「はい、諏訪さんハネた。おわり〜」
「ハァ?!!お前大三元とかナマ言ってんじゃねーよどーいう確率だよ」
「私の勘が合ってれば冬島さんがドラ2枚持ってるよ」
「お〜怖い怖い、ドラあったら俺も下手したらトんでたな」

 じゃらじゃらを手牌と目の前の山を崩しだすナマエは一体何があったのか、普段なら煙草臭いと自ら寄ってこない隊室へとやってきた。目が据わっていて、とても事情を聞けたものではない。こういう時に当麻が居てくれたらなぁなんて無いものねだりはやめて、この後別エリアで任務予定の諏訪を呼びつけて今に至る。
 以前「打てる」と言っていたのは確かだったが、役名などはざっくりとしか知らないようだ。それでもさっきから高得点でアガりまくって連勝中。流石の諏訪も興が削がれたのか、ナマエの差し入れからチーたらを取り出して煙草宜しく咥えだす。

「んで、今日オメーは何処担当なんだ?」
「場所は聞いてないです。冬島さんが知ってる」
「ハ?なんで冬島……あぁ、昨日の」
「諏訪さんは言葉が少なくて済むから助かるよ」

 ナマエはすっかり冷めたお茶を一気して、左ポケットからトリガーを引っ張り出す。普段彼女が使用している何方とも色が異なる所謂『試作機』だった。本来トリオン体同士であれば遠隔での会話が可能なはずだが、ナマエの持つ黒トリガーにはそれが無い。それ故に、先日のガロプラ戦では一人だけその都度通話で対処していた。しかし狙撃手のヘルプに行った時のような、今後混戦が見込まれた時にそれでは困る。以前から試作機は玉狛支部で制作を進めていたが、今回それを試験的に使用してうちの隊と混成で任務にあたる。何故ウチかといえば、単純にエンジニアの出である俺がいること、そして戦闘員がスナイパーの当麻でアタッカーが不在のA隊だからだ。鬼怒田室長も経過を見る為、今回のオペレーターは沢村さん。

「まあ確かに弧月両手にぶん回してる奴は前代未聞だな」
「フルショットガンの脳筋に言われたくない」
「お前アレの意味わかってンだろーが!前に褒めてただろ!!」
「今日も諏訪さん煩い」
「諏訪さん、声、廊下まで響いてますよ」
「おう、嵐山おつかれ。茶淹れるか?」

 お言葉に甘えます、と朗らかな笑みを浮かべた嵐山に束の間の救いを感じた自分を呪いたい。なんせ数秒後に特大の爆弾を持ち込むのだから、このド天然は。

「そういえばさっき迅が干からびてたが、何かあったのか?ナマエ」
「……馬鹿が馬鹿なこと言ってただけだよ」

 その場の空気が一気に重量を持って肩にのしかかる。表情こそ変えないが、流石の嵐山もやらかしたと自覚があるのか、冷や汗をかいている。これはこの後対面するトリオン兵に同情せざるを得ない。合掌。





「……で、おばかさんは何を言ったんだ?迅」
「嵐山面白がるなよぉ〜……」
「はは、あのナマエがあそこまで怒るの珍しいからな。すまないな」

 カラカラと笑う嵐山は言葉でこそ謝罪するが、内心一切悪いと思っていないだろう。なんせ俺と小南に次いで、ナマエとの付き合いは長い奴だ。表情から俺の失言が火種だと分かっているのだろう。
 今日はこの後会議があるので二人並んで廊下を進む。鬼怒田室長が離席出来ない事情があるとかで、場所はいつもの会議室ではない。チラチラと司令席の画面を気にする鬼怒田さんが未来視でみえた。

「失礼します、嵐山です」
「迅で〜す、お召しにより参りまし、た……」

 嵐山は鬼怒田さんが離席出来ない理由を知っていたのか特段驚く様子もなく画面の中の立ち回りを見て「おお」と感嘆の声をあげている。一方俺は予想外の人物と見たことのないトリガーに目を奪われる。

「試作トリガーの実戦試験を頼んであってな。まぁ殆ど彼奴用だがな」
「黒トリガーと同じ一対のトリガーですか」
「いちいち通話で処理しきれんからな」
「俺、こうやってリアルタイムにナマエの任務戦闘見るの初めて、かも」
「え、そうなのか?」

 目を丸くする嵐山に頷く。なんせ彼女は三門に来た時点で完成されていて、人不足を極めていた当時は俺はまだ忍田さん達と共に着任する中、彼女は一人で対処にあたることなどザラにあった。未来視でみるのも断片的なものであってこんなにも活き活きと動くのは見たことがない。見れず筈が無かったのだと、初めて彼女の戦闘を見て知る。速すぎる。彼女の一挙一動を目で追いきれない程に速い。これは確かに未来視でも厳しい。いつの間に彼女はこんなに成長していたのだろう。そんな事を考えてる最中、いよいよナマエの振り抜きに耐え切れなくなった弧月が砕け散る。しかし画面の彼女は焦らずメテオラで対応していた。

「やっぱり弧月の強度が追いついとらんな」
「如何されますか?鬼怒田さん」
『ナマエ!試験機から黒トリガーに変えて良い!其奴ら全員叩っ斬れ、此方で計測する』
『了解、黒トリガーに切り替えます』

 そこで通信は途絶えた。画面には変わらず戦うナマエの姿が映っている。呑気にイヤホンをつけてるのが少し滑稽だった。

「よし、じゃあ全力で振り切れ。あ?当たり前じゃ、生身でやる意味が何処にある」

 画面越しにブーイングしているのが分かって、思わず嵐山と二人笑ってしまう。トリオンを無駄に消費するからトリオン体のまま黒トリガーは使いたくないと、確かに過去に話していたが、それでは試験の意味がない。文句を言い合う間も彼女に襲いかかるトリオン兵達は射撃され倒れていく。はよせい!という鬼怒田さんの声に折れたのか、ようやっと構えたナマエは恐ろしい程凛々しく美しかった。

 筋力強化のサイドエフェクトを持つ彼女のトリオン体の本気の動きは、残像すら残らなかった。肉眼だとただ構えを解いただけに見えたのに、その場にいたトリオン兵全てが同情する程粉々にされていた。装甲が硬い部分まで綺麗に切れている。鬼怒田さん曰く、先日のガロプラ戦で太刀川さんと小南がやってのけたものと同じだと云う。片手で一太刀入れ、そこに一切のズレも無くもう一方の手の刃が強力な一太刀を入れる。二刀流だから出来る早技だ。

「ん、ご苦労。あとは任せて戻って来い、新しいトリガー使用後の身体検査をするからエンジニア室に行け。ン?あぁそれなら雷蔵に渡してあるわ……ってアイツガチャ切りしおった!一応上司だぞ!!」

 鬼怒田さんを怒らせた当の本人は画面越しにオペレーターである沢村さんにおつかれさま、と口パクで伝えて、黒トリガーを強く握った瞬間に消えた。思わず呆気に取られてはえー…と声を漏らせば、嵐山がくく、と笑いを堪えていたのでなんだよ、と小突いてやる。

「いやぁ、迅でもナマエの知らない事があるんだなと思ってさ」
「そりゃそーだろ。全部知ってたらそれはそれでヤバくないか?」
「え、何でだ?多分2人なら誰も不思議がらないぞ?寧ろ今のお前が不思議だと思う」

 な!と言われたが意味がわからなかった。なんだよ、な!って。もっと具体的に話を聞こうとしたが、会議が始まるようなのでやむなく俺は口を閉ざした。





「……相変わらず見事なものだな」
「忍田さんから見てもやっぱり凄い?」
「まあ、改めて感銘を受けるって感じだな。元々ナマエは白兵戦で混乱を招いたり、逆に潜入調査したり……そういうある意味で両極端な任務が多かったそうだから」
「ああ、近界の頃か……まあ小さい頃なら潜入しやすそうかも」

 会議を終えて残った俺は、沢村さんに頼んで先程のナマエの戦闘をスロー再生して貰っていた。未来視なんて持っていないのに、何手も先を考えて動き、時にイレギュラーな動きを挟む。とにかく無駄な動きが無かった。いつの間にか隣に腰掛けていた忍田さんは、どこか嬉しそうに画面を見つめている。
 そういえば忍田さんはよく手合わせをしていた気がする。まだ表情が硬かった頃の数少ない表情の変化を見れる時間で、俺はよく遠巻きに観戦していたなと一人ごちた。ひと通り再生を終えた画面は真っ暗になり、その代わりと言わんばかりに忍田さんの手元のディスプレイが点灯する。

「っと着信?鬼怒田さんからだ、もしもし忍田、え、はい、はい……わかりました、すぐ行きます」
「忍田さんどした……の」

 視えた未来に俺は忍田さんよりも先にエンジニア室へと駆け出していた。ナマエのいる未来がみえた。とても只事じゃない様子で、俺は何があったのかとどんどん悪い方へと考えが巡っていく。ああ、エンジニア室が遠く感じる。

きみは宗教、ぼくの信仰

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