君ばかりが淡い朝

 朝の空気は私の心を冷たくしてくれる。久方ぶりに自身の預かる道場で竹刀を握っていた。ゆっくりと空気を吸い込んでは、竹刀にも血液が流れていくようなイメージでそうっと吐き出す。それを何度も繰り返しては姿勢を正す。

『多くのトリガーが起動しなくなる理由はトリオンが失われた事だが、お前さんの場合は違う。トリオンの回路……血流のようなものに不和が生じたんじゃろう』

 鬼怒田さんの言葉を思い出す。不和の原因もまだ未確定だけれど、おそらく大規模侵攻前の出来事が何かしら干渉したのだろうということだった。
 私は戦士であって科学班のような知識に富んでいる訳では無い。だから原因究明は彼らに託して、こうして自分に出来ることだけに専念することにした。再びトリガーが応えてくれた時、それに相応しい私のままでいられるように。



「迅、お前さんから見て回復するのは?」
「五分五分。本人から直接見える未来では100%無い」
「他の未来視が邪魔をして、直近の未来が見えない、だったか。さぞかし確定した未来なんだろうな」
「茶化さないでくださいよ忍田さん……」

 会議中にも関わらず思わずテーブルに右頬をぺとりと引っ付けた。冷たさで頭が幾分冴えたところで、見えるものは変わらない。有能であっても万能ではないのだ、この能力は。隣に座る嵐山に宥められて座り直した俺は、本題へと入る。

「それってさ、どーしてもナマエじゃなきゃダメなの?鬼怒田サン」
「ワシかて代打がいればそーするワイ!今回の試験運転は遠征選抜試験の準備が重なっとるから、これ以上の人手は割けん。手一杯の譲歩だ」

 本格的な奪還作戦に向けた改良エンジンの試験運転。それはこの先の長期遠征に向けて必要な過程だった。しかし、問題なのは動員者だ。迅は悔しさを露わにしながらその名前を見つめる。
 迅は、ナマエの直近の未来視だけは苦手としていた。全く見えない訳ではないのだが、ここぞという時に限っててんで駄目だった。そんな彼女だが、今回は遠征艇の動力源として同乗が決まった。現状トリガー起動が出来ない為戦場に出る事はないが、嫌な予感ばかりが迅の背中を撫でた。

「とにかく、帰還するまでは遠征艇からは絶対出ぬよう指示は出す。……まあ、それを言って聞くやつかと言われればそれまでだが」

 動員する隊員は太刀川隊とエンジニア、そしてトリオン供給源としてナマエ。遠征にしては小規模だが、今回はこの先の長期遠征を見越しての改良エンジンの稼働テストが目的だから少人数の方が良いらしい。
 試験遠征の前に、アフトの属国への対策もしなければならない。トリガー無しでも大暴れする彼女の未来は既にみえている。本人経由ではなく、冬島さん経由ではあるが、確かにトリガー無しで戦う姿がそこにあった。

「ナマエの事を案じているのは我々も同じだ。だがまずは目前の問題を対処せねばなるまい」

 城戸さんの言うことは正しかった。ナマエの遠征における未来の分岐点が何処にあるのか、そもそもどんな分岐があるのかも分からない状況では、砂浜で一粒の砂金を探すに等しい。分かっていても割り切れない。それでも自身にはやらねばならないことがある。
 そっと目を瞑って彼女の姿を思い浮かべる。それはいつも視てすっかり覚えてしまったあの未来。どれだけ鮮明でも未来とはあっけなく散るものだと、生涯をかけて嫌という程味わってきた。天秤は常に多数決の如く傾く。けれど、この未来だけはどうしても手にしたかった。それは、迅自身がまだ人間らしさを持っている証拠に他ならなかった。

 (ああ、好きだな、クソ。)

 瞼の裏に残るウェディング姿で微笑むナマエに、そう思わずにはいられなかった。
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