へたっぴな愛情表現だねと笑って

 すっかり食卓も片付いて、ナマエは小南を連れて風呂に入ると言い、楽しげな足取りで風呂場へと入っていった。遊真達はトレーニングルームへと戻ったらしい。
 この場に残ったのは俺と迅の2人きりだ。いつものラーメン屋とは違うが、迅が意図的に俺をこの場に残したことには理由があるだろう。

「レイジさん何考えてる?」
「良かったのか、迅」
「なにが〜?」
「ナマエを巻き込むことだ」

 作り笑いの上手いやつではあるが、ことナマエの話になるとへたくそになるのは変わらない奴である。巻き込む、という言葉選びは少々大人げなかったかもしれないが、結局はそういう事だろう。あの三人に関わらせるという事は、中卒という、ある種ボーダーでしか生きていけない道を選ばせてしまったあの日のように、再び大きな選択の場に彼女を赴かせることと同義なのだから。

「迅。お前を責問したい訳じゃない。本当にそれで良いのか、後悔しないのかを聞いているんだ」
「……後悔なんて、とっくの昔からしてきたよ」

 目の前の瞳が一瞬だけ、揺れた。そういう事じゃないだろ、なんて言うのは野暮だと悟った俺は「そうか」と返す事しか出来なかった。
 コイツは昔からナマエのことをいっとう大事にしたい素振りを見せるクセに、未来視なんてもののおかげで、大事な選択の場に現れるナマエの存在に長いこと悩まされてきた。迅本人は無自覚だろうが、側から見れば分かる奴には分かってしまうだろう。ただの後輩という視線で見ていないことぐらいは。

「アイツもまだまだ若いってことか」

 一人残ったリビングで、今し方見送った背中を思い出して、ああ迅もちゃんと少年なのかと、俺は少しだけ笑った。





「……………あ、玉駒か」

 目が醒めて暫く、いつもと違う天井の色に頭を低速で回して、漸く昨夜は玉駒支部に泊まったのだと思い出した。ゆっくりと身体を起こすと、そこには色褪せたランドセルが置かれた勉強机があり、まだ捨ててなかったのかと変わらずぼんやりとした思考で少しだけ呆れた。
 一時期此処で暮らしていた事があるが、それももう何年も前の話だ。今では祖父から継いだ、一人では些か持て余す家に一人で暮らしている。私が継がねば家だけではない、道場も無くなってしまうから。育ての親でもあり、剣の師匠でもあった祖父との思い出を、手放すにはまだ私は幼すぎた。
 結果的に今では界境防衛機関の支援もあり、孤月使いの生身での修練場として活用されているので、活気がなくなる事はない。
 そんな風に、まだ残る微睡みのなか思考に浸っていると、優しいノックの音と共にドア越しに声が聞こえた。

「ナマエ、起きてたら少しだけいい?」
「迅さんどうぞ、おはようございます」
「おはよう。久々の玉駒は寝れた?」
「おかげさまで」

 そう言った視線の先には勿論あのランドセル。私の視線を追った迅さんはからからと笑った。曰く、林藤さんが捨てたがらないのだという。娘同然に面倒を見てもらってきたから、そう言われてしまえば何も言えない。

「で、わざわざ今、話をしたいということは」
「そ。お前に今夜任せたい事があるの。今日トリガーは?」
「"いつも通り"ですよ。無くても此処なら栞ちゃんにお願い出来ますし。……あの3人ですよね」
「うん。大事な分岐点なんだ。だから力をつけてもらわなきゃならない。力を貸してくれ、ナマエ」
「勿論。でもその前にお腹が空きました」

 お腹をさするジェスチャーをすると、迅さんは楽しそうに朝飯何にすっかなぁと困り顔で笑っていた。仕方ない。頑張る実力派エリートの為に今日は私が腕を振るいますか。





「ぱんけーきだ!」
「あ、陽太郎おはよう。今ならチョコで好きな絵描いてあげるよ〜」
「らいじんまる!」
「と、言うと思って描いておいたのがこちらで〜す」

 カトラリーを持ってわくわくが止まらないお子様の前にお皿を差し出すと、お気に召したのか瞳がキラキラと輝いている。ワァ眩しい。既に外出した面々には焼きたてにホイップを添えて提供したが、桐絵ちゃんだけは「迅が朝当番サボってる」と少しだけむくれていた。それでもパンケーキを目前にした途端、上機嫌で食べてくれたので良しとしよう。

「さて次の人たちが来る前に焼いていきますか」

 お子様のパンケーキは火傷をしないように少し冷ましてあるのは私と迅さんだけが知っている。お子様のプライドを折るような真似はしないのだ。
 次に来るであろう面々は育ち盛りで随分食べると聞いたから、食べたい枚数だけ持って行ってもらおう。ある程度焼いて食卓にバターやホイップ、カトラリーも並べて、いつ来ても食べられるようにしておいた。後は栞ちゃんか陽太郎が伝えれば食べてくれるだろう。私は3枚だけ積まれたパンケーキの皿とマグカップを持って支部長室へと向かった。





「林藤さ〜ん、開けてぇ」
「お、こりゃ朝から張り切ったな」
「ふふ、おはようございます。久々の大人数で楽しかったです」
「それを楽しいと言えるのはお前ぐらいだろ」

 祖父が存命の頃から繋がりのある林藤さんは、私の差し出したコーヒーをひと口含んでから「淹れるの上手くなったなぁ」と目尻を下げた。慈しむ、という言葉はこういう時の為にあるんだろう。
 林藤さんのホイップだけはエスプレッソ風味なので、リビングにあるものより甘さ控えめだ。そういった所も見落とさない林藤さんだけれど、あえて言葉にするようなことはしない。食べ終えた後の「ご馳走様」に全てが詰まっていると、私もまた長い付き合いの中で知っていたから。

「そういえば今晩も泊まるんだっけかお前」
「はい、迅さんに遊真くん達のトリガー選びの手伝いをして欲しいと。なのでこの後一旦家に荷物を取りにいきます」
「トリガー、『全部持ってきてない』のか?」
「それは持ってますよ!ただ数日泊まる事になる気がしたので……服を取りに行こうかと」
「あー、確かに迅は一晩で帰してくれそうにないな」
「どーゆー意味ですか……」

 いや、べつに?とご機嫌な様子で食後の一本を咥えた林藤さんには、意趣返しとして鼻についたクリームの事は黙っておく事にした。それに気付かれて陽太郎に笑われるのはもう少し後の出来事である。
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