ぴり、と空気の揺れを感じて右ポケットにトリガーがある事を確認する。そして間もなく届く着信に、名乗るわけでもなく「プランは?」と電話先へと訊ねた。プランAだと迅から告げられ、私は窓の格子に足をかける。ふと数刻前の会話を思い返して声をかけるべきか悩んだが、きっと聡い彼なら気づくだろう。私は今度こそ足に力を込めて宙へと身体を預けた。目指すは以前下見に赴いたあの場所だ。






「ナマエやっぱ門開く前に気づいてたわ、既に現地向かってる。もうすぐ現着の連絡入ると思うから沢村さんあとお願いします。俺も所定の位置につくんで」
「分かったわ。迅くんも気をつけて」
「実力派エリートだからだーいじょーぶ」

 会議のあったあの日、トラッパーである冬島さんとナマエがどんな話をしたのかが気になって、思い切って冬島さんに訊ねてみたら、偶然居合わせた東さんに「迅も成長したなぁ」としみじみ言われてしまった。麻雀の卓を囲う諏訪さんは早く回して欲しそうに煙草をふかしている。ここ禁煙じゃなかったっけ?

「迅なら未来視で見てくるかと思った」
「ナマエに聞くか迷ったけど、罠関係なら冬島さんに聞く方が適正あるでしょ?」
「それもそうだ。ただ大した内容じゃねーぞ」

 話を聞いて、確かに俺の未来視で見えたのは白兵戦をしている断片だった事を思い出す。そういった隙を漏らさずにケアしてくれるから、やはり苗字ナマエという存在は非常に貴重だと言えるだろう。ただ何故ワープポイントに基地内を指定しなかったのかが引っかかった。

「中のことは主戦力が何とかしてくれるから、自分の仕事は雑魚狩りなのは変わらん、だとさ」
「アイツほんとに……」
「そういう所は変わらないなぁナマエも」
「ところで迅、どの牌切ったら勝てる?」
「未来視に頼るなよ諏訪、ほら来い来い」

 既にリーチ棒を投げている冬島さんは楽しそうに諏訪さんの捨て牌を待っている。そんな冬島さんの手牌は両面待ち。諏訪さんが捨てられる2択では勝つことが出来ないので直感を信じてさっさと負けて欲しい。

「まあナマエなら上手くやるさ。俺たちよりもよっぽど盤面を俯瞰して見るのも対処するのも上手いからな。はい、上がった」
「ハァ?!!東さんマジかよ」

 諏訪さんが直感を信じて手牌の役を崩してまで捨てた牌は、残念ながら東さんがリーチをせずに息を潜めて待っていたものだったらしい。両面待ちだった冬島さんも中々悔しそうだった。





「侵入者視認しました、敵の目的は遠征艇です」
『なんだと?!!壊されたら敵わんぞ!!』
『そうしない為に俺らがいるんでしょう、通路を絞る為の罠起動します』

 基地内のことはこれでひとまず大丈夫だろう。さて、この後俺は何処のヘルプに行こうか。悩んでいる最中、トリオン体越しに外の状況がアナウンスされる。ガンナーとシューター、スナイパーで火力戦を行っていた所、基地上部に現れた小規模なゲートから小型トリオン兵が現れたという。

『こちら苗字!スナイパーに合流してトリオン兵の処理にあたります!』
「こちら忍田だ、最前線はどうなっている?」
『相手のトリオン兵……卵も決して無限ではありません。おそらく追加されるとしても今ではないと思われます。スナイパーが息を吹き返した時にアタッカーが前張れると良いかと』
「……ナマエ、お前やっぱり会議ちゃんと出てくれ」
『え?!全員向け放送で説教するの?!!』

 それは酷い!とわあわあ騒ぎつつも時折聴こえる音からきちんとトリオン兵の処理は着々と進めているのだろう。全く以って器用な奴である。さて、俺も自分の仕事をしますかね。





「ナマエさんおおきに。でもあんな遠方からどないしてん?」
「事前に途中までのワープトラップは置いて貰ってあったの。あとは私"跳べる"から、それで」
「あーそういえばナマエさんもサイドエフェクト持ちでしたねぇ」
「地味だからあってないようなモンだよ。ね、レイジさん?」
「そんなことはないだろう」

 からからと笑ってみせるナマエは流石というか、近界民の戦いをよく理解している。1人最前線で半分近くのトリオン兵を捌いていたにも関わらず、戦況の変化を理解して、その上で俺たちの元へ行くべきかの判断まで下せてしまう。彼女は会議を度々ボイコットするが、俺らとしても、本部としてもいて欲しい貴重な人材だ。本人からしてみればその気づきこそ「自分は半端者である」という考えに直結するから来たがらないのだろうけれど。

「私がある程度捌くから、みんなはスナイプに集中して。あともうすぐでアタッカーも現着する筈だから」
「頼もしすぎるわぁ、両刀の黒トリガー使いナマエさん」
「隠岐くん褒めても何も出ないから、さっさと殲滅してくれる?」
「ほんまナマエさんは手厳しいっすわぁ」

 ナマエは個人戦ブースで指南(本人はそんな大層なものじゃないという)したり、支部で手合わせをする時は基本規格トリガーを使用しているので、弧月に誘導弾などを組み合わせて戦うことが多い。しかし実際は一対の黒く闇に溶け込む切先で次々と切り落としていく方が性に合っているらしい。本来致命傷を与えるのであれば、片手で持つだけでは力が上手く入らない。弧月も同じだ。しかし彼女はサイドエフェクト「筋力強化」によって軽々その刀身を操ってゆく。本人は地味だというが、日頃鍛錬を怠らない彼女自身のベースの筋力の強さは、トリオン体では何倍もの効力を発揮する。本人もやったことは無いというが、本気でやろうと思えば危険区域ギリギリから基地まで一足跳び出来てしまうのではなかろうか。そう思える程、彼女の筋力強化のサイドエフェクトは侮ってはいけない。

「レイジさん、私は必要に応じて最前線に戻るかもしれません。その時はお願いします」
「ああ、ぬかるなよ。」
「心得てますとも。スナイパーの皆さんはトリオン兵いないものとして狙撃してて良いですよ、全部殺しますので」

 そういってナマエの目つきが変わる。いつか見た、遊真もこういう目をしていた。淡々と、殺す為の戦い方を知る目だ。動きに一切の無駄がなく、それなりの重量を持つ筈の一対のトリガーを時にはくるりと逆手持ちに変えて、臨機応変に難なくトリオン兵を捌いていく。そんな中まるでまだ余力があるとでも言わんばかりに、着信を知らせるスマホに触れる。流石に通話は耳につけた無線イヤホン越しのようだが。

「え、本当?あー…こっちも手が離せないけど多分大丈夫だよ。え?やだ怒らないでよ」
「どうかしたか?」
「迅に叱られた、でも納得はしてるみたいなんで大丈夫です……多分。」





 それは現着前の更に数刻前に遡る。今回のガロプラ侵攻が知れたらきっと彼は相手との接触を試みるだろう。それは守るべき人の元へ帰る為に。上層部は彼に悟らせるなと言うが、これだけ露骨に玉狛支部が静まり返っているのだ。聡い彼に気づかれない方がおかしい。
 何より私は、彼に選択の権利があると思っていた。私が此処に残ったのは近界に帰る場所も無く、それならば父の意志を継いで此処玄界を守ろうと、そう決めたからだ。
 しかし彼は違う。近界は玄界以上に殺伐とした国構成をしていて、実力があれば容赦無く傭兵としての道を歩まされる。そして先の侵攻で罠に嵌められ、大切な人を守れない場所に置き去りにされてしまった。千佳ちゃんを狙ったのは確かだが、誰かを殺めた訳ではない。玄界からしたら甘い考えだと思われるだろう。私もそう思う。それでも、彼の意志を尊重したいのだ。

『近いうちにアフトの傘下が来るよ』
『……何故それを俺に話す』
『帰らなきゃならない人間を引き留めるほど執着しないの、私。ただ、行くなら生きてご主人の元に帰って。道中で死ぬような覚悟なら行かせられない』
『執着はしないだろうが、お前は慈愛の心を持ってるだろう』

 とても真顔で言う台詞ではなかったが、彼からしたら単に事実を述べただけであってそれ以上の意味は無かったのだろう。私はふは、と笑いを漏らしてから、こっそり汎用トリガーの場所だけ教えておいた。彼の黒トリガーは迅が持っている。私は所在を知らされてない。多分こうする事も想定の内だろう、迅ならば。





『お子ちゃまに黒トリガー預けたのが失敗だった』
「黒トリガーが無くても追っかけたわよ、陽太郎だもの」
『そーいうもん?』
「お子"様"だからね。迅行けそう?」
『行かなきゃやべーからな』

 それもそうか。こんな夜中に雷神丸が大暴れしたらいよいよ終末って感じだ。そんな作戦中と知れたら怒られそうな通話の最中、一際ピリついた空気を察する。どうやら敵も大詰めのようだ。

「私門前で雑魚狩りしに戻る、そっちは宜しくね。ヒュースくん虐めないでよ?」
『そっちも怪我するなよ。心配』
「迅がそんな事言うの珍しいねぇ」
『言わなきゃ伝わんないからな』

 鋭く刺さった声に反射的に言葉の裏を読むのは止めた。もう行くから、と半ば一方的に通話を切り、スナイパーの安全を確認してから荒船くんに戦線へ戻ると端的に伝えて私は再び宙を蹴り上げた。私の去ったスナイパー組は、その飛距離に歓声を上げてたと、後から聞いて呆れてしまった。やはりうちの子達は何処か緊張感が無い。迅の未来視が絶対でも、死ぬ時は死んじゃうぞ、と内心毒づいておいた。

今夜踊るは君かまぼろし

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