15

 無事合同練習を終えた部員達だけれど、夕食時まで体育館の明かりが消えることは滅多にない。第一のステージから、夜久くんの怒号とリエーフの悲鳴が織りなすレシーブ練習をちらりと見やる。あの様子では隙を見て逃げるな、リエーフ。そんなことを思った辺りで視線も思考も再び目の前のモニターに向けた。今日収集したてのデータはその日のうちに纏めてしまうのが習慣だ。明日に越すと大抵所見でメモしたことが他人事のように感じてしまうことがあるのは、新鮮さを欠いているからだろうか。
 立場的にはマネージャーだけれど、監督やコーチ寄りの存在だからと夕食や寝床の準備はしなくて良いという他校の子達からの計らいは、何度受けても有難い。人手なんて多くて困ることがないマネージャー業なのに、ましてや他校の人間である私に厚意を向けてくれる。初めて言われた時は思わず泣きそうになったのを思い出して、一人笑みを零す。

「ナマエおつかれ」

 ふと声のする方を見下ろすと、ステージ前には見慣れたプリン頭。研磨くんの装いを見るに、自主練はしてなかったようだ。(してたらそれはそれで驚く)

「研磨くんこそお疲れ様。今日はきちんと休んでね?寝る前にゲームしちゃダメだよ」
「クロと同じこと言うのやめてくれる?」
「知ってて言ったよ」
「勘弁してよ……」

 げんなりとした声ではあったけど、私の様子から引きあげると察したのか研磨くんは何も言わずに使っていた機器一式を纏めて片手でひょいと奪ってしまった。彼が歩き出してしまう前に私は急いでステージから降りて隣につく。それを見計らったように歩き出す研磨くんに、私はありがとうと小さく言う。そんな私に彼は「迎えに来れないクロの代わりだから」と返す。クロ先輩のお使いだったのか。とはいえ練習後で疲れてる彼がお使いに応じるとは、どんなやりとりがあったのだろう。

「遅れてきた理由、具体的には知らないけど家絡みなんでしょ」

 そう思ってるのは今の所三年と俺だけだけど。そう視線を交えずにまるで独り言のように呟いた彼に、沈黙する。否定しないということは、肯定することと同義だ。言えないわけではないけれど、まだ準備が整っただけで、この先どう転ぶかはまだ分からない。大舞台を控えたみんなに、私的で不明瞭なことは言いたくないのだ。それもきっと彼らにはお察しなのだろう。
 ふと研磨くんの足が止まり、つられて私も足を止めた。じっと私を見つめる視線は、黙したまま何も話さない。

「どうしたの?」
「野暮なこと聞くけど、ナマエ、クロと何かあった?」
「クロ先輩とは、ないよ」
「先輩とは、ね……でもクロ絡みなのは否定しないね」

 隠すだけ無駄なので私は遠回しに白状した。研磨くんの観察眼から逃げられる人間なんて指折り程度しか居ないと、私たち音駒バレー部は誰よりも知っているから。そして、彼が余計な踏み込みも吹聴もしないことも知っている。

「私、クロ先輩のこと好き?なのかも」

 これがどういったニュアンスかまではまだ自分でも計りかねているのだけれど。ただ他の人たちよりひときわ大切にしたいと思っているのは事実としてそこにあった。素直に白状した私をどう思ったのかは分からない。分からないけれど、研磨くんが呆れていることだけはしばしの沈黙で充分伝わってきた。

「え、なんで呆れてるの」
「今更過ぎて砂糖吐きそうだから」
「嘘、私自覚したの最近だよ」
「無自覚を自覚したの?進歩だね」
「あーーー!!ナマエじゃん!ちょっと集合!!」

 半ば研磨くんの言葉を遮る様に飛んできた言葉は私を名指ししていて、一瞬意識をそちらに向けたほんの僅かな隙に研磨くんは目先の建物へと引っ込んでしまった。きっとタブレット端末やパソコンは私の借りている場所に運んでおいてくれるだろう。小さく溜め息をついてから、視線を真逆の場所『第三体育館』に向けて、再び溜め息をついた。





「お、ナマエチャンじゃないの。お疲れ様」
「クロ先輩お疲れ様です。今日もやってますねぇ」
「ヘイヘイヘーイ!!俺も!俺もやってるよ!!」
「木兎はやらかしてるの方が正解だな」

 クロ先輩の向けた視線の先には疲れ切った様子の赤葦くん。これは確かにやらかしている。私はコート外から暫し彼らのブロックとスパイクの応酬を眺めていた。ぼんやりとした思考で先の研磨くんの言葉を思い返す。『今更過ぎ』。研磨くんが気づいたことに、あのクロ先輩が気づかないとは思わない。自分に向けられたものなら尚更。気づいた上で彼は私を泳がせているのだ。おそらくは私のことを"待っている"のだろう。抱えたものから解放されて、向き合う余裕が出来るまで。いや、クロ先輩のことだから、大会前に気まずい雰囲気にならぬよう、藪から棒に触れなかっただけかもしれない。
 ふと賑やかな雰囲気を感じて体育館外に身を出す。やってきたのは元気なオレンジカラーと萎びたグレーだった。

「リエーフお前夜久と練習だったろ」
「そそそそれは終わりました!」
「顔にうそですって書いてあるよリエーフ」

 わざと頬を擦ってやると、言葉通りに受け取ったのかリエーフはエッ?!っと飛び跳ねて顔をガシガシと擦っている。……無知って罪だ。知ってて揶揄う私も大概だが、こういう所が憎めないのだ。

「俺の顔にはなんて書いてある?」
「ぅえっ?!え、いや、えっと……」

 クロ先輩の至近距離からの突然のフリに驚いていると、先程リエーフに触れた方の手を掬い取られてそのままクロ先輩の頬に当てられた。練習後で少し火照っているのか、温かい。挑発的な視線に思わず動揺してしまう。何もない、と言えば良いだけなのに、その視線に囚われて上手く言葉が出てこない。何故。

「ナマエチャンの顔にはハッキリ書いてあるよ」
「え、」

 放たれた予想外の言葉と離された私の手。何処か名残惜しさを感じる理由なんて、分かりきっていた。

「なんて、書いてあるんですか」
「………それはね、」
「あ!もうこんな時間!!みんな夕飯遅れちゃうから上がってください!!」
「……今日のナマエチャンも真面目だネ」

 次の句が出る前に、視界の端に捉えた時計を見て反射的に第三にいる全員に声をかけてしまった。職業病とはいえ、これは我ながら末期だ。クロ先輩の言葉に肩ががっくりと落ちた。これには私も同意しかない。

(クロほんと性格悪いね)
(アラー見てたの?研磨)
(………嫌われても知らないよ)
(エッ)





ALICE+