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 週末の合同合宿は目まぐるしくも、忙しないおかげで時が経つのが早く感じられた。コート上での往来を目で追える時間が夢ならば、この後待つ現実に、果たして私は耐えられるだろうか。

『俺たち全員残るんで、引き続きヨロシクネ?』
『ナマエも一緒に全国行こうな!』
『でも一人で無茶はするなよ、手伝うからさ』

 インハイ予選敗退後の教官室、一人試合を見返していた時にやってきたクロ先輩と夜久先輩、そして海先輩が私に向けた言葉。否定も肯定もせず、ただ微笑んだだけの私。
 その時の臆病な私は、全国への切符を手にするその瞬間に音駒に私が居ないかもしれないだなんて、口が裂けても言えなかった。



「ナマエちゃん」
「あ、烏野の……清水先輩!」
「サポーターの事とか色々纏めてくれてありがとう」

 そう言って私に見せたのは、昨夜他校のマネージャー全員に配ったサポーターや怪我の応急処置、今回の合宿以前から書き留めていたことを纏め直した各校オリジナルの一冊のノート。私が監督寄りの立場であると気を遣ってくれている皆への、ささやかなお礼だった。渡したその場でもお礼は言われたのに、バスで宮城へと帰る前にわざわざ声をかけてくれることに、思わず綻んだ。

「寧ろ他の事任せっきりだったので、こちらこそありがとうございました。特に烏野はアクシデントが大怪我に繋がることもあり得ますから、控えの部員にも良ければシェアしてあげてください」
「ええ、そのつもりよ」

 全国に行く糧にするわね。そう微笑んだ清水先輩はとても綺麗だった。これは烏野の部員が賑やかしくなるわけだ。思わず吹き出すと不思議そうにこちらを覗き見られたので、なんでもないです、と口元を隠した。

「……ねぇ、良かったら連絡先、教えて頂戴?」
「えっ、わっ私の、ですか?」
「マネージャー同士でしか出来ない話もあるでしょう?」

 クールな様相だけど仲間想いな清水先輩は、本当に周りをよく見ている。今のやり取りで私の違和感に気づいたのだろう。バスはもう出る直前だったので、人づてに連絡先は教えると約束して、烏野の背中を見送った。





 すっかり静けさを取り戻した校門前は、少しずつ近づく夜の風が私の髪を攫ってゆく。そういえば肩について跳ねるようになったな、なんてぼんやりと思考する。

「随分伸びたねぇ、ナマエチャンの髪も」
「……クロ先輩、お疲れ様です」
「元気ないんじゃない?今なら頼れる主将がお悩み相談室開いてあげますケド?」

 ちょけた様子で背後から話しかけるクロ先輩はきっと気づいている。今、私が振り返れないこと。それは貴方と目を合わせる事がとても辛い事だということ。分かった上で、決してあと一歩の距離を埋める事はせずに、後ろから優しい声を届けてくれている。まだ絶対じゃない。でも、話し合い次第ではあり得る事だ。それを、今の彼に伝えても良いのだろうか。
 髪の長さみたいに、今の自分が中途半端で嫌になった。おじいちゃんに相談して、決めて、わざわざ合宿に遅れてまで書いたあの書類。私は振り返ると同時にギュッと目を瞑った。言え、言うんだ。

「私、音駒を退学するかもしれません」

 言葉にした途端、未確定が現実味を帯びて熱になる。頬を生ぬるい涙が伝う。みんながいる音駒に、此処に居たいのに。過去の失敗がいつまでも私を追い詰める。いつまでも、いつまでも。
 何故退学しなければいけないのか、どれくらいの可能性なのか、話したいことはたくさんあるのに、しゃくり上げそうになる自身を止めるのに精一杯で言葉を紡ぐ事が出来ない。この言葉を聞いたクロ先輩の目を見るのも怖くて、未だ目も閉じたまま。それでも空気の流れで、クロ先輩が最後の一歩分、距離を詰めた事が分かった。何か言われるだろうか。全国に、なんて話していた矢先にこんな話、呆れられただろうか。

「本当に厄介だねぇ、ナマエチャンは」

 その時のクロ先輩が何を考えていたかは分からない。けれど、貝のように閉じ切った私の唇に、温かい何かが触れたことだけは、その後何日経っても忘れることはなかった。




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