誰が為に少女は剣を抜いたのか

『オレは太刀川さん達を引き留めるから、お前は支部に残って奴らの側にいてやってくれ』
『防衛だけなら玉駒隊で足りてると思います』
『あー違う違う、出来ればアイツらには悟らせたくないんだよね。だから万が一の時、レイジさん達が戦闘に出ても支部にいてくれる奴が一人欲しい』
『なるほど、念の為の私ですか』
『違う、お前じゃなきゃダメなんだよ。頼まれてくれるか?』

 迅さんとのやり取りを反芻しながら私はキャリーケースのロックをかけた。お前じゃなきゃなんて言われたら断れるわけないのに、つくづく迅さんはズルい人だ。あれだけ言うのだ。きっと本部が動くとしたら今夜でトップチーム全員でかかってくる気だろう。未来視で視えたのなら、もっと早く先手を打つことも出来たはずだ。それでも衝突することを選んだのは、迅さんに何か考えがあるからだ。そちらに専念してもらえるなら、喜んでチカラになろうじゃないか。
 私は随分と大荷物になってしまった自分に呆れながら、しばらく留守にする事になりそうな自宅を見上げて笑った。





「林藤さん、お世話になります」
「んや、巻き込むのはこっちだ、むしろ助かったよ」
「力になれるかは分かりませんが、出来る限りのことはやりますので!」
「お前は相変わらず自己評価が低いことで」

 林藤さんの言葉に誤魔化すように笑うしか出来ないが、こればっかりは私の性格だからどうしようもない。けれどそういった気持ちもお見通しの林藤さんは、ぽん、と私の頭に手を乗せて、微笑んだ。
 今回の件、忍田さんも噛んでることは分かっている。襲撃には迅さんと嵐山隊が、支部の守りは玉駒隊であたるはずだ。とすれば、私がやるべきは彼ら3人に追っ手が辿り着いてしまった時の、死守。特に遊真くんの黒トリガーだけは命に関わる以上奪わせるわけにはいかない。やるべき事が明確であれば、あとは単純だ。任務を完璧に、遂行する。それだけのこと。

「で、さっきから部屋に入りかねてる栞ちゃんはどうしたんです?入って大丈夫ですよ〜」
「あちゃ〜流石にバレてたかぁ。ちょっとね、ナマエちゃんにお願いしたいことがあって」



「なるほど、これは確かに私が適任だね」
「レイジさんも出来るけど、やっぱりナマエちゃんが適任だなと思って!」

 栞ちゃんが言うには、遊真くんにトリガーオプションの説明をしたいが、口頭だけでなく実際に使っている様子を仮想空間で見せたいという事だった。迅さんはこれも視えていたのだろうか。最近使っていないトリガーもあると伝えたが、問題ないと栞ちゃんは言ってくれたので、今夜はとことん玉駒支部に使われてあげよう。迅さんの選んだ未来を守るためにも。

「昼間にポジションなんかの話をしたと思うけど、ナマエちゃんは相手に合わせてトリガーを使い分けて戦える、貴重な隊員なんだよ」
「おー、だからいつも足に変わったベルトをしてたんですな」
「これは複数のトリガーを入れておく為のベルトです。状況に応じてどれを使うか決めるんだ〜」
「じゃ!早速みんなにトリガーの説明をしていくね、まずは………」

 楽しそうに話す栞ちゃんと玉駒のルーキーを何処か眩しく思いながら、私は仮想空間となったトレーニングルームへと足を踏み入れた。
 彼らにはどうか平穏な夜を過ごしてほしい。私の出番が無いことを祈りながら、ベルトからひとつのトリガーを引き抜く。擬似トリオン兵を言われた武器を使ってひたすら倒していく。





 結局今夜彼らの身に危険が及ぶことは無かった。届いた忍田本部長からのメールには現着した皆の無事が書かれていた。……そして、迅さんの所持していた黒トリガー『風刃』が本部に渡ったということもその経緯も。帰ってきた迅さんは風刃のことも本部からの襲撃のことも、何ひとつ言わなかった。きっと彼らには全てを伏せていくつもりなのだろう、特に修くんに責任を感じさせないために。
 部屋にさっさと戻ってしまった迅さんの背中に何かを言うことも出来ず、私は焼きついた背中を無理やり振り払うようにぎゅっと目を瞑った。

「ナマエさんって、メイントリガーは孤月?」
「ふぇ?!あっ、まあそんな感じかな?」

 真っ暗な視界のまま突然投げかけられた質問で思わず声がうわずってしまった。驚きが混じったのもあるが、煮え切らない返答を不思議に思ったのか遊真くんはこてん、と首を傾げる。

「私のメイントリガーはね、"これ"です」
「………!!黒トリガー、ですか」

 黒トリガーがどのような経緯で生まれるものなのか知ったばかりの修くんは、少しだけ悲しそうな声色で私の示したバングルを見ていた。近界から来た遊真くんは流石というか、動じずに「孤月寄りのタイプの黒トリガーなのか」と一人ごちている。本当の戦場に出るなら修くんは些か優しすぎる気がしないでも無いが、少しだけわくわくさせる存在。それはきっと迅さんが未来を託そうとしている一人だからだろう。

「で、二人はどれが良かった?遊真くんは機動力あるし孤月とスナイパー職以外ですかね」
「オレはすこーぴおん?かなぁ。オサムは決めたのか?」
「僕は……銃手、で迷ってる」
「へぇ、ガンナー、かぁ」

 トリオン量が平均から見ても明らかに低い、本来なら入隊試験で足切りを受ける量。それで銃手を選ぶのにはきっと彼なりの考えがあるのだろう。烏丸くんなら射手を勧めるだろうか。そう遠くない未来に生まれる玉駒第二がどんな編成になるのか、迅さんの背中を脳裏に掠めながらも私はワクワクせずにはいられなかった。

「きっと良いチームになるね、修くんが隊長なら尚更」
「僕は空閑がやるべきだと思うんですが……」
「このチームの点取り屋は遊真くんですよね?エースが隊長をするチームもあるけど……やっぱり負担が大きいのか実力に見合わない勝率ですよ」

 さてどう思いますか?私の言葉を聞いた修くんはしばらくぽかんとしてから、何処か嬉しそうにはにかんだ。遊真くんもそんな彼を見て得意気にしている。そんな優しい空気のまま、人知れずいくつもの変化が起きた夜は、更けていく。
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