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 そわそわとする夜久に猫又監督はニッと歯を見せて笑ってみせる。夜久は思わずどきりとしながら、けれどもどうせお見通しなのだろうと、半ば諦めがちに問いかけた。

「なんでナマエのこと、向こうに預けたんですか?事前に決まってたことでも今朝のこともあるし……」
「今朝のことがあったからこそ、だねぇ」

 ローテーションをチラリと確認しながら夜久は問いかけを続ける。今朝のことがどう烏野高校に繋がるのか。前情報の無い夜久には全くもって理解に及ばない。

「ワシも小耳に挟んだ程度だけどね、きっとあの子にとっていい刺激になると思ったんだよね」
「いい刺激、ですか?」
「ほぅら夜久、一瞬だから見逃しちゃうよ?」

 そういって監督の指差した先に視線を向けた刹那。本当に一瞬の出来事で、始めは何が起こったのか分からなかった。コートの中では目を丸くした部員の中に一人淡々と観察する研磨、そして烏野側では感情の読み取れない真剣な顔のナマエが思わず立っていた。勢いよく立ったのか、彼女の背後には椅子が倒れているのが見える。無理もない。初見で拾えるものはまず居ないであろうその速攻は、コートの中でも一際小さな身体から力強く放たれたのだから。





「今、日向選手……目、閉じてました、よね?」
「は?!あの一瞬でそこまで見えんのかよ!!」

 猫の孫やべぇー……と洩らす烏養監督に代わって菅原先輩が答えてくれる。曰く、日向選手の全力ジャンプに合わせて影山選手がトスをしているという。神業以外の何物でもない。
 すごい、と思う一方で、立ち回りだけ見た最初の瞬間、過去の自分を重ねてしまった。中学のセッターはお世辞にも上手くはなくて、常に私が合わせていたなぁ。それなのに、あんな神業と自身のプレイを重ねるなんて失礼だ。私は倒れた椅子に座り直して、力強くペンを握り気持ちを抑え込む。

「苗字さんは元選手だったんですよね」
「!」
「影山くんから伺いました。俺がセッターだったらもっと活躍させられたって」
「え、と……」
「無茶が祟って故障されたこと、すごく悔しそうに話してました。でも貴方がバレーボールから完全に離れた訳ではないと知って、思わず考え無しに突っ走ってしまったと反省しているとも。試合が終わったら、良ければ話しかけてあげてください」
「……監督さんは他校生徒のメンタルケアもお上手なんですね」
「えっ?!!いやっ、僕はただ事実を、」
「有難うございます、是非あとでお話してみます。日向選手にも興味があるので」

 日頃から生徒をよく見ている先生なのだろう。初対面にも関わらず曇った私の表情を案じて話しかけてくれたのだろう。バレーが未経験でも、武田先生のような、こういう監督のいるチームは強いと私は知っている。

「……未経験監督の教え子からプロ輩出、有り得そう」
「何か仰りましたか?苗字さん」
「いえ!あ、また速攻決まってる」





 その後も試合は続いたが、結果は矢張りというべきか、守りの音駒が勝利した。果たしてこの試合は烏野にとって実りあるものになっただろうか。少なくとも音駒との関係性はきっと良い方向に作用してくれるだろう。

「もう一回やろう!!!」
「?!!」
「はっは、もう一回が出来るのが練習試合だからな。ただきちんと休憩してからだよ。さて、ナマエちょっといいかな?」
「!な、なんですか監督」
「ホッホ!そんな身構えなくて良い。面白いものを見せてくれた一年ボーズ達に、ちとサービスをしてやろうかと思ってな」

 そう言ってボール片手にコートに入るおじいちゃん。ワケが分からず暫し見つめていると、ボールは宙高く投げられ、私は無意識のうちにネット前まで駆け出していた。ぐっと身体中のバネを使ってその場から飛び立つ。身体を全力で逸らして、いつの間に用意したのか、相手コート端に置かれたペットボトル目掛けて精一杯腕を振り切った。綺麗にコートインしたボールはペットボトルに当たらない絶妙な位置。風圧で僅かに揺れて倒れることはなかった。

「ホォー!久々でも鈍ってないねェ。レシーブ練に付き合いだしたからか?」
「おじいちゃん!!」
「スマンスマン、でも……打てただろう?」

 打てたけども。仮にも今は練習試合の合間であり、少なからずギャラリーがいる。そんな中で突然のスパイクは、流石に恥ずかしさを越えて変な汗が出て仕方がない。視線を右往左往させていると、気付かぬうちに駆けてきていた烏野一年コンビに囲まれた。

「俺より飛んでました!スゲー!!!」
「つっ、次はサーブ…サーブ見たいッス!!!」
「えっ、あ、えと……」
「ハイハーイそこまでデース」
「あ、クロ先輩……」
「続きが見たけりゃオレらに勝ってみな〜うちのナマエチャンは安売りしてないの、ゴメンネ?」
((クロ(先輩)大人げない牽制してる………))

 呆れ顔の音駒にそことなく察した烏野の一部は、乾いた笑いが思わず洩れる。タイマーの音と共に試合再開となったが、この日は終ぞ烏野が勝つことは無かった。
 余談になるが、後日コーチが猫又監督に訊ねたところ「若者の恋路は見てて飽きないねぇ」「バレーにチカラが入るならいくらでも火を焚べるヨォ〜」と楽し気だったとか。




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