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「ヘイヘイこのガキ、うちのマネにあろうことか無断握手からのサイン求めてますよ。シバきます?シバいときます?」
「ナマエに二度と近づけないぐらいぐちゃぐちゃにしてやれ〜」
「ちょっと虎やめてよ恥ずかしい!クロ先輩も助長しない!他のみんなも止めて!!」
稀に見る地獄絵図。一体誰がこんな事になると思っていただろうか。澤村のいる烏野は兎も角、主将が黒尾である音駒はなんとも収拾がつかない。
時間は数分前に遡る。
「苗字ナマエさんですか?!!」
「そ、そうですけど……」
「サインください!!だークソッ掲載号持ってくれば良かった!!!」
バスから降車してすぐ、烏野のいる体育館へと足を向けたが、部員に付いて扉を潜った途端、ナマエは感じ取った鋭い視線に思わず釣られてそちらを向く。
(一年のセッターだ、確か影山くん……あれ?)
ずんずんとつまる距離におどおどしていると、荷物を下ろして空になった両手をこれまた彼の両手で包まれ、表情こそ固いが輝かしい……羨望とも思える様な視線をこちらに向けられる。私初対面では?!!とテンパる私にかけられた言葉が先の台詞である。
「ナマエ、掲載ってなに……?」
「夜久くんそれ聞いちゃうの……」
「ナマエが全中特集か何かで注目選手に上がってたんじゃないの?」
呆れ気味に答える研磨くんはいつの間にか解かれていた私の手を引いて、コーチのもとに促してくれた。まさか男子バレー部の、しかも年違いの子に認知されてるなんて。私は言葉に出来ない感情に下唇を思わず噛んだ。
「こーらナマエチャン?下唇噛まないの。可愛い顔が台無しよ?」
「……クロ先輩、主将同士の顔合わせ終わったんですか」
「一ミリも照れてくれない辺り平常運転ねホント。あの一年、お前が怪我で辞めた事も知った上でサインねだったらしーよ?」
すげーなナマエチャン、とかけられた言葉にぽかんとしてしまう。知ってたなら、何故バレー現役じゃない私にサインなど求めたのだろう。普通そういうのって現役の人に求めるんじゃないだろうか。ぐるぐると考えているうちに練習試合の準備が概ね終わっている事に気づく。一年生に謝罪を述べて、私も部員と共に監督の前に並んだ。
「今日のナマエはお相手さん側、烏養コーチと一緒に音駒を倒しにおいで」
「えっ、」
「たまには視点を変えるのも大事だろう?繋心には話をつけてある。それに烏野の監督さんは未経験なりに努力しているから、そっちをアシストしても良いかもねぇ」
戸惑いながら視線を相手コート側に向けると、ぺこりと頭を下げる監督さんと、ひと好きのしそうな笑みを浮かべた……おそらく三年生がこちらを待っていた。音駒の部員達は各々文句を垂れているが、研磨の目の色だけは違った。ああ、そういうことか。
「……負けないからね、ナマエ」
「私別にプレーするワケじゃないんだけど……」
「まーまー!音駒の脳vs脳?カッケージャン?ナマエちゃん何かあったら叫ぶんだよ」
「それ痴漢とかの対処法ですよねクロ先輩」
「苗字ナマエです、ご厄介になります」
「いやいや!僕未経験だから教わってばかりで……!こちらこそ今日は遠い所から来てくれてありがとうございました」
「私まだ学生です、そんなかしこまらなくても……あ、」
目の前に差し出されたのは監督さんの隣、空席のパイプ椅子。机も置かれていて、ブランケットまで。あまりにも用意が良過ぎる。私が目をぱちくりとしていると、先程こちらに笑みを向けていた白髪の選手が椅子を引いて手招いてくれた。
「事前に聞いてたからさ、宮城は冷えるべ?ブランケット足りなかったら言ってな。俺スガ。ナマエちゃん、であってたか?」
「菅原……三年生のセッターの方ですよね?なんで……」
そこまで言って閉口した。忘れていた。コートに立てるのは強者のみ。スタメンに選ばれてないということはつまり……視線をコートにやると、先程サインを求めてきた選手がコートインしている所だった。
「烏野はアイツ、影山と俺がセッター。影山に何かあった時に、少しでもサポートしてやりてぇんだよね」
「……菅原さんは強い方ですね、人数の少ない学校ではそういう考え方、すごく大切だと思います」
「スガでいーよ!それよかホラ、早く座んな。試合始まっぞ?」
急かされて慌てて着席すると、膝にブランケットをかけた所で机を手前にひいてくれた。きっとこの人は烏野の中でもメンタルケアが上手なタイプだ。早速メモしておこうとノートを開くと、ギョッとした声が頭上から降ってくる。
「おまっそれ……!!なんでジジイの名前が書いてあンだよ?!」
「ジ……あ、ああ、これは烏養前監督の時に偵察した時のページですね。以降は中々こちらに伺えなかったので、今日はその続きから書こうと……」
「すごい……事細かく分析されてますね、所感も小さくメモしてある……苗字さんは本当にバレーがお好きなんですね」
「ワァ……俺の癖とかまでこんなに……無意識だったわ……気をつけねーと」
当たり前に付けてきたノートを、ましてや初対面の人達にここまで褒められるとは思わず、私は初めての感情に思わずブランケットで目元近くまで隠して呟いた。
「これ以上は……勘弁してください……」
「チョットサームラさん?!!うちの子にちょっかいかけるのやめてもらえますぅ?!!」
「俺じゃなくてスガに言え。あと主将なら毅然と対処しろ」
「フッ……クロにアレはハードル高いね」
「研磨お黙りなさいよ!!!」
「クロ気持ち悪いよ」
この後暫く黒尾のサーブミスが続いたとかそうでもないとか。(いやまったく本調子じゃなかったでしょ、アレ。by研磨)