夜風を頬で感じながら、いつものポイントでひとまず腰を下ろす。ソロ夜勤には慣れているけれど、まだ寒さの残るこの季節、人恋しく感じるのもやむを得ないだろう。私はそんな気持ちを抑えて努めて冷静に、端末越しに本部へと連絡をとった。
「こちらナマエ、現着しました」
『こちら沢村、今夜は宜しくね』
「沢村さんがオペって事は、ランク戦始まって夜勤のオペ不足始まりましたね……」
『ナマエちゃんは特例だけど、原則未成年は夜シフト入れられないもの、仕方ないわよ』
とはいえトリオン器官の最も成長する年齢を考えると、雑談の延長で出たこの『夜シフト問題』は思いの外深刻かもしれない。まあそれを考えるのは私の仕事ではないのだけれど、やはり負担が偏るのは宜しくない気がする。
『まーた難しいこと考えてるだろ〜ナマエ』
『あら迅くん、別地区担当なのに分かるの?』
『分かりやすいからね』
今夜は別地区に迅さんも居るらしい。暗躍デーじゃないんだ。私はあまり使わないけれど、黒トリガー持ちは一部隊扱いされる。今日はそれが二人だから、別地区だけど両方のオペレーターを沢村さんが担当してくれているのだろう。
「って、迅さん風刃無いのに一人なんですか?」
『まあ実力派エリートだからね』
「全然答えになってないですね?」
『迅くんにはサイドエフェクトがあるからよ』
「なるほど……」
未知の相手に未来視は有効じゃない。けれど、事前に担当オペレーターの未来を見て、切迫していなければ迅さんは無事、という判断をしているのだろう。読み逃したり、任務の最中に知らぬ間に分岐点を迎えていたり、そういう可能性には目を瞑っているのだろう。この方もなかなか自己犠牲がすぎる。
そんな考えに耽っていたら、聞き慣れた不快なブザーがけたたましく鳴り響く。私はいつものようにアイビスを生成して、スコープも見ずに門から出てこようとしていた敵の脳天に直撃させた。
『今更だけどお前、スコープ見ないならアイビスじゃなくてもよくない?』
「射程ギリギリなんですよ。だからアイビス」
『え、いつもそんな距離感で撃ってたの?バグ?』
「沢村さん〜長年の付き合いなのに今更疑ってくる人が居ます〜、撃ち抜いて良い?」
『駄目に決まってんだろ!!』
『ムキにならないの、そんな未来みえないでしょ』
『いや、超低確率であった……』
迅さんの萎んでいく声に思わず笑ってしまう。今夜は静かな時間になりそう。なんとなくだけど、そんな気がした。だって気がこんなにも緩んでる迅さん、久々だったから。
「お疲れさん、朝メシどう?」
「あ、迅さんお疲れ様でした」
引き継ぎ終了と同タイミングで声をかけてきた迅さんは、いつもより少しだけ瞼が重そうだ。それでも仕事明けのご飯に誘ってくれるのは正直、嬉しい。ただ今日こそは作り置きを消費しなければと思っていたので、少しだけ返答に間が空く。昼と夜で食べ切れなくもない……か?いや、朝食べてもギリギリの量なのに厳しいだろう。誰だ、安売りで調子乗ったのは。私か。
「タッパー全部支部に持ってこいよ、食べ盛りがいるから昼には無くなるだろ。代わりに夜は食ってけよ」
私の思考をおそらく未来視で見透かした迅さんは、そう言って我が家に向けて歩き出してしまった。慌てて追いかけた背中は大きいのに、何故か小さく見える不思議な感覚に襲われる。
(修くんの事、気負ってるのかな)
全員が怪我なく過ごせる未来なんて生ぬるいものは存在しない。だからこそ迅さんは選んだ。修くんを信じて、未来を託したのだ。勿論迅さんしか対応出来ない場所があったのかもしれない。でもいくらでも選択肢はあったはずなのだ。それで死者が増えようとも、迅さんの心が少しでも気負わない選択肢が。
:
「これ全部ナマエサンが作ったの?」
「うん、お口に合うかな?」
「俺この卵焼き好きだな、甘い方」
「僕はしょっぱい方です」
これも美味いあれも美味いと箸を進める遊真やメガネ君達を見て、満面の笑みで自身もまた箸を取ったナマエ。俺に限った話でもないが、なんでもこなせてしまうが故に周りに頼ることも甘えることもしない彼女は、大人や俺が目をかけてやらないとすぐに一人になってしまう。だから言い訳を与えてやって、上手く時間を共有するように密かに努めていた。ここ暫く大規模侵攻の後処理で俺も支部長達もなかなか様子を見る事が出来なかったが、彼女は今日も変わらぬ笑みで周りをも温めている。
「おっ、今日はナマエの朝飯かぁ!」
「支部長お邪魔してます、昼も消費手伝ってください」
「このペースなら朝だけで皆食っちまうだろ。久々に昼夜の当番やってくんね?」
「今日は暇してたので構いませんけど、本当の当番は誰だったんですか?」
「鍋だよ鍋、いつも通りの」
小南ならカレー、鍋なら俺、それ以外のメニューが出るのはレイジさんか鳥丸が当番の時だ。宇佐美は玉駒第二の事があるので暫くは免除。別に他の奴らが別のメニューなら、連日同じものを出してるわけでもないしなぁと、レパートリーを増やす努力はせず鍋を貫いていたのだが、ナマエからは呆れた視線を向けられる。コイツのじいさんは食のバランスとかすげーうるさかったな、と騒つく記憶が頭の隅に浮かぶ。
「まあ迅さんが鍋以外作り出したら逆に心配になりますもんね。良いですよ、買い出しに人手だけお借りできれば」
「まてまてまて、それどういう意味よナマエちゃん?」
「俺の財布渡しとくから好きに買え買え!人手もレイジ辺りに車出してもらえるだろ」
俺の疑問はガン無視でナマエはワーイ、と笑顔で林藤さんから財布を受け取る。先ほどタッパーを入れた時に見た冷蔵庫の中身を想起しながら、何が必要か既に彼女の頭は計算を始めたらしい。食べる手は止めないが、視線はどこか上の方をぼんやり見ている。こんな姿の彼女が、夜は数え切れない残骸を積み上げているのだから、世の中恐ろしい。
ふと気配を感じて隣を見ると、林藤支部長が隣に立っていた。目だけで問いを投げると、俺にだけ聞こえる声量で問いかけられる。
「やっぱり未来視、変わらないか?」
「……五分五分って感じ。まだ少し時間もあるし様子見かな」
大規模侵攻後、相手さんも馬鹿ではないからこの隙に一手打ってくる可能性は見るまでもなく分かっていたが、先日ふとナマエから不思議なビジョンが流れてきたのである。本部を歩いてみても他の奴らからはまだナマエのような未来は見えていない。近々遊真の力を借りて対策会議をすることにはなっているが、それまでに掴めるのならひとつでも情報が欲しい。
「あーあ、なぁんでよりによってナマエなんだよ……」
「だっはっは!!惚れた弱みだな」
「あー否定する気も起きない、とりあえず街中視てくるんで、夜までアイツのこと頼めます?」
「おう、遊真達もいるし大丈夫だろ」
ナマエに夜飯には戻ると伝えて、支部を出た。寝ないんですか?!と驚愕した声が背中に向けられた気がしたが、気付かないふりをして俺は川沿いを歩き出した。彼女が次の戦いの渦中で、少しでも笑顔でいてくれるように、俺は今日も暗躍をするのだ。なんせ超実力派エリートなんでね。
「こちらナマエ、現着しました」
『こちら沢村、今夜は宜しくね』
「沢村さんがオペって事は、ランク戦始まって夜勤のオペ不足始まりましたね……」
『ナマエちゃんは特例だけど、原則未成年は夜シフト入れられないもの、仕方ないわよ』
とはいえトリオン器官の最も成長する年齢を考えると、雑談の延長で出たこの『夜シフト問題』は思いの外深刻かもしれない。まあそれを考えるのは私の仕事ではないのだけれど、やはり負担が偏るのは宜しくない気がする。
『まーた難しいこと考えてるだろ〜ナマエ』
『あら迅くん、別地区担当なのに分かるの?』
『分かりやすいからね』
今夜は別地区に迅さんも居るらしい。暗躍デーじゃないんだ。私はあまり使わないけれど、黒トリガー持ちは一部隊扱いされる。今日はそれが二人だから、別地区だけど両方のオペレーターを沢村さんが担当してくれているのだろう。
「って、迅さん風刃無いのに一人なんですか?」
『まあ実力派エリートだからね』
「全然答えになってないですね?」
『迅くんにはサイドエフェクトがあるからよ』
「なるほど……」
未知の相手に未来視は有効じゃない。けれど、事前に担当オペレーターの未来を見て、切迫していなければ迅さんは無事、という判断をしているのだろう。読み逃したり、任務の最中に知らぬ間に分岐点を迎えていたり、そういう可能性には目を瞑っているのだろう。この方もなかなか自己犠牲がすぎる。
そんな考えに耽っていたら、聞き慣れた不快なブザーがけたたましく鳴り響く。私はいつものようにアイビスを生成して、スコープも見ずに門から出てこようとしていた敵の脳天に直撃させた。
『今更だけどお前、スコープ見ないならアイビスじゃなくてもよくない?』
「射程ギリギリなんですよ。だからアイビス」
『え、いつもそんな距離感で撃ってたの?バグ?』
「沢村さん〜長年の付き合いなのに今更疑ってくる人が居ます〜、撃ち抜いて良い?」
『駄目に決まってんだろ!!』
『ムキにならないの、そんな未来みえないでしょ』
『いや、超低確率であった……』
迅さんの萎んでいく声に思わず笑ってしまう。今夜は静かな時間になりそう。なんとなくだけど、そんな気がした。だって気がこんなにも緩んでる迅さん、久々だったから。
「お疲れさん、朝メシどう?」
「あ、迅さんお疲れ様でした」
引き継ぎ終了と同タイミングで声をかけてきた迅さんは、いつもより少しだけ瞼が重そうだ。それでも仕事明けのご飯に誘ってくれるのは正直、嬉しい。ただ今日こそは作り置きを消費しなければと思っていたので、少しだけ返答に間が空く。昼と夜で食べ切れなくもない……か?いや、朝食べてもギリギリの量なのに厳しいだろう。誰だ、安売りで調子乗ったのは。私か。
「タッパー全部支部に持ってこいよ、食べ盛りがいるから昼には無くなるだろ。代わりに夜は食ってけよ」
私の思考をおそらく未来視で見透かした迅さんは、そう言って我が家に向けて歩き出してしまった。慌てて追いかけた背中は大きいのに、何故か小さく見える不思議な感覚に襲われる。
(修くんの事、気負ってるのかな)
全員が怪我なく過ごせる未来なんて生ぬるいものは存在しない。だからこそ迅さんは選んだ。修くんを信じて、未来を託したのだ。勿論迅さんしか対応出来ない場所があったのかもしれない。でもいくらでも選択肢はあったはずなのだ。それで死者が増えようとも、迅さんの心が少しでも気負わない選択肢が。
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「これ全部ナマエサンが作ったの?」
「うん、お口に合うかな?」
「俺この卵焼き好きだな、甘い方」
「僕はしょっぱい方です」
これも美味いあれも美味いと箸を進める遊真やメガネ君達を見て、満面の笑みで自身もまた箸を取ったナマエ。俺に限った話でもないが、なんでもこなせてしまうが故に周りに頼ることも甘えることもしない彼女は、大人や俺が目をかけてやらないとすぐに一人になってしまう。だから言い訳を与えてやって、上手く時間を共有するように密かに努めていた。ここ暫く大規模侵攻の後処理で俺も支部長達もなかなか様子を見る事が出来なかったが、彼女は今日も変わらぬ笑みで周りをも温めている。
「おっ、今日はナマエの朝飯かぁ!」
「支部長お邪魔してます、昼も消費手伝ってください」
「このペースなら朝だけで皆食っちまうだろ。久々に昼夜の当番やってくんね?」
「今日は暇してたので構いませんけど、本当の当番は誰だったんですか?」
「鍋だよ鍋、いつも通りの」
小南ならカレー、鍋なら俺、それ以外のメニューが出るのはレイジさんか鳥丸が当番の時だ。宇佐美は玉駒第二の事があるので暫くは免除。別に他の奴らが別のメニューなら、連日同じものを出してるわけでもないしなぁと、レパートリーを増やす努力はせず鍋を貫いていたのだが、ナマエからは呆れた視線を向けられる。コイツのじいさんは食のバランスとかすげーうるさかったな、と騒つく記憶が頭の隅に浮かぶ。
「まあ迅さんが鍋以外作り出したら逆に心配になりますもんね。良いですよ、買い出しに人手だけお借りできれば」
「まてまてまて、それどういう意味よナマエちゃん?」
「俺の財布渡しとくから好きに買え買え!人手もレイジ辺りに車出してもらえるだろ」
俺の疑問はガン無視でナマエはワーイ、と笑顔で林藤さんから財布を受け取る。先ほどタッパーを入れた時に見た冷蔵庫の中身を想起しながら、何が必要か既に彼女の頭は計算を始めたらしい。食べる手は止めないが、視線はどこか上の方をぼんやり見ている。こんな姿の彼女が、夜は数え切れない残骸を積み上げているのだから、世の中恐ろしい。
ふと気配を感じて隣を見ると、林藤支部長が隣に立っていた。目だけで問いを投げると、俺にだけ聞こえる声量で問いかけられる。
「やっぱり未来視、変わらないか?」
「……五分五分って感じ。まだ少し時間もあるし様子見かな」
大規模侵攻後、相手さんも馬鹿ではないからこの隙に一手打ってくる可能性は見るまでもなく分かっていたが、先日ふとナマエから不思議なビジョンが流れてきたのである。本部を歩いてみても他の奴らからはまだナマエのような未来は見えていない。近々遊真の力を借りて対策会議をすることにはなっているが、それまでに掴めるのならひとつでも情報が欲しい。
「あーあ、なぁんでよりによってナマエなんだよ……」
「だっはっは!!惚れた弱みだな」
「あー否定する気も起きない、とりあえず街中視てくるんで、夜までアイツのこと頼めます?」
「おう、遊真達もいるし大丈夫だろ」
ナマエに夜飯には戻ると伝えて、支部を出た。寝ないんですか?!と驚愕した声が背中に向けられた気がしたが、気付かないふりをして俺は川沿いを歩き出した。彼女が次の戦いの渦中で、少しでも笑顔でいてくれるように、俺は今日も暗躍をするのだ。なんせ超実力派エリートなんでね。