あの日、悟くんは最期まで死力を尽くして戦った。それは決して無駄な死では無かったと、誰もが言うだろう。画面の先で何処か楽しそうに命の駆け引きをする彼は、漸く己と対等な存在に出逢えたのだろう。私の愛した五条悟は、どこまでも術師らしい人間だったのだ。
力加減が極端な私では対等になりきれず、かの親友・夏油傑は対等になる事を諦め、彼との間に線を引いてしまった。悟くんにしか知り得ない孤独がきっとそこにはあったんだろう。
結局残された私は「最終兵器」としての出番は無く、彼の人生の続きを書き足すように教師の席についた。元々サポートで授業に入る事も多かったし、然程引き継ぎに労をかける事はなかった。
まさか父と同じように担任を持つことになるなんて夢にも思わなかったし、初めて悟くん達と同じクラスに放り込まれた日の私に、今の状況を話しても信じやしないだろう。初担任と言っても悟くんの教え子の3人は皆優秀だから、殆ど口を出す事はない。不要な器物破損がやや多めなことが偶に傷だけれど、言ったところで聞かないだろう。一応ポーズだけは取るが、本気で止めるのはもうやめた。
「いやー普通に降りれない?野薔薇ちゃん」
「いやー虎杖じゃないんであの高さは無理ですね」
「それもそうかぁ……」
「ちょ、ナマエさん何納得してんの?!俺も流石に傷つくよ?!!」
「諦めろ虎杖、お前が馬鹿みたいに頑丈なのは事実だ」
建物から降りてくる際に、どうやら勢いを殺す為に金槌で壁を抉ったらしい。いくらここ一帯の再建が進んでいるとはいえ、まだまだ万全ではないのだから新しく壊すのは勘弁願いたい。とりあえず帰ったら始末書と報告書を書かせよう。破損箇所の修繕手続きは伊地知くんの管轄なので、申し訳なさを感じながら後程関連書類が届く旨をメールした。
「……ナマエさん、やっぱ泣かねーのな」
「泣く理由が無いからね」
決戦の日にも悠仁くん聞いたじゃない、と笑ってみせると、教え子達の表情が僅かに曇る。悟くんの残した"呪い"は、思った以上に厄介なようだ。
:
『いよいよ明日だけど、言い残す事ある?』
『何か死ぬ前提で話してない?それ』
『悟くん、私希望的観測はしない主義なの』
『知ってるよ。でも負けるって思われてるのはムカつくな』
『じゃあ裏切ってみせてよ、私待ってるから』
そんなやり取りの後に渡された封筒。中には数枚の便箋に書かれた私へのメッセージ。彼の言い残したかった事はここに全て詰まっていた。
『愛したのがナマエでよかった』
『俺の分もアイツらの成長を見守って』
『寿命を全うした頃に迎えに行くカモ』
迎えに行くなんて、彼は死神にでもなったつもりだろうか。生憎彼の身体は硝子ちゃんの手で丁重に処理された為、呪霊になる事はない。夏油くんも然り。硝子ちゃんは「要らん仕事残していきやがって」と口では言いつつも、今度こそ静かに眠れたであろう級友達を眺めて何処か肩の荷が降りたような様子だった。そんな彼女から煙草の匂いはもうしない。
「ナマエは強いねぇ、旦那が死んでも前を向いてる」
「元々感情欠落人間だからねぇ私。でも、寂しいとは思ってるよ」
「寂しい、ねぇ……悲しいじゃないんだ?」
「悲しむのはなんか違うかなって」
正道が死に、悟くんも失った。でも失わなかったものを見ていたいから。悟くんもきっとそうしろと言うだろうから。
「うーん、まぁ、泣くのは最後の親友を失くす時に取っとくよ。硝子ちゃん酒豪だから私より先に寿命来そうだもん」
「なんだと〜?そういうナマエだって、気をつけないと術式で死ぬだろ」
「私が姫彼岸を使わなくても、あの子達がいるから大丈夫だよ」
夏油くんとの別れを経た悟くんが、人生を捧げるように育て上げてきた彼らは、まごう事なき次世代を担うに値する力を持っているだろう。場数はまだもう少しだけ足りないかもしれないが、自分たちが呪術界を任される頃には立派な呪術師として活躍している事だろう。……悠仁くんか恵くんのどちらかは高専教師をしても良い気がする。未来を選ぶのは彼ら自身だけれど。
:
「みんな私の寿命が持つうちに立派になってくれ〜」
「ナマエさんの言いたい事は分かりますけど、物騒なこと言わないでくださいよ」
最終兵器として使わなかったとはいえ、実のところ身体……主に呪力の流れは不安定だし、内側にはかなりダメージが蓄積されていた。見た目がこんなだから分かりづらいが、姫彼岸の家系は短命である。当然だ。身体が小さくなるなんて代償だけで済むような術式ではないのだから。小さくなる事を繰り返してきた身体は実のところボロボロなのだ。いつこの身が塵芥と化すか、明日があるかもわからぬ身。ひとつでも多くの成長を見届けてから、彼の元へ逝く。それが私の今の生きる指針だ。
死に急ぐ気はない。彼ならきっと彼岸の向こうで仲間達と賑やかしく待っていてくれるだろうから。