朝が来る、そしてまた夜が来る

「え?トリガー返納しちゃったの?」
「あれは適合者が多い。必要に応じて使うのが良いだろう。何より鉛弾が使えないのはうちの良さが減るしな」

 三輪くんはやや口早に言葉を並べた。まるで言い訳でもするかのように、私に言い聞かせるというよりは三輪くん自身に言い聞かせてるように感じた。今回の大規模侵攻で風刃を託されると事前に聞いてはいたが、まさか本人の口から返納したなんて聞くとは思わなかった。

「せっかく三輪くんとも打ち合い出来ると思ったのになぁ」
「……別に風刃が無くとも出来るだろう」
「えっ」
「……会議だ、俺は行く」
「あっ、ちょっ……行っちゃった」

 今まであれだけ玉狛支部と懇意な私に対して塩対応だった彼があんなにも穏和になったのは、なにかあったのだろうか。直近だと遊真くんのトリガーで揉めた際、だろうか。嵐山さん辺りは何か知っていそうだが、あの人も多忙極める方だし、このことは深入りしないでおこう。
 悪い変化なら考えるけれど、良い変化ならば手を加える必要なんてない。私は友人として見守っていればいいのだから。

「おっ、ナマエGET〜」
「私まだ承諾どころか挨拶もしてないよ米屋くん」
「今から東さんと焼肉、来るだろ?」
「あー、そういえば話してたねぇ出水くんと緑川くんと米屋くんに」
「ちょっと待ってろ、『みっけた、俺が連れてくわ』」

 耳元に携帯電話をあててたのは、通話中だったかららしい。私一人探す為にご苦労なことだ。迅さんの提言で私も戦功を貰っているが、焼肉奢りは大変嬉しいものがある。今晩用に漬けておいたものは明日にでも焼いて食べれば良いし……。





「ナマエ本当に牛タンしか食べないよなぁ」
「東さん、コイツ昔からこうなんスか?」
「米屋達とほど頻繁には行ってなかったけど……うん、焼肉に限らず延々好きなものだけ食べてるイメージだな」

 回転寿司やドリンクバーの話を持ち出して人を肴に楽しんでいる傍ら、私は気に留めず箸を進める。好きなものを好きなだけ食べられる環境なら、好きなものを選んでいいじゃないか!私は向かい席でニヤつく出水くんの足をおもいっきし踏みつけてやった。あ、今日ちょっとヒールある靴だったかもしれない。

「ナマエさんって、一応年齢的には二人と同じなの?」
「そうだよ〜でも界境防衛機関には初期の頃から関わってたから、歴は私のが長いかな?って言っても、歴だけですぐに追い越されちゃったけど」
「何言ってんだよ、太刀川さんばりに前線軽々こなすくせに」
「いやー俺達もうちょい上から観戦してて良かったんじゃね?」

 出水くんの言葉に米屋くんが悪ノリして、東さんが苦笑いを浮かべている。そりゃ人の生き死にが関わってた戦闘でそんな余裕持たれても困ってしまう。流石の緑川くんも引いたのか、うわ……と口に出ていた。そのまま真っ直ぐ育って戦闘3バカから卒業して欲しい。
 ふと東さんがそういえば、と話題を私に振るので、トングを置いて言葉に耳を傾けた。

「今度うちの奴らを見てくれないか?もう少ししたらサブトリガー解放してやろうと思ってな」
「お、本人達念願の、ですねぇ」
「全射程こなせる奴なんてそうそう居ないからな。是非頼みたいんだよ」
「私なんかでよければ!」

 指南役なんて畏れ多いが、東さんに指名されては断る理由がない。嬉しさに皿の上の肉を頬張ると、他の4人が顔を見合わせてから、私を見ていた。……ん?私?

「お前はほんとーっになんつーか……」
「自己肯定感持てってカンジ?」
「ナマエさん何処に自信置いて来たの」
「………ははは、はぁ」



「ってボロボロに言われたんですけど」
「あははははッ!!みんな言うなぁ」
「迅さん笑い事じゃないです」

 じとりとナマエがコチラを見上げてくるが、どれだけ攻撃的な視線だろうと、まだ残るあどけなさと身長差が愛おしさしか感じさせない。きっと彼女自身はそんなこと微塵も思ってないし、それを俺が言ったところで火に油を注ぐようなものだろう。再び笑いそうになる口を不恰好でもなんとか閉じて、先日行ったという焼肉屋での彼らのやり取りを聞いてやる。
 今日は元々ボーダーの会見を見たナマエが予想外のメガネくん乱入に誰の差し金かと尋ねに来たのだが、すっかり話題は彼女の愚痴である。会見に関しては、メガネくんをあの場に連れて行ったのが唐沢さんだと知って納得したらしい。相変わらず大人の、大人だからこそ避けられない汚いやり口が嫌いなコイツは、おそらく本人たち以上に怒っていたのだろう。しかし終わったことを言っても仕方がないと言葉を飲み込み、別ベクトルの会話で発散しているということだろう。

「そういえば大量討伐戦功の提言してくれたのが迅さんって聞きました。ありがとうございます」
「ナマエのおかげで死傷者数激減したからな。本当ならもっとやりたいくらいだったけどね」

 きょとんとした顔をしたと思えば、次の瞬間には満面の笑みで十分すぎるとナマエは言った。確かに彼女の道場や生活面は本部……主に初期の界境防衛機関に所属してたメンバーによって様々な支援が行われている。それでも先立つものと考えれば金銭はあるに越したことはないだろう。彼女はとことん欲がない。目の前の戦いだけに全てを捧げて、その先の未来なんてこれっぽっちも考えちゃいない。
 未来視の中の彼女は、いつだって射抜くような視線で戦いの最前線に立っている。これまでも、これからも。

「少しくらい、年相応になってくれたら良かったのに」
「?迅さんなんか言いましたか?」
「いや、何でもないよ」

 果たしてその言葉は、彼女への言葉だったのか、はたまた、かつての自分自身へのものだったのか。考えるまでもなく、予知通り目の前にイレギュラーの門が開かれようとしていた。
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