「さて、どちらが勝つかな?」
「もーやめてよ硝子ちゃん……」
「ナマエ死ぬ気で来ていいよ、俺もそーする」
「うわぁ……ノリノリじゃん悟くん」

 作戦の詳細、というよりは私の役割が伝えられた所で、再び戻ってきた畳の部屋。突如告げられた悟くんとの組手に、思わず声が出た。興味津々だった生徒には「巻き添えで全身骨折していい人だけ残って良いよ」と伝えた。時間がある子は皆残ったそうだ。何故。そして何なら硝子ちゃんと伊地知くんまで増えた。

「伊地知くん、申し訳ないんだけど帳、頼める?」
「そのために来たようなものですから」

 僕は帳の外にいます、と何処か残念そうに言い残して辺りは漆黒に包まれた。伊地知くんは連絡の要だ。いつ何があっても良いように、帳の外に居なくてはならない。その方が彼自身も怪我が無くて良い気もしたが、珍しい反応に疑問が湧いた。

「そりゃこんな貴重なマッチアップ、誰でも見たいっしょ。分かってないなぁナマエは」
「……一生分からなくていーよ、ほらやろ」
「……せっかちなことで」
「だって、殺す気でいいんでしょう?」





 ナマエさんの纏ってる空気が変わった。身体は構えなんて碌に取らず殆ど脱力してるけど、隙を全く感じない。僕は思わず息を呑んだ。隣で見ている硝子さんは何処か楽しげに「懐かしーなー」なんて言っている。この空気の中でそれが言えてしまうとは、この人も中々の狂いっぷりだと、失礼だと思いつつも思わずにはいられなかった。
 ふと膝の上に重さを感じて見下ろすと、小さくなったパンダくんがちょこんと後座をかいていた。

「憂太、アイツらの学生時代の組手の話は聞いてるか?」
「確かナマエさん相手に先生二人がかりだったけど勝てた事がないって……」
「おう。ただそれは組手の"練習"の枠の中での話だ。悟は殺す気で来いと言った。この意味、分かるか?」
「……僕達相手にも余力が残ってるのは知ってたけど、まさか」
「さて、今の"最強"は何分持つかね」





 六眼越しに見えるナマエは、一切の呪力を捨てていた。本来ならば身体向上の為にも多少は必要なはずなのに、その全てを捨てて、呪力操作に使うソースを全て体術に割こうと言うのだろうか。はたまたブラフか。読めない思考が僕の好奇心を奮い立たせる。

「流石ナマエ、まったく隙がなくて困るね」
「……………」

 お喋りにも応じない。これは本当にスイッチを押しているようだ。ならばこちらも相応に構えなければ。すぐそこに硝子がいるとはいえ、どちらかは確実に骨数本は行くな。そんな風に思いながら、先手は僕が動いた。





「……マァ、分かってた結果だわ」
「ご、ごめんね悟くん……殺す気でなんて言われたからつい」
「うわぁ……五条先生が血みどろとかドッキリ?」
「悠仁、そのドッキリは誰も得しないから」

 1分足らずで終わった組み手は、時間と反比例して僕の身体をボロボロにした。ボロボロ、といっても最後に怒涛の攻撃に締めの一本を綺麗に決められただけなのだけれど。もし彼女があのまま追い討ちの一発を入れていたら、流石の僕も胃が持たなかっただろう。生徒の前で、ましてや組手で戻すのは格好がつかない。咄嗟の判断で出しかけた脚を引っ込めてくれたナマエに感謝だ。

「かっこわりーぞー五条ー」
「今の激戦見てそれ言えるお前強いな」
「硝子ちゃん、生徒たちの顔見てみなよ、畏れ多くて何も言えませんって真っ青だよ」

 そういってナマエの指差した先では憂太が皆を庇うような態勢で両手を広げながら、顔面蒼白でこちらをみている。あれは要らんことを言いかけた奴らを必死に止めた末の、だな。見てなくとも想像に難くない彼らのやり取りに、思わずくつくつと笑いがもれる。それに気づいたのか、視線を此方に向けたナマエは「笑ってる場合じゃないでしょ」私に勝てずに宿儺に如何勝つのだと、暗に瞳は訴えていた。ハハ、そりゃそーだ。



塵芥も溢さないでいて


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