乱反射して廻り道

 私が剣道を始めたのは、決して祖父が道場を持っていて、ゆくゆくは継ぐこともあるかもなんて、そんな流されるような理由では無かった。むしろそんな理由で始めたいと言おうものなら祖父は大層激怒しただろう。

『諸刃の剣、と言う言葉は分かるな?』
『強すぎる力は時に自身も傷つける』
『自分だけじゃない。守る為に奮った剣も、一歩間違えば大切なものたちを傷付けるぞ』
『んん、ちょっと難しい……』
『ははは!そうかそうか』
『でも、そうならない為に毎日お爺ちゃんが鍛錬を欠かさないのだけは分かったよ』

 私の言葉に目を丸くした祖父は、暫し私を見つめてから、そっと目尻を緩めて、初めて私に剣道をやってみないかと訊ねた。いつ私がやりたいと言い出してもいいように、常に私の背丈に合わせた竹刀を隠していたと知った時には、堪らず祖父に抱きついたことを今でも鮮明に憶えている。
 あの日からの積み重ねてきた鍛錬が無ければ、今こうして戦うことは叶わなかった。時折思う。祖父はなんとなく将来私が戦う運命にあると感じ取って、厳しく指南してくれていたのではないかと。でもなければ、初対面で「未知の者達との戦いに勝つ為に道場を借りたい」と申し出た忍田さん達を、あんなあっさり受け入れたりしただろうか。

『どうしてボーダーに入るの、断ったの?』
『こんな先行き短いおいぼれ、今更新しい事を覚えるなんて敵わんわい。それよりもお前と剣を交える方が余程有意義だ』
『でも道場は貸してあげるんだね。私忍田さんと打ち合いお願いしようかな』
『……未来は既に選ばれた、か。』
『お爺ちゃん?』
『忘れるな、お前の剣は何よりもまずお前を守ってくれる。なんせこのワシが直々に教えてるんだからな』
『なあに?急にどうしたの?』

 今にして思えば、あの時既に分岐点は過ぎていたか生存ルートは無かったか、いずれにせよ迅さんの未来視によって祖父が亡くなる未来が伝えられていたのだろう。だから、残される私に少しでも生き残る術を叩き込んだのかもしれない。
 ただ、祖父が黒トリガーになることは想定外だったのだろう。あの時駆けつけた迅さんの驚いた顔は今でも忘れられない。読み逃したと苦笑気味に言うことはあっても、想定外のあまり言葉を失うなんて、今の迅さんからはきっと誰も想像がつかないだろう。知っているのは私と忍田さん、その場にいた2人だけだ。



「ナマエ、いいか、ゆっくり息を吐くんだ。そう、上手だ。少し止めてまた息を吸って……」
「しの、だ……さ……」
「今は話すな、呼吸に集中しろ」

 本部に戻ってきたナマエは緊張が一気に襲ったのか、過呼吸を起こして手先は震え、顔色は真っ青だった。慌てて駆け寄り心身を落ち着かせる。本人の強い希望と城戸司令の許可で前線行きを許したが、やはり止めるべきだっただろうか。いや、彼女の場合は戦えない事の方が辛いのだ。そう己に課してしまっていると、ずっと見守ってきて知っている。
 歯痒さはある。高校進学はしないと決めた時、彼女の選んだ人生に先回って忠告ばかりするのは違うと、城戸司令に言われたことを思い出す。三門、いや、界境防衛機関においては、正しさなんてなんの意味も無いのかもしれない。生きて戦い続けることに、価値がある。そう無意識に自身も思っていたし、彼女もそうなのではないだろうか。

「取り乱してすいませんでした、兵が追加投入されたら再出撃します」
「非番だった奴がだいぶ集まってきてる、オメーは充分役割を果たしたろ」
「冬島さん、でも……!!」
「仲間の強さを信じられないかい?」

 冬島隊長に噛み付く彼女に対して、少しずるい言い方をしたな、と息を吐く。言葉を理解したナマエは目を見開いて口元は震えている。うまく言葉にならないのか、はくはくと動かして、ついには固く引き結んでしまった。そういうことではないと分かっている。しかし今の彼女を留まらせるならこれ以外の言葉が見つからなかった。
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