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 何度目かの合宿ですっかり見慣れた風景の中に、鮮やかなオレンジを見つけて思わず名前を呼んだ。こちらに気づいた彼は人懐っこい笑みで「ナマエさんチワッス!」と元気な挨拶が返ってくる。

「研磨くんから聞いたよ、補講お疲れ様」
「イエイエッ、あっ!ナマエさんいないって知った時の影山マジ怖かったんで、話しかけてやってください!」
「いやーあの顔はシャッターチャンスだったな」
「スガさん!どうです?初の合同合宿」

 日向くんとはまた違った柔い笑みを浮かべる彼曰く、学べる事が多くて困ってるらしい。学べる事があると気づけることも実力だ。やはり今は正セッターでなくとも、積み重ねてきた実力がキチンとある選手なのだと思う。思ったことをそのまま伝えれば、スガさんは飄々とした様子で照れるべ〜とへらり、笑って体育館へと戻っていった。
 泊まりの荷物はすでに運ばれている。私はマネージャーとコーチのどちらに合流すべきか監督に訊ねるべく、第一体育館へと向かった。





「猫又監督、遅くなりました」
「おお来たか。マネージャー業は人が足りとるから、お前さんは体育館でサポートに回ってくれるか?」
「逆を言えば、ほぼマネ全員で雑事にあたってるからあとのケア全振りってことね。了解です」

 見渡す限り誰一人姿がないことから、夕食の準備にあたっているのだろう。さほど広い調理場ではないので、私はここで怪我人やモップ、選手観察をしていろということか。試合テーブルと進捗を確認して、とりあえず各校の監督に挨拶が先か、と最低限の荷物だけ入れたウエストポーチとミニタブレット以外は端に寄せて、顔見知りの選手には軽く声をかけつつ各校の監督のもとをまわる。

「お、ジジイの孫」
「烏養コーチお疲れ様です。如何です?」
「アーまぁ、わかっちゃいたがこの中じゃまだ弱エーな、今は」
「開花、しそうですか?」
「誰かさんの貴重なスパイク見たんだ、開花してくれなきゃ困る」

 烏養コーチがニヤリと笑って私を見下ろした。この言葉を受けて素直に喜んでいいものか、視線が泳いでしまう。そんな心中を察してか烏養コーチは目線が合うように少しだけ屈み、今度はニッと明るい笑顔を見せた。

「お前さんのスパイクをまた見れて嬉しかったって言ってんだ、喜んでくれよ」
「……良いんですかね、喜んでも」
「良いに決まってらぁ、つーかバレー好きなら喜べ」
「あ、ナマエサンお疲れ様ッス」
「あら影山くん、こんにちは」

 コーチ越しにひょこりと顔を出して軽く手を振ると、綺麗な直角の礼が返ってきて彼も相変わらずだなとつい笑みが浮かぶ。

「アザラシ頑張ってるねぇ……ゴミ捨て場の決戦が水族館になるね……」
「ナマエオメー疲れてるか?負けてても校名まで変わらねーよ?」
「まあ、疲れてないと言えば嘘ですね」

 精神的に。そういえば事情を知る数少ない一人の烏養コーチは唇を尖らせて何か言わんとしている。でもその言葉はもう無くても大丈夫、になる、はず。

「近いうちに解決することなので、今は部員の皆さんのケアに勤しみますよ。烏野は見て欲しい方居ます?」
「あー、一応少数精鋭だからよ。余裕が出来たら全員お願いしてーぐれーだな」
「そう仰ると思って最後にお伺いに来たので大丈夫ですよ。丁度次の試合テーブル空きですし、見ちゃいますね」
「助かる!オメーら、ナマエの言うこと良く聞けよ。俺は他校のサーチ行くから付き添いは先生頼む」
「わかりましたっ!でも苗字さんが見る、とは?」

 烏養コーチは過去に猫又監督が同じことをしていたのを知っているが、他の面々は知らなかったか。と今更ながら気付く。とりあえず試合後すぐなので休憩して貰いつつ説明をしていく。フォームのクセの矯正やクセによって偏った身体の負荷がかかっている場所のケア、そういったことを伝えること。これを過去には猫又監督自身が、ここ数年は勉強も兼ねて私が代わって全校のケアを見ている。最初の頃は監督もついてくれていたが、今ではすっかり放りっぱなしだ。信頼されていると言えば聞こえは良いが、それだけ責任は重いものがある。

「とりあえず最初にセッターの二人から見たいんだけど……影山くんはきちんとアイシングしてからで、スガさんから見てっても良いですか?」
「はいよー、俺どうしたらいい?」
「こちらのパイプ椅子に座ってください」

 私とスガさんに興味津々な烏野選手の視線が集まる。私は座った姿勢を手持ちのミニタブレットで撮影してから、手足を順番に動かしていく。筋肉のつき方やその偏りは何よりも嘘をつかない。少数精鋭だからか、偏りの無い良いバランスだ。セッターではあるがこれなら全般のことをこなせるだろう。感嘆の声をそっと飲み込んで、問題無いことを伝える。

「ナマエすげーなぁ!音駒の第二のコーチか?」
「元々祖父がやっていたんですけど、去年半ばから完全に放任されてます。気になる所があれば言ってもらえればケアの提案出来ますし、スタメンじゃない部員の方は全員分覚えておくと試合中有事の際に良いかと」
「……それは、マネージャー不在の際に怪我に対応出来るってことでしょうか?」
「武田先生その通りです。特に音駒は私はマネージャー専任してないので部員に任せてますし、烏野も今お一人なら互いに知っておくのは大切ですよ」

 特に烏野はこのまま行けば三年生引退と同時にマネ不在となる。ならば部員同士で対応出来ることは多いに越したことはない。それは学年問わず、だ。

「次俺ッオナシャスッ!」
「影山くん熱量すごいなぁ」
「後から来た時、貴方が不在と知った時の影山くんの落胆っぷりは中々でしたね……」
「ああ、日向くんとスガさんに聞いてます……」
「日向あのボゲ余計なことを……」
「はーい座ってくださーい」

 日向くんに飛び火する前に大人しく着席させて丁寧に見ていく。見ている間も質問の嵐で、影山くんの熱量についあてられてしまいそうになる。まだまだ話し足りないと言いたげな彼に苦笑しつつ、他の部員もチェックを進めた。特に自身と重ねがちな日向くんは、念入りに。
 ひと通り見終え、質問にも粗方答えたところで澤村さんに何故かマネージャーに勧誘される。ふざけていると分かっているので笑っていると、真顔のクロ先輩に首根っこを掴まれ音駒陣営に連行されてしまった。何故。

(サームラサン?気持ちはわかりますけど、ウチの子拉致るの辞めて貰えますかねぇ?)
(束縛する男はモテないんじゃないです?クローサン?)




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