敵の襲来出来る間の期間、主戦力となる面々は出来る限り本部に詰める事となった。とはいえ支部を空けるわけにもいかないので、ある意味フリーな私だけは玉狛と本部を行き来している。

「毎日ご飯当番だと流石に悩むなぁ」

 冷蔵庫を覗き込んでひと通りの食材は揃っていることと、そこまで差し迫った期限のものがない事、強いていえばメインになるたんぱく質を買い足したい気がする事だけ確認して、ソファでゲームに勤しむ2人に声をかけた。

「ねぇ、今日はお魚とお肉、どっちの気分?」
「ヒュース!どっちが良いか言え!」
「……食えればなんでもいい」
「ヒュース!」

 捕虜として預かりの身であるヒュースくんは、遊真くんと同じく戦闘兵として、しかも付き従う形で生きてきた子だ。選択肢を与えられてもそう言うのは当然か、と少しだけ息を吐く。家族のような主人なのだとエネドラッドは話していたが、それでも短い期間の中で見てきたヒュースくんは、明確な主従関係が構築されていたことがよく分かる振る舞いだった。

「じゃあ2人でジャンケンして、ヒュースくんが勝ったらお肉、陽太郎が勝ったらお魚!」
「ヒュースやるぞ、じゃんけんだ!前教えたやつだぞ!」
「わかってる先輩」

 今日は肉料理だな。結果が出る前に何となくそう思えて、微笑ましい2人のやり取りに心が少しだけ溶かされるようだった。





「危機感が無いんじゃないか?」
「え、なんで?」
「………」

 支部近くのスーパーで荷物持ちとして連れてきたヒュースくんは「分かるだろ」と言いたげな顔をしていたが、分からないフリをしてお肉の選別に戻る。せっかく2人いて多く持ち帰れるのだから、明日用に鳥のささみも買いたい。ちなみに今夜は生姜焼きに決めた。

「ヒュースくんにとっては敵でも、私からしたらみんな同じ。私自身がそんな存在だから」

 ヒュースくんは口を閉ざした。過去に話した私の身の上話を思い返しているのだろう。近界民でもあり玄界の民でもある。それは裏を返せば何方にも成りきれない事。そして、そんな私を受け入れてくれている仲間がいて、玉狛支部にやっと腰を下ろしたが、未だ漠然とした不安で揺らいでいる事。全て話した。

「幼少期の記憶だから鮮明じゃないけど、近界だってこっちと変わらないじゃない。星が近づかなければ争わない分、昔の玄界よりよっぽど戦争してないと思うけどね」
「お前は変わってるな」
「あはは、口にしないだけで少なくとも玉狛支部の人の大半は同じようなこと考えてるよ」

 カートを押してくれていた彼が立ち止まったのを感じて私は振り返る。年齢相応の迷子のような目だ。鏡越しによく見た事がある。私は彼を暫し待ってから、「陽太郎先輩のおやつ見て会計しよう」と、待つ人がいる事を思わせる。本当に待っていてほしい人は、星の彼方にいるのを私は知っているけれど、今だけば彼の帰る場所が玉狛支部であれば良いなと、強く思ったのだ。





「ふおぉ……でかしたぞヒュース!褒めて遣わす!」
「あら、お目当てのキャラが出た?」
「みんなが帰ってきたら自慢するぞヒュース!」

 夕食後、食玩を掲げて興奮気味の陽太郎からの返事は無い。代わりにヒュースくんからどうやらシークレットが出たらしいと伝達される。ヒュースくんに選んでもらって正解だったようだ。私は後片付けを済ませて食後のお茶にでもしようかとお湯を沸かしていた。この人数なら自前のケトルで充分だから、少ししたら陽太郎をお風呂に入れて寝かしつけるまでのプランを立てていく。数日こんな日が続くとスムーズに流れが決まるから、慣れとは恐ろしいものだ。
 暫く続いた夜シフトも、本部に詰めているみんなが回しているので私はお役御免らしい。寧ろ支部から白兵戦をするであろう場所へ急行して欲しいと、支部に詰めているようなものだった。
 沸いたお湯を注いで軽く混ぜたココアに、少しだけ牛乳を足してぬるくする。目を離した隙にすぐ火傷をするのがお子様なのだ。以前察しの良いヒュースくんから「俺の分も先輩と同じで構わない」と言われた時には、心根の優しい子なのだなと思った。今だって香りに気づいて自身と陽太郎の2人分、無言で持ってテーブルへと戻っていく。彼はきっと元いた星でも下の子の面倒をよく見ていたのだろう。それか自分がしてもらった事を真似ているのだろうか。何方にせよ、近界の中では比較的人には恵まれた場所で育った事がよく分かる。帰りたい気持ちも強いだろう。

「何とかしてあげたいんだけどなぁ……」

 そうぼやきながらココアを啜る。彼らのより濃いブラウンは、私の苦心を知らぬと言わんばかりに甘かった。





「あれ、こっち帰ってきて平気なの?迅」
「ひと息ついたらすぐ戻るよ。仮に今襲われてもすぐに俺の出番じゃないだろーし」

 玄関から顔を出したのは本部に詰めている筈の作戦の要である迅だった。推測は立てられるとはいえ、相手の目的をハッキリさせるためにも、まずは迅が対敵する手筈になっている。視認したことのある相手しか未来視は適応されない。その為にリスクを多少負ってでも基地内での視認を決めたそうだ。とはいえ基地に来るならば十中八九遠征艇狙いだと思うが、私は言わずに迅にもココアを差し出す。今はすっかり眠りこけている陽太郎と同じ、ミルキーカラーのココアだ。

「お前風呂入ってきなよ、警戒してないけど形だけでも監視してるのは疲れるだろ?」
「監視っていうか、1人にしとくの心配なんだよね」
「俺のことなら気にするな。さっさと行け」

 ツン、とした態度で私に風呂を勧めるヒュースとほらほら、と何処か思惑のありそうな迅の勧めに、素直に従って私は風呂場へと向かった。





「……で、一体何の話だ」
「いや?単にナマエが変に入れ込んでないか心配してるだけだよ」

 遊真の時ほどではなさそうだね、とけろりと話す迅からは、表情とは噛み合わない感情を感じた。風呂場から水の音が聞こえ始めてから口を開けば、迅はそんな事の為だけに此処へ戻ってきたらしい。

「……ユウマの時はどんな様子だったんだ」
「遊真の黒トリガー取り合って喧嘩するなら自分が近界に連れ出すぞって啖呵切ってたよ、まだボーダー入隊前の話さ。」

 その時を思い出してケラケラと笑う目の前の男は、ナマエがそういうタチの人間であると承知していたのだろう。だから、今回も俺のことを連れてアフトまで行くのではないかと、少しだけ思ったらしい。
 確かに彼女は優しい、と思う。捕虜だからとか、情報をくすねようとか、そういう裏を感じさせない慈愛を感じる。俺自身が彼女の生い立ちを知っているのも起因しているのかもしれない。

「ナマエは……俺もお前らも同じだと言った」
「へぇ、それから?」
「……話す義理があったか?」
「わ、何?独占欲?ヒュースも餓鬼だなぁ」

 餓鬼はどっちだと言いたかったが、隠しきれない悔しさが見て取れて気分がいいので黙っておく事にした。
 俺は近界民だ。けれど、ナマエはどちらにも染まりきれないことに苦しんだ事があるという。そのくせ周りには「どちらも同じ人間」だと説くのだから呆れたものだ。それをいうならお前も「同じ人間」じゃないのか。

「ナマエのこと考えてるだろ?」
「……は?」
「あいつひと誑しなんだよなぁ。無自覚だから迅さんホント心配。」
「それだけ彼奴に魅力があるという事だろう。お前と違って」
「うわ辛辣だね、間違ってないけど」

 かちゃん、とバスルームの方からナマエが風呂を済ませたことを知らせる音がして、俺たちの会話は終わりを告げた。

からっぽだから帰れない

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