「ナマエにしか頼めないだろ、ンなことオメーが一番分かってンだろ」
「宿儺が何もしない保証は何処にもない」
「それは全部の物事に言えることだろ」
襖を開けて一発目がこのやりとりである。あろうことか悟くんは日下部さんに跨り首根っこを掴んで揺さぶっている。それに動じずただただ淡白な返答だけをする日下部さんと、そんな光景に呑まれてすっかり固まっている憂太と悠仁くん。私が入ってきた事にさえ誰も気づいてない様なので、とりあえず小柄な身体を上手く滑り込ませて2人を対角上に蹴り飛ばした。
「生徒の前で何してるんです!大人げない!」
「手出して来たのは五条だぞー」
「かわせるでしょうよ貴方なら!かわす方が後々面倒くさくなるって思っただけでしょ!同罪です!!」
「ナマエさーん、五条せんせえイイとこ入っちゃったっぽい」
「入れたんです!悟くんは頭冷やしてきて。悠仁くん達は残って私と組手です!!」
直接聞いた訳ではないが、誰がどういった立ち回りをするのか、練習風景を見ていれば何となく分かってくるものだ。本来なら私が一番に適役であろう結界は伊地知くんが担っている。ならばそれ以上に私を使いたい場所とは一体何処だろうか。宿儺の手が届く場所。それだけで答えを導き出すには充分だった。
(祝詞の時間稼ぎと場所の固定、かな)
最大限の威力を出すのであれば、確実に当てておきたい一発だ。それならば、相手にとって天元様との繋がりが未だ濃く有用で、無闇に殺す事ができない私という存在は、囮にするならこれ以上ない人選だろう。味方の技も事前に来る方角さえ分かっていれば、術式で相殺も容易だ。おそらくその提案を日下部さんがした途端、あれだけ現場に介入させないと言ってたくせにと短気の悟くんがキレたのだろう。今の悟くんは何処か先生というより、昔の、学生時代を何処か思わせる雰囲気を纏っている。力を得る事を渇望しているような、寧ろその反対のような、不安定。学生、思春期だからこその強さを、今取り戻しかけているような気がする。
「ほらほら2人とも頑張れ〜?五条先生たちでもまだ粘ってたぞー」
「マッジで当たんねー!なんで?!」
「僕獲物ありですら一回も掠ったことないですけど……」
「啖呵切ったなら獲物無しにも慣れろ〜」
「それナマエさんが言います?!」
悟くんが死んだら、その身体は憂太が貰い受けるらしい。謝罪とともに憂太自身から告げられた言葉に、2人らしいなと思ってしまった。仮定の話。でもきっとそれは現実になる。私も悟くんも、宿儺を甘く見積る程愚かではない。だからこそ私は憂太が生き残れるようにギリギリまで鍛え上げる。戦いの中で身体が馴染むまで時間が要るだろう。ならばせめて自身の身体は100%、いや、120%は引き上げて使いこなせるようになって貰わねば困る。
『お前は……ナマエだけは生きて。もう旧友の解剖なんてまっぴらごめんだ』
『大丈夫よ硝子ちゃん。私も悟くんも、みんな此処にいるよ』
夏油くんが離反した後、いつだったか珍しく泥酔した硝子ちゃんが洩らしたうわ言。いつものクールな表情に隠された人間味を残したほんの僅かな願い。もうこれ以上、仲間を見送らせたりはしない。その為に今、私は私に出来ることをしよう。誰にも悲しんでほしくない。そんな己のエゴの為だけに。
「ほれナマエ、お前もちゃんと水飲め水」
「わ〜ありがとパンダ〜、本当にちっさくなったねぇ」
「膝に乗せるな、抱くな」
「だって成長はや過ぎて抱っこなんて数回しか私してないんだもの」
しみじみと感傷に浸っていると、私とパンダを数回見比べてから腕組みをして、納得した様にああ、と声を漏らした真希ちゃんが隣に座り込む。
「そーいやお前ら兄妹だったな」
「姉弟ですぅ〜おっきいパンダ見慣れた真希ちゃんはそう思うかもだけど!私が!姉!!」
「そういう言い回しがもう妹だろ」
「ナマエさんを見てると思い出すなぁ、妹のこと」
「憂太まで……」
中身は五条悟と同じなのに、と思ったが、いやあれはアレで実年齢より幼く見えるか。主に言動が。硝子ちゃんは……いややめとこう、不要な物言いは痛い目を見ると嫌というほど知っている。主に旧友二名のおかげで。
「ナマエ、集合だ」
「日下部さん、悟くん土下座しました?」
「してねーよ。どーしたらそうなるんだ」
「いや、ちょっと見たかったなって」
「馬鹿言ってねーで行くぞ」
「はぁーい」
きっと先の言い合いの発端となった作戦が可決したのだろう。日下部さんが呼びに来たという事は、おそらく悟くんはまだご機嫌斜め。作戦計画の共有もあるが、どちらかといえば"そっち"の対処をお願いされているのだろう。乗り込んだエレベーターで見上げた先で視線がかち合った日下部さんに、にっと笑って任せてください、と言えば、深く息を吐いた日下部さんに頭をわしゃわしゃとかき混ぜられた。
「ホンットお前は…日に日にあの人に似てくな……」
「なんて言いましたー?」
「……ンでもねーよ、ほら着いたから降りろ」
「はーい。あ、いたいた。悟くーん!キャラメルもらったの食べる?」
「………あーんしてくれるなら、いる。」
未だ不機嫌ながらも、少しだけ突き出た唇に、私は吹き出さずにはいられなかった。決戦までの日数は、もう数えることをやめた。どうせやってくるのなら、それを忘れて今を大事にしたいから。