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「…………」
「見入ってると溢すぞナマエ〜」
そういって傾き気味だった手元のカップを指差した夜久は、自身のアイスバーに大きくかぶりついた。指摘された当のナマエは、音駒の練習試合を何度も巻き戻してはメンバーのサーブや立ち回りを細かくチェックしている。一回ぐらい通しで観ればいいのに。研磨は思ったが、ある種の彼女らしさなので、特別指摘はせずにすっかり気力を取り戻した姿を盗み見ながらプリンをひと掬い口に含んだ。もごもごと口を動かしながら視線をひっそり隣に向ける。先程から咥えている吸い込みタイプのアイスは、依然減っている様子はない。こちらも随分と集中しているらしい。呆れて思わず息が漏れた。
「チョット研磨、今オレに向けて溜め息ついた?」
「……アイスじゃなくて、ジュースでも良かったんじゃない?もう溶けきってるでしょソレ」
「まー、それはそーね」
ケラケラと笑う幼馴染は一体何がツボだったのだろう。眉を顰めて再びナマエの姿を視界に入れる。食べ終わったカップは丁寧に置かれて、手元にはすっかりいつもの記録ノート。日中の出来事は、彼女の脳内からすっかり消えてくれたようだった。
明日は烏野との試合を控えているが、この様子なら大丈夫だろう。昼に見たオレンジの彼がふと過る。一度もプレイを観ていないのに何処か好奇心を掻き立てる彼は、果たしてナマエの目にはどう映るだろうか。研磨は空っぽになったプラカップをコンビニ袋に戻して、ポータブルゲーム機を取り出す。ナマエへの心配も幼馴染への呆れも、ゲームの前には存在しない。
漸く最後まで見終えたナマエは、深々と頭を下げて部屋を後にする。ふと影がかかったのでそちらを見ると、いつもなら黒尾がついてくるところを、夜久がビデオ片手に隣に並んだ。
「明日リエーフ出すのか監督に確認」
「多分明日は出さないんじゃないかなぁ…」
ビデオを見ただけだが、それなりに形にはなってきたもののまだまだ彼のレシーブ力は不足している。連日スタメンにして自信を失くされてはたまったものではない。おそらく夜久もそれを進言する為にわざわざビデオ返却をナマエに頼まなかったのだろう。
それでも良い意味で出来ないことは見えてきた。あとは少しずつ穴を埋めていけばいい。伸び代があるのはいつだって見ていて心地良い。
「おじいちゃん、夜久先輩来たよ」
「おお、さてはリエーフのことだな?」
「勿論出しませんよね?」
「出さないんじゃなくて、出せないねぇ」
予想外な言葉に2人は思わず目を見開く。出せないとは一体何事だろうか。
「烏野のことへし折るつもりなの?おじいちゃん。因縁あるのは知ってるけど」
「因縁があるからこそさ。研磨がやる気を出すような、そんな地力を魅せて欲しい。なんせ監督はアイツの孫らしいからな」
目を細めて笑う姿、正しく化け猫。そっか、とだけもらしてナマエは烏野高校のノートを開く。"烏養"と書かれたページを見て目を閉じた。おじいちゃんが今年度になって、一層楽しそうに指導するきっかけになった人。かつての烏養監督は、一体どんな方だったのだろう。お孫さんである烏養監督を通して垣間見ることは出来るだろうか。
ちり、と思考の端で日中の事が蘇りかけたのを即座に消し去って、明日の試合へと思いを馳せた。
孫のナマエは昔からなんでもそつなくこなす子だった。でもそれはそう見えるように上手く大人を騙していただけだった。年に数回会えるか会えないか。それでももっと早くに気づいてやれなかったのかと、この老いぼれは過ぎたことを何度も思うのだ。幸いなのは、プレイヤーはやめたが、バレーそのものを嫌いになる事が"できなかった"ことだろうか。隣の布団ですっかり寝入った孫は、ある種の呪いのように、バレーを狂信的に愛している。まるでそれだけを見て他の感情に蓋をするかのように。
「……お前、本当はどうしたいんだい」
投げかけた問いに眠るナマエから答えが返ってくるわけもなく、苦情を漏らして猫又もまた布団へと横たわった。