「ああナマエか、昨日はありがとな」
翌朝の屋上。見慣れたホルスターは当たり前だが何もおさめられていなかった。上手く言葉が出ず、ただその一点を見つめることしか出来ない。視線に気づいた迅さんはああ、と普段と変わらぬ調子で忍田さんからのメールと同じことを話す。迅さんの言葉で聞いて、一気に現実だと自覚させられた私は思わず迅さんの服を掴む。
「形見を手放したのに、どうして無理して笑うんですか」
「……俺が笑ってるのはおかしいか?」
「だって心は泣いてるじゃないですか」
掴んだ手はやめたくても皺を作ることをやめてくれない。自分の身体なのに、上手く動かない。泣くべきは私じゃないのに、視界がゆらゆらと揺れている。こんな顔見せられたもんじゃない。でもこのまま俯いていたらいずれたまった涙は頬を伝ってしまうだろう。
このまま目を合わせずこの場を去ろう。そう決めてぎこちない片足を、一歩、下げて迅さんの服を掴んでいた手をなんとか緩めて距離を離そうとした。にも関わらず私の身体は伸びてきた迅さんの腕に囚われて、涙は彼の服に吸い込まれてしまった。
(あ、迅さんいま生身なんだ)
ほとんどをトリオン体で過ごす迅さんが生身でいる事に驚いた。しかも涙で汚してしまうことが未来視で分かっていたはずなのに、私の手を引いて逃さない彼に、心拍数が上がる。ああ、なんて単純なんだろう、私という人間は。
「最上さんは多分俺が手放したことで身内の小競り合いが収まってむしろ喜んでるよ。そういう人だって、お前も知ってるだろ?」
優しい声色で、まるで幼子を寝かしつけでもするように私の背中を優しくさする。ああそうだった、そういう人でしたね。最上さんも………貴方も。
「迅、お前俺に言うことないか?」
「なんですかぶっきらぼうに」
うわきた。分かっていても避けられない、いずれ触れられることだろうと諦めていたが、それでもニヤつきながら俺に言わせようとする林藤さんにパワハラだぞ、と内心毒づいてみる。その程度で変わる未来ではないのだけど。
「わざわざ生身でいたんだろ?青春だなぁ」
「うわ、なんで生身だったの知ってんの」
「あんだけコソコソ洗濯機回してたら分かるだろー」
カラカラと笑う林藤さんの言葉にぐうの音も出ない。しかし生身でいる選択をしたのは間違いなく己自身で、そこには未来の損得勘定なんて存在せず、ただそうしたくて選んだ。まごう事なきエゴである。
「そろそろ認めろ、じゃなきゃこの先お前が苦しむぞ」
「未来視が無かったらそーしてたかもね」
「ナマエはそんなヤワじゃないだろう」
「それでも死は平等にやってくるんだ。これまでだって、低い確率でも存在してたワケだし」
彼女は何かと無理をするところがある。万能故に危険な配置になる事も少なくないし、大怪我をした事だってある。一度その手を掴んでしまえば、平等に扱うなんて事、出来る自信がなかった。だから『高校進学をしない』というボーダーに骨を埋める残酷な決断をさせてしまった自分は、その業を背負って戦うべきだと。ずっと、ずっと言い聞かせてきた。
だというのに旧知の大人たちはこうやって事あるごとにこの歪んだ関係性に口を挟んでくる。そのことをつい嵐山にぼやいてしまった時には「不器用だなぁ迅は」と笑われてしまった。
「言葉にしなきゃわからん事もある。お前が言葉にしないから、アイツも言葉に出来ないことがあるんだぞ」
「……林藤さんそれどういうこと?」
ついぞ言葉が紡がれる事はなく、買い物から帰った陽太郎とナマエの声に、話は止むなくそこで終わりとなった。おかえりと声をかけた彼女の腕には、か細い手首に不釣り合いな漆黒のバングルが鈍く光っていた。
翌朝の屋上。見慣れたホルスターは当たり前だが何もおさめられていなかった。上手く言葉が出ず、ただその一点を見つめることしか出来ない。視線に気づいた迅さんはああ、と普段と変わらぬ調子で忍田さんからのメールと同じことを話す。迅さんの言葉で聞いて、一気に現実だと自覚させられた私は思わず迅さんの服を掴む。
「形見を手放したのに、どうして無理して笑うんですか」
「……俺が笑ってるのはおかしいか?」
「だって心は泣いてるじゃないですか」
掴んだ手はやめたくても皺を作ることをやめてくれない。自分の身体なのに、上手く動かない。泣くべきは私じゃないのに、視界がゆらゆらと揺れている。こんな顔見せられたもんじゃない。でもこのまま俯いていたらいずれたまった涙は頬を伝ってしまうだろう。
このまま目を合わせずこの場を去ろう。そう決めてぎこちない片足を、一歩、下げて迅さんの服を掴んでいた手をなんとか緩めて距離を離そうとした。にも関わらず私の身体は伸びてきた迅さんの腕に囚われて、涙は彼の服に吸い込まれてしまった。
(あ、迅さんいま生身なんだ)
ほとんどをトリオン体で過ごす迅さんが生身でいる事に驚いた。しかも涙で汚してしまうことが未来視で分かっていたはずなのに、私の手を引いて逃さない彼に、心拍数が上がる。ああ、なんて単純なんだろう、私という人間は。
「最上さんは多分俺が手放したことで身内の小競り合いが収まってむしろ喜んでるよ。そういう人だって、お前も知ってるだろ?」
優しい声色で、まるで幼子を寝かしつけでもするように私の背中を優しくさする。ああそうだった、そういう人でしたね。最上さんも………貴方も。
「迅、お前俺に言うことないか?」
「なんですかぶっきらぼうに」
うわきた。分かっていても避けられない、いずれ触れられることだろうと諦めていたが、それでもニヤつきながら俺に言わせようとする林藤さんにパワハラだぞ、と内心毒づいてみる。その程度で変わる未来ではないのだけど。
「わざわざ生身でいたんだろ?青春だなぁ」
「うわ、なんで生身だったの知ってんの」
「あんだけコソコソ洗濯機回してたら分かるだろー」
カラカラと笑う林藤さんの言葉にぐうの音も出ない。しかし生身でいる選択をしたのは間違いなく己自身で、そこには未来の損得勘定なんて存在せず、ただそうしたくて選んだ。まごう事なきエゴである。
「そろそろ認めろ、じゃなきゃこの先お前が苦しむぞ」
「未来視が無かったらそーしてたかもね」
「ナマエはそんなヤワじゃないだろう」
「それでも死は平等にやってくるんだ。これまでだって、低い確率でも存在してたワケだし」
彼女は何かと無理をするところがある。万能故に危険な配置になる事も少なくないし、大怪我をした事だってある。一度その手を掴んでしまえば、平等に扱うなんて事、出来る自信がなかった。だから『高校進学をしない』というボーダーに骨を埋める残酷な決断をさせてしまった自分は、その業を背負って戦うべきだと。ずっと、ずっと言い聞かせてきた。
だというのに旧知の大人たちはこうやって事あるごとにこの歪んだ関係性に口を挟んでくる。そのことをつい嵐山にぼやいてしまった時には「不器用だなぁ迅は」と笑われてしまった。
「言葉にしなきゃわからん事もある。お前が言葉にしないから、アイツも言葉に出来ないことがあるんだぞ」
「……林藤さんそれどういうこと?」
ついぞ言葉が紡がれる事はなく、買い物から帰った陽太郎とナマエの声に、話は止むなくそこで終わりとなった。おかえりと声をかけた彼女の腕には、か細い手首に不釣り合いな漆黒のバングルが鈍く光っていた。