『本部長に無理矢理にでも休暇を取らせたいの!お願いしてもいい?』
先日遊真くんに連れ立って本部に行った時に沢村さんに頼まれたのは、休む事を知らない忍田さんを打ち合いを理由に仕事場から引き摺り出すことだった。打ち合いしちゃったら休みにならないのでは?とは思いつつも、デスクワークよりはマシなのだろうと道場に招いた。午前中はひたすら打ち合い、気づけばお昼時となっていた。
「君の料理を食べるのもいつ振りかな」
「似たようなことを嵐山さんにも言われました」
「彼も忙殺されてるからな。機会があれば隊員丸ごと招いてやってくれ」
「それならまず機会を作るお手本になってくださいな、忍田本部長さま?」
含みを持たせて言うと、余計な事を言ったな、と苦笑混じりに味噌汁を啜った。今日は炊き込みご飯の残りと味噌汁、小鉢は小松菜の和え物。昨日から漬けておいたしょうが焼きも良い感じだ。夜は残った小松菜にクリームソースでも作ってパスタにでもするか。そんな風にぼんやりと考え事をしながら箸を進めていると、忍田さんに名前を呼ばれた。
「トリガーの件は聞いている。不安は無いかい?」
「不安、ですか」
正直なことを言えば、あまり深く考えてない。考えてどうなることでも無いし、今の自分に出来ることをやるだけだ。その為に既に鬼怒田さんに"お願い"はしておいた。あとは許可が出るかどうか、それだけだ。
「今の私に出来ることを思いつく限りやり尽くして、それでも無力だったら、その時は不安になるかも。でもきっと大丈夫です」
そう言って私はとめていた箸を動かした。良く食べて良く寝る。健康的な生活が基盤にあって、私たちはようやっと戦士として戦えるのだから。いつ力が戻ってきても良いように、精進を怠ってはいけない。もし私の努力が空回りするなら、きっと迅さんが止めにくるだろう。未来が見える見えないではなく、直感的に感じ取ってくれる人だから。
「……俺が言えたことじゃあないが、君はもう少し大人に甘えていいんだよ」
「甘え方を知らないので、中々難しい注文ですね」
「鬼怒田さんに何か頼み込んでいるのは知っているよ。そう遠くない内に連絡が行くと思うが……無理はしないでくれ」
「………肝に銘じておきます」
「あー、違うんだ、そういうのではなくて、」
「えっ」
「君が頑張っていることは皆が知っている。自分自身を追い込み過ぎなくていいんだよ」
普段は堂々とした人なのに、唸りながら言葉を選ぶ姿に思わず笑みが浮かぶ。祖父を失った時から、いや、それよりずっと前から、大人たちみんなが私を見守ってくれていた。分かっているからこそ、無力な自分が悔しいと、思う。そんな私の気持ちさえも汲みとって、忍田さんは言葉を尽くして伝えてくれたのだろう。
「大人だけじゃない、きっと嵐山や迅たちも同じ事を言うと思うぞ」
そこで迅さんを出すのはずるいと思います、本部長。
忍田さんと昼食を共にした後は、彼の運転で玉狛支部まで送って貰った。本部長はその足できちんと帰宅してくれるだろうか。一応沢村さんに連絡のメールを送って、支部の玄関ドアを開けた。
「お、おかえりなさいませ」
「忍田さん、ちゃんと休んだみたいだね」
「遊真くん、迅さん、ただいま。やっぱり暗躍されてましたか」
「今日休まないと本部の階段から落ちる未来が見えた」
それは危ないですな、と遊真くんは本気で思っているのかも分からない軽さで言うが、あの忍田さんが落ちかけるならまだしも、完全に落ちてしまうのは相当なことだ。私の打ち合いのお願いをもしも断られていたらと思うと、嫌な汗がでてくる。
「お前のお願いを無碍に出来ないよ、大人たちはね」
「う〜……全幅の信頼が嬉しいような、複雑だ……」
「ナマエサンは本当に愛されてるんだな」
「そ、そんなんじゃないよ」
「愛されてるよ、愛されてないわけがない」
迅さんの屈託のない笑顔と言葉に息が止まる。遊真くんは何処か嬉しそうに、しかし何も言わずに迅さんと私を交互に見つめている。ああもう、最近の迅さんは本当に難しい。
:
「何か視えてるの?」
ナマエが自室に戻って暫く、漸く開かれた遊真の口からは、質問を模した確認が投げられられた。久々にナマエから視えた未来は、頭を悩ませている遠征艇の件とは別件だった。時系列はどちらが先かは分からないが、瀕死の彼女の姿が映った。トリガーが扱えない今、何故そんなことが起こり得るのかは分からないが、もう目の前まで迫っている未来だということだけはハッキリしていた。
「オレがアフトなら、配下の国にちょっかいかけさせるよ。瀕死になる程の戦いならそこじゃない?」
「……かもな、そうさせない為の俺だけどな」
「そっか、迅さんはナマエさんを選びたいんだな」
猫のように目を細めて微笑む遊真に、俺は何も答えなかった。逃げて欲しくなくて、そばにいて欲しくて、誰のものにもならないでほしいという、浅ましくも人間らしい欲求。でも未来を視る運命の俺に、彼女の手を掴むことは本当に許されるのだろうか。俺の迷いにはナマエも気づいていて、だからつい溢れた感情を見せる度に、戸惑いながらも受け入れてくれる。そんな彼女の優しさにつけ込むようで、情けなく思ってしまう。
今はまだ、遊真の問いに答える勇気は無かった。嘘を見抜くその瞳に、俺は嘘がつけないから。
先日遊真くんに連れ立って本部に行った時に沢村さんに頼まれたのは、休む事を知らない忍田さんを打ち合いを理由に仕事場から引き摺り出すことだった。打ち合いしちゃったら休みにならないのでは?とは思いつつも、デスクワークよりはマシなのだろうと道場に招いた。午前中はひたすら打ち合い、気づけばお昼時となっていた。
「君の料理を食べるのもいつ振りかな」
「似たようなことを嵐山さんにも言われました」
「彼も忙殺されてるからな。機会があれば隊員丸ごと招いてやってくれ」
「それならまず機会を作るお手本になってくださいな、忍田本部長さま?」
含みを持たせて言うと、余計な事を言ったな、と苦笑混じりに味噌汁を啜った。今日は炊き込みご飯の残りと味噌汁、小鉢は小松菜の和え物。昨日から漬けておいたしょうが焼きも良い感じだ。夜は残った小松菜にクリームソースでも作ってパスタにでもするか。そんな風にぼんやりと考え事をしながら箸を進めていると、忍田さんに名前を呼ばれた。
「トリガーの件は聞いている。不安は無いかい?」
「不安、ですか」
正直なことを言えば、あまり深く考えてない。考えてどうなることでも無いし、今の自分に出来ることをやるだけだ。その為に既に鬼怒田さんに"お願い"はしておいた。あとは許可が出るかどうか、それだけだ。
「今の私に出来ることを思いつく限りやり尽くして、それでも無力だったら、その時は不安になるかも。でもきっと大丈夫です」
そう言って私はとめていた箸を動かした。良く食べて良く寝る。健康的な生活が基盤にあって、私たちはようやっと戦士として戦えるのだから。いつ力が戻ってきても良いように、精進を怠ってはいけない。もし私の努力が空回りするなら、きっと迅さんが止めにくるだろう。未来が見える見えないではなく、直感的に感じ取ってくれる人だから。
「……俺が言えたことじゃあないが、君はもう少し大人に甘えていいんだよ」
「甘え方を知らないので、中々難しい注文ですね」
「鬼怒田さんに何か頼み込んでいるのは知っているよ。そう遠くない内に連絡が行くと思うが……無理はしないでくれ」
「………肝に銘じておきます」
「あー、違うんだ、そういうのではなくて、」
「えっ」
「君が頑張っていることは皆が知っている。自分自身を追い込み過ぎなくていいんだよ」
普段は堂々とした人なのに、唸りながら言葉を選ぶ姿に思わず笑みが浮かぶ。祖父を失った時から、いや、それよりずっと前から、大人たちみんなが私を見守ってくれていた。分かっているからこそ、無力な自分が悔しいと、思う。そんな私の気持ちさえも汲みとって、忍田さんは言葉を尽くして伝えてくれたのだろう。
「大人だけじゃない、きっと嵐山や迅たちも同じ事を言うと思うぞ」
そこで迅さんを出すのはずるいと思います、本部長。
忍田さんと昼食を共にした後は、彼の運転で玉狛支部まで送って貰った。本部長はその足できちんと帰宅してくれるだろうか。一応沢村さんに連絡のメールを送って、支部の玄関ドアを開けた。
「お、おかえりなさいませ」
「忍田さん、ちゃんと休んだみたいだね」
「遊真くん、迅さん、ただいま。やっぱり暗躍されてましたか」
「今日休まないと本部の階段から落ちる未来が見えた」
それは危ないですな、と遊真くんは本気で思っているのかも分からない軽さで言うが、あの忍田さんが落ちかけるならまだしも、完全に落ちてしまうのは相当なことだ。私の打ち合いのお願いをもしも断られていたらと思うと、嫌な汗がでてくる。
「お前のお願いを無碍に出来ないよ、大人たちはね」
「う〜……全幅の信頼が嬉しいような、複雑だ……」
「ナマエサンは本当に愛されてるんだな」
「そ、そんなんじゃないよ」
「愛されてるよ、愛されてないわけがない」
迅さんの屈託のない笑顔と言葉に息が止まる。遊真くんは何処か嬉しそうに、しかし何も言わずに迅さんと私を交互に見つめている。ああもう、最近の迅さんは本当に難しい。
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「何か視えてるの?」
ナマエが自室に戻って暫く、漸く開かれた遊真の口からは、質問を模した確認が投げられられた。久々にナマエから視えた未来は、頭を悩ませている遠征艇の件とは別件だった。時系列はどちらが先かは分からないが、瀕死の彼女の姿が映った。トリガーが扱えない今、何故そんなことが起こり得るのかは分からないが、もう目の前まで迫っている未来だということだけはハッキリしていた。
「オレがアフトなら、配下の国にちょっかいかけさせるよ。瀕死になる程の戦いならそこじゃない?」
「……かもな、そうさせない為の俺だけどな」
「そっか、迅さんはナマエさんを選びたいんだな」
猫のように目を細めて微笑む遊真に、俺は何も答えなかった。逃げて欲しくなくて、そばにいて欲しくて、誰のものにもならないでほしいという、浅ましくも人間らしい欲求。でも未来を視る運命の俺に、彼女の手を掴むことは本当に許されるのだろうか。俺の迷いにはナマエも気づいていて、だからつい溢れた感情を見せる度に、戸惑いながらも受け入れてくれる。そんな彼女の優しさにつけ込むようで、情けなく思ってしまう。
今はまだ、遊真の問いに答える勇気は無かった。嘘を見抜くその瞳に、俺は嘘がつけないから。