12
あと一点で、全国へ行ける。
セッターの安定しないトスに必死に喰らい付いて、私は助走から半ば無理な体制でスパイクを打った。
筈なのに。私の手は振り下ろされる事もなければ、とっくに着地している筈の足は感覚が無い。指先には確かにバレーボールが擦れるように触れた感触、視界には体育館のライトが眩いまでに広がっていた。ボールは?きちんと相手コートに入っただろうか。或いは拾われて返ってくるだろうか。ならば早く戻らなければ。
だってバレーは、ボールを落とした方が負けるのだから。
「ッ……!」
じっとりと背中を伝う汗の感覚が、これまでの光景が夢であったと教えてくれる。夢、ではあったが、内容は間違いなく過去にあった出来事をなぞらえて語られていた。
(いつまで見るんだろ、こんな夢……)
初めてのことではないので、呼吸を整えるのにそう時間は要らない。深いため息をついて、夢の中の主人公は現実に意識を向けた。
「おはよう、どうかしたかい?」
「おじいちゃんおはよ。ちょっと夢見がね」
飛び起きてぐっしょりとかいた汗を心のモヤと共にシャワーで流して、息をつきながら戻る。いつの間にか寝床から起きてきた祖父の姿を捉えて少しだけ安堵した。とはいえ、いつまでも"こんなこと"に振り回されてもいられない。でも何から手をつけたらいいかが分からない。
ましてや今日から二日間は大会に向けて合宿があり、間際にこんな相談をするのは心が傷んだ。それでも今を逃したら、今度は大会予選が始まって合同の連日合宿があって……きっそそんな調子でどんどん先延ばしになってしまう。向き合うなら、今だ。
「おじいちゃん、あのね……」
「あれ、ナマエって今日別行動でした?」
「今日はちょっと野暮用でなァ。黒尾、悪いが諸々は部員で回してくれ」
「いえ、問題無いですけど……」
「……ナマエから何か聞いたか?」
どきりとして思わずその場で跳ね上がりそうになったのを何とか冷静を取り繕う。昨日の今日でなんとまぁ行動力おばけだこと……なんて考えながら、今日の流れを概ね確認して、部員に伝達した。
コートの準備に取り掛かった部員たちを他所に、微動だにせず俺の隣に居座るコイツは、矢張りというか、鋭い。
「ナマエ、もしかして親となんかあった?」
「なかったことにする、が正解かねぇ……」
「え?」
珍しく見開かれた目は言葉の真偽をはかりかねている様子だった。俺だって聞いた時はまさかと思った。しかし猫又監督が言うのだから事実だろう。あの人はこんな事で巫山戯るような人じゃない。野暮用、とだけ聞きはしたが、果たして今日のうちに来れるのだろうか。いや、そもそもそんな一日で済むようなことなのか。彼女を心配する気持ちは募るが、今やるべき事を彼女がやっているのなら、俺たちもやるべき事をするべきだろう。準備をサボろうとする研磨の背中を柔く叩いて、俺はコートの線を踏み締めた。
「……出来た、かな」
静まり返った部屋でひたすらペンを走らせていたが、漸く区切りがつきそっと油性ボールペンを置く。ずっと押し殺してきた自分の想い。そして両親と押し付け合ってきた理想。……解消する為に必要なことは何なのか。今まで極力直視しようとしてこなかった現実と向き合い、その末私は一枚の公文書を朝一番で祖父と受け取りに行った。そして帰宅してからはひたすら必要事項を書き込んで、あとの空欄は2,3箇所となった。
祖父は今頃合宿先に着いた頃だろうか。ふと思い至って時計を見ると、いつの間にかお昼時となっていた。合宿先どころかもう2試合は回った頃だろう。ふと明かりのついた画面に気づいてスマホを手に取る。研磨くんからのメッセージが届いていた。
『翔陽、遅れてだけどきたよ。ナマエは?』
いつ来るの。暗にそう問いかける研磨くんの少しだけ面倒そうな表情が脳内に浮かんで、思わず笑ってしまった。後から合流するよ、と簡潔に返信すれば、すぐに既読がついた。彼のことだ、この後更に返信が来ることはないだろう。私はスマホの画面を落として、自身も合宿へ向かうべくいつものリュックを手に取った。
「あら、書き終わったの?」
「うん。あとはおじいちゃん居ないと駄目だから、合宿に全力出してくる!おばあちゃん、行ってくるね」
微笑みながら玄関先で見送る祖母に安心感を抱きながら、私はすっかり乗り慣れたバスを待った。ああ、早くみんなに会いたいなぁ。