死滅回游はまるで終末のようだった。封印されてしまった悟くんが解放されたことで一時休戦、12月24日に再び両面宿儺らと相対することとなった。短い期間で出来ることを全てやろうと皆が躍起になっている中、私だけが(やむを得ないとはいえ)腑に落ちなかった。

「ナマエは何があっても死守、万が一の時、作り出された呪霊を祓えるのはお前だけだからな」
「それってつまり、悟くんが負けたらの話ですよね?日下部さん」
「万が一って言ってンだろ、そう噛みつくなよ」

 日下部さんにむけていた視線が堪らず机へと落ちる。多くの垣根を越えた戦友たちが当日の動きについて本格的に会議が始まる。その姿はもう、習うばかりの彼らではなく、立派な術師の一人だ。私はもう不要なのだ。半ば押し付けるように日下部さんに一言断って部屋を後にした。作戦会議なぞいるだけ無駄、いや危険なのだ。
 だって私は、最後に残された、天元様と強く繋がっている存在だから。





「ったく、五条のヤロー、自分の嫁のケアぐらいしろってんだ」
「ナマエさん、五条先生が先陣切るって決まってからずっとあの調子ですね……」
「……気にかけるのは良いが、自分のつとめは忘れンなよ乙骨」


 渋谷事変以降、休む暇も無く呪力も術式も消費していたナマエさんは、少しだけまた縮んでしまった。もうこのサイズの替えはないのだと言ったタイツは穴まみれで、反転で治療したとはいえ痛ましい姿である事には変わりなかった。日下部先生もその点を配慮して"死守"という選択をしたのだろう。
 今のナマエさんはとても危うい。それは薄氷の上を歩いているかのようで、いつ割れてしまうか見ているこちらがハラハラしてしまう。なんせ父と慕っていた夜蛾学長が亡くなり、これから迎える戦いでは最悪の場合、五条先生だけでなく、全員の死を看取らなければならないのだから。勿論そうなってやる気もそうさせる気も微塵もない。しかし矢張りというか、彼女の中では上手く割り切れないのだろう。当然だ。

「乙骨先輩!」
「ああ、虎杖くん、なあに?」
「死なない為の特訓、やりましょう!」

 虎杖くんは不思議だ。時折思考を読まれたのかと思うくらいにぴったりのタイミングで言葉が飛んでくるのだから。そういう彼らしさが、ナマエさんを救っているのかな、なんて思いながらひとつ、訂正を入れた。

「死なない為の、じゃないよ。勝つ為の特訓さ」





「珍しいじゃん、ナマエが屋上来るとか」
「硝子ちゃんお疲れ様、副流煙失礼しまぁーす」
「言い方ピンポイントだな、嫌味か?」

 ふくふくと笑ってみせるコイツと目線を合わせて、また縮んだな、なんてぼんやり思う。副流煙なんてこの身長差では吸い込む前に闇夜の中に風が攫ってしまう。結局は言葉遊びが好きなだけなのだ、昔からコイツは。
 先の死滅回游でナマエはコロニーに入らなかった。外にだって変わらず湧き出す呪いが存在して、それを一手に引き受けて払い続けていたからだ。とある男の『非呪術師が存在する限り呪いは消えない』なんて言葉が脳裏に浮かぶ。

『悠仁くん達が安心して戦えるように、私は私に出来ることをしたいの。だからお願い。止めないで、硝子ちゃん』

 あの時止めていたら、彼女は身を削ることなく此処に居てくれただろうか。そんなこと考えるだけ無駄なのだけれど。私の同級生に、言って聞き入れるやつなんか居ないし、止めた責任を持つなんてまっぴら御免だ。すっかり短くなった口先の灯火を消して、手摺りに寄りかかる。吐き出した息はすっかり白い。

「硝子ちゃん戻ろ、風邪ひいちゃう」
「副流煙はもういいのか?」
「もう大丈夫そうだから、いいの」

 こんな時まで自分ではなく私の心配とは、自己犠牲の精神が過ぎる親友にはお手上げだ。本当は自身の方がよっぽど辛いのに。それを辛いと上手く感じ取れないのだから、彼女の生い立ちを想起しては改めてウンザリする。出会った頃よかマシになったとはいえ、これは如何なものか。保護者に文句を言おうにも、当の保護者はもう居ない。
 きっと私は彼女の最後さえも看取る側になるのだろうと、自身の術式を少しだけ恨んだ。



そして夜が更けてゆく


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