刹那的感傷に溺死できたら

「レイジさんこんばんは!」
「ああ、ナマエもお疲れ」

 乗り込んだ玉駒支部の車は相変わらずアウトドア感満載のゴツめな様相で、低身長な私は毎回乗るのにひと苦労だ。反対側から乗り込んだ迅さんに手を引いてもらって、何とか車は走り出す。
 おそらく何から話そうか思考しているであろう迅さんに、私は本部で聞き齧った話から推察していく。迅さんの未来視はあくまで視覚だけで、音までは捉えることが出来ないらしい。もちろん沢山の未来を見る中で読み逃す……いや、"視逃す"こともある。有能な能力であっても決して万能ではないという事だろう。

「私は防衛ですか?それとも基地で待機?」
「……はは、参った、驚くのは分かってたけど、そこまで読まれるとは思ってなかったよ」
「迅さんは嵐山隊と懇意ですからね」

 にこりと笑えば、ミラー越しにレイジさんが笑ったのが見えた。本部の中でも忍田さんの派閥にあたる私は何かとその辺の話が流れてくる。今回の事も珍しくはない。嵐山隊に声がかかり、次に声がかかるであろう私に入れ知恵をするのは忍田さんの性格であれば至極当然のことだ。

「明日には遠征艇が帰還予定ですし、泊まっていいって事ですよね?」
「真面目な話なのに楽しそうねお前……」
「誰かと寝れるの嬉しいんです!一人暮らしは静かすぎますから」
「へぇ……じゃあ、今夜は俺の部屋で寝る?ぼんち揚山積みだけど」
「迅」

 無駄に作られた迅さんの艶やかな声。一瞬フリーズしかけた私を留めてくれたのは、レイジさんの迅さんをたしなめるような声色。冗談にしても言っていいことと悪い事がある!あれ?照れてる?なんて覗き込みながらニヤニヤしている迅さんの背中を思い切り引っ叩いてやった。いたいって貴方、トリオン体のままでしょ!もう!





「ナマエじゃない!よく来たわね」
「ううぅ桐絵ちゃぁん!聞いてよ聞いてよ迅さんが!」
「それだけで迅の奴が100悪いのは分かったわ、ちょっと迅!アタシのナマエに何したのよ!!」
「あれ、知らないヒトだ」
「ああ遊真、アンタナマエとは初めてだっけ」

 私とひとつ程歳は違うが幼い頃から対等に接してくれる桐絵に泣きつくと、奥のドアからひょこりと白い頭が飛び出した。
(ああ、彼が例の……)
 背丈は私と同じくらいか少し小さく、その若さに似合わぬ綺麗な白髪。そして嘘を見抜くというサイドエフェクトを持つ、黒トリガー使い。

「貴方が遊真くんね。初めまして、ナマエです。嵐山さん達からお話は聞いてます。仲良くしてくれたら嬉しいな」
「おお、これはこれはご丁寧にどうも……」
「ちょ、なんで土下座しようとしてるの?!玉駒の教育どうなってるのよ桐絵!」
「アタシが教えたんじゃないわよ!!」

 両膝をついた彼になんとか土下座を辞めてもらい、部屋の奥へと入っていく。すると視界に入ったのは浮遊する小さなトリオン兵……のような何か。私の視線に気づいたのか、ふわふわと此方に近付いてきて、遊真くんの側でピタリと止まった。

「私はレプリカ、ユーマのお目付け役だ。宜しく」
「………すごい、喋った」
「レプリカ先生は自立型トリオン兵なんだよ」
「えっすごい……迅さんは私に彼らを守らせたいの?」
「はは、まー端的にいえばそうなんだけど、それだけじゃあないな」

 どこか歯切れの悪い迅さんに首を傾げながら、再びレプリカ先生と呼ばれたトリオン兵をじっと見つめる。

「ナマエはそんなにレプリカが気になるのか?」
「あっ遊真くんごめんね、えっと……」
「コイツは昔っから機械弄りが好きだったから、トリオン兵もその類なんだろうな」
「りりり林藤支部長!!」
「ま、流石にレプリカ先生をバラすような奴じゃないから安心してくれ。ほら、夕飯食べてさっさと風呂回せ、今日は大所帯なんだから」

 支部長に続いて入ってきたのはこれまた噂に絶えない三雲修くん。もう一人は小さな女の子。この子はまだ正確な情報は無いけれど、恐らく三輪隊と居合わせたという子だろう。そしてここにいるという事は、未来の選択に必要な存在だということだ。
 視線だけで迅さんに確認をすれば、ニンマリと悪い笑みを浮かべていた。本当に人遣いの粗い人だ。

「新しく出来たジェラート屋さん行きたいなぁ。ねぇ、迅さん?」
「お前は話が早くて助かるよ」
「報酬相応の働きはしますよ?」
「知ってるよ」

 乱雑に頭を撫でられる。もう遠い昔の記憶を辿っていくようで、酷く心地良い。しばらくして優しく背中を押されて食卓についた。ああ、迅さんはなんだかんだいつも温かい。優しさのぬるま湯に溺れないように、私は心の中でそっと線を引き直した。
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