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「んあ?ああナマエか。お前、猫又のジイさんに似てきたなぁ……」
「血は争えませんから。烏養元監督、お変わりないですか?」
「ピンピンしてるよ。退院して地域の奴らのバレー見てる。今度タイミングあれば会いに行ってやれよ、ジジイお前には甘ったれだからな」
「男子校生に女児が囲まれてたらそれはそうなるでしょう……」

 全行程を終え、帰りの支度を進めていた各々だったが、ふと初対面ではないことが伺えるやり取りにぴたりと手が止まる。考えてみれば2人とも監督の孫という共通点があったか。視線に気づいたナマエは、特別な事ではないように「よく練習試合に連れてかれてたの」と話すが、烏養コーチが現役からとなれば、流石に早すぎやしないだろうか。音駒の全員が視線を猫又監督にスライドさせると、「お座りできる頃にはボールに座る子だったからネェ」と笑っている。

「ナマエのバランス感覚おかしいの昔からかよ、すげー」
「……………」
「研磨クン、表情だけでウワ……って感情伝えるのヤメテクダサーイ」

 試合の幕間に見たスパイク。しなやかな脚のバネを使ったジャンプは、音もなく彼女を宙へと運び、水中と錯覚させるほどに綺麗に反って魅せたそのパワーは、指先を伝ってボールへと届いていた。まるで力の集約。普通ジャンプの瞬間は床との反発で音が鳴るはずだ。それさえも吸い込んでしまったのかと思うほど、軽やかな動きからは到底想像出来ない鋭いスパイクが綺麗な狙いでコートを射抜いた。

「(監督が言ってたのはコレか。)」

 1人訳知り顔でナマエを見やる黒尾は、監督の思惑を読み取れずにいた。進級前、ふとした日常会話の一部にさらりと紛れた「あの子の足は完治している。あとは気持ちの問題」という言葉を反芻する。果たして猫又監督はナマエを選手として見ているのだろうか。はたまた別の意図があるのだろうか。考えた所で答えは出ないのだろう。最後に決めるのは結局のところナマエ自身なのだから。

「烏養コーチに武田先生、また是非伺わせてください、視察のしがいがありますから!」
「ナマエオメー自分のチーム疎かにすんなよな」
「あれ?見られたら困る?負けちゃいます?」
「ンだと次はゼッテー泣かす!!」
「あ、そうだそうだ、日向くん」
「?」

 鞄を探っていた日向に視線を合わせるようにしゃがんだナマエは、しばし彼の瞳を見つめてから、そっと両の手を掬いあげて言葉を紡いだ。頑張ろうね。たったひと言にどれだけの感情が詰め込まれているのか、日向は言葉には出来ずとも感じることは確かにあった。影山が珍しく饒舌に語った一人の選手のこと。ナマエのスパイクに音駒の選手全員が真剣な顔をしていたこと。そして、数いる烏野の選手の中であえて日向を選んで言葉をかけたこと。
 確かに似ていた。宙を舞う日向とナマエは。

「あなたのスパイク、きっともっと良くなるし、空中戦でもっと戦えるようになる。日向くんの背中には翼が生えてるのね、きっと」
「じゃあナマエさんは天使の羽っすね!こう……なんか、フワッ!軽ッ!って感じの!!」
「ふわ……?」

 両手のジェスチャーでナマエのスパイクを伝えんとする日向の前に、思わずぽかん、としたまま座り込んでしまう彼女の背中を見て、珍しく年相応だな、なんて思ったのは猫又監督と音駒三年ズ。それに研磨だろう。
 練習試合に於いて、刺激を受けるのはお互い様である。烏野がひとつ進化の兆しをみせたように、音駒もまた変化が訪れようとしていた。

「天使の羽ついたナマエ、去年の文化祭の写真持ってるよ……」
「ハッ?!!ちょっと研磨クン、それ検閲します寄越しなさい!!」
「新作ゲームの発売日近いんだよね」
「やめろ研磨洒落になんねーって!って黒尾オメーも財布出そうとすんな!!オイお前ら誰か止めるの手伝え!!
「……おじいちゃん、やっくんたち何してるの?」
「仲が良いねぇ、ホッホ」
「???」




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