はあるものの、私の葛藤と同じ返答をくれることだろう。

「話したら聞いてくれるって、分かってるんだよ」

 それでも臆病な私は未だ、ほやけた境界線の前で立ち往生していた。私の当たり前が此処での当たり前ではない。私が近界の者だと知らない人の前で近界のことを話すには、まだ少し自信が足りなかった。

ざわめきを追えばそこは海

ALICE+