「ナマエ、急なシフト変更でごめんな」
「んーん、出水くんと久々の混成部隊で嬉しいよ」
『太刀川さん明日提出のレポート3つも溜め込んでるんだもんねぇ〜』
「太刀川さんそれ終わります?」
「風間さん達に詰められてるから大丈夫」
うわぁ、と顰めっ面をしたナマエの顔を見て、俺は思わず吹き出した。中学時代は何かと絡みもあったが、高校進学をしないというまさかの進路を選んでからは、滅多なことでは話すどころか見かけることさえ難しい。柚宇さんとはオンラインゲームで交流があるらしいが、それぐらいのものだろう。
ナマエという人間は、昔から誰にも分け隔てなく接する人間だった。喜怒哀楽もはっきりしていて、礼儀も正しい。本人曰く「祖父の教えだから」だと言っていた。いつからだったか、コイツが怒る事もなく事もなくなって、まるで貼り付けたような笑みで振る舞うようになった。流石に心配になった俺と米屋は声をかけたが、返ってきたのは淡々とした言葉だった。
『悲しくないから笑ってるの、おかしいかな?』
付き合いの長い奴らはみんな分かっている。何故彼女が変わってしまったのか。変わらざるを得なかったのか。そして、彼女を救えるのが誰なのか。すっかり拗れに拗れているようだが、先日の黒トリガー奪取計画の裏に彼女の存在があったらしい。それはつまり、迅さんに変化があったということだ。
「出水くん、来るかも」
「お、マジ?」
換装した彼女の手に瞬時に構築されたスナイパーライフル。本来両手で扱うべきそれを、彼女は一度もスコープを覗かずに発射させた。彼女は恐ろしく勘がいい。間も無くアラートが鳴り響き、開き始めたばかりの門へと弾丸は綺麗に滑り込んでいった。ビンゴ、と小さく呟いたナマエはライフルを捨ててベルトから引き抜いた別のトリガーで孤月を起動させた。
「柚宇さん!私が前に出ます。出水くんは援護お願い」
『国近、了解〜』
「出水りょーかいっ!」
太刀川さんとはまた違った太刀筋、けれど無駄のない動きで確実に数を落としている事だけは射手の俺にも分かるほどに、ナマエの動線は綺麗だと思う。それこそ俺の援護なんて殆ど要らないだろ、と思うぐらいに。
「……ナマエお前、太刀川隊来ねぇ?」
「え、やだですけど〜……」
『え〜ゲームやろうよナマエちゃん』
「汚部屋でゲームはイヤです!」
言葉と同じように目の前のトリオン兵をばっさりと切り捨てたところで、門はゆっくりと閉じていった。ふう、と息を吐いたナマエは手近な小型トリオン兵を拾い上げて、じっと観察している。暫くして何かに気付いたのか、神妙な面持ちに変わった。どうしたのか問いかけようとしたところで、次の隊が現着し、引き継ぎをしている間に俺はすっかりそのことを忘れていた。
太刀川隊との夜勤の後、気になることがあって玉駒支部へと赴いた。まだ暫く夜は続くが、彼らは起きているはずだ。まだ解いていない換装体で屋上まで登ると、案の定そこには遊真くんとレプリカ先生の姿があった。特段驚く様子もなく、おお、と感嘆の声を漏らしている遊真くんは、近界にいた事もありある種慣れっこなのだろう。
「こんばんは、夜遅くにごめんね」
「いーよいーよ、どーせヒマしてたし」
「ちょっと気になる事があったから、2人の意見を聞きたくて」
「ナルホドナルホド」
「えーっと……戦闘型ではないトリオン兵が紛れてたの。それも大型の中に埋め込んで、探査型を隠すような形」
ピクリと遊真くんとレプリカ先生が反応する。探査型が来ている。それはつまりこちら側を探られているという事。しかも探査型単体ではなく、わざわざ大型に埋め込むなんて回りくどいやり方だ。暫し考え込んだ遊真くんは、レプリカ先生を一瞥してから、少し前の区域外での門発生との関与を疑うと意見をくれた。確かにこの短期間で起きてる事だと思えば、充分あり得る事だ。別の可能性も考慮しつつ、本部への連絡はもう少し情報が集まってからだろう。
「でも玄界には迅さんの未来視があるんでしょ?」
「未来視は未確認の相手までは分からないの。だから、迅さんが今何処まで先読みしてるのか、私にもちょっと分からなくて……」
「直接聞いちゃダメなのか?」
「だっダメダメ!ぜーったいに、駄目!」
「それって、迅さんの迷惑になるからか?」
ほぼ確信を持った声色で遊真くんは私を見据える。彼に嘘も誤魔化しも通用しないのは分かっているので、大人しく私は頷いた。迅さんは私の選んだことなのに、現在の私の置かれている環境を酷く憂いては責任を感じているようだった。頼ってほしくて選んだ未来は、むしろ彼を苦しめている。これ以上苦しめたくないのに、どうしたらいいかなんて皆目見当もつかない。
ついこないだだって黒トリガーのことで困らせたのに、可能性だけでこんな話をして良いとは、私にはとても思えなかった。
「ナマエさんは迅さんのことがスキなのか?」
「えっ?!!なんでそんな話に」
『迅の為にそれだけ悩めるというのは、少なくとも大切にしたいと思う気持ちが強いからではないだろうか』
「れ、レプリカ先生まで……」
「じゃあ迅さんのこと、キライか?」
「ッ、そんなことない!」
カタカタと音を立てる感情の蓋を必死に抑え込む。だというのに、遊真くんはそれをいとも簡単に開いてしまいそうで、思わず耳を塞いだ。これ以上聞いてはダメ。私にあの人を想う権利なんて無いんだから。
『迅さんは好きだと思うぞ、ナマエさんのこと』
ハッと塞いでいた手を離して顔を上げる。そうだ、遊真くんは常にトリオン体で、今の私は未だ換装体。この距離なら耳を塞ごうが何をしようが無意味じゃないか。そんなことにも気付けないほど焦って否定している自分に、少しだけ呆れてしまった。それと同時に、ニヤリと笑う遊真くんはなかなかの策士だと思わずにはいられなかった。
「……騙したね、遊真くん」
「さて、何のコトでしょーか?じゃ、あとはヨロシク」
遊真くんと入れ違うように入ってきたのは、ほんのり赤みを帯びた顔の迅さんだった。絶対全部聞かれてた、最悪。もう帰りたい。
「んーん、出水くんと久々の混成部隊で嬉しいよ」
『太刀川さん明日提出のレポート3つも溜め込んでるんだもんねぇ〜』
「太刀川さんそれ終わります?」
「風間さん達に詰められてるから大丈夫」
うわぁ、と顰めっ面をしたナマエの顔を見て、俺は思わず吹き出した。中学時代は何かと絡みもあったが、高校進学をしないというまさかの進路を選んでからは、滅多なことでは話すどころか見かけることさえ難しい。柚宇さんとはオンラインゲームで交流があるらしいが、それぐらいのものだろう。
ナマエという人間は、昔から誰にも分け隔てなく接する人間だった。喜怒哀楽もはっきりしていて、礼儀も正しい。本人曰く「祖父の教えだから」だと言っていた。いつからだったか、コイツが怒る事もなく事もなくなって、まるで貼り付けたような笑みで振る舞うようになった。流石に心配になった俺と米屋は声をかけたが、返ってきたのは淡々とした言葉だった。
『悲しくないから笑ってるの、おかしいかな?』
付き合いの長い奴らはみんな分かっている。何故彼女が変わってしまったのか。変わらざるを得なかったのか。そして、彼女を救えるのが誰なのか。すっかり拗れに拗れているようだが、先日の黒トリガー奪取計画の裏に彼女の存在があったらしい。それはつまり、迅さんに変化があったということだ。
「出水くん、来るかも」
「お、マジ?」
換装した彼女の手に瞬時に構築されたスナイパーライフル。本来両手で扱うべきそれを、彼女は一度もスコープを覗かずに発射させた。彼女は恐ろしく勘がいい。間も無くアラートが鳴り響き、開き始めたばかりの門へと弾丸は綺麗に滑り込んでいった。ビンゴ、と小さく呟いたナマエはライフルを捨ててベルトから引き抜いた別のトリガーで孤月を起動させた。
「柚宇さん!私が前に出ます。出水くんは援護お願い」
『国近、了解〜』
「出水りょーかいっ!」
太刀川さんとはまた違った太刀筋、けれど無駄のない動きで確実に数を落としている事だけは射手の俺にも分かるほどに、ナマエの動線は綺麗だと思う。それこそ俺の援護なんて殆ど要らないだろ、と思うぐらいに。
「……ナマエお前、太刀川隊来ねぇ?」
「え、やだですけど〜……」
『え〜ゲームやろうよナマエちゃん』
「汚部屋でゲームはイヤです!」
言葉と同じように目の前のトリオン兵をばっさりと切り捨てたところで、門はゆっくりと閉じていった。ふう、と息を吐いたナマエは手近な小型トリオン兵を拾い上げて、じっと観察している。暫くして何かに気付いたのか、神妙な面持ちに変わった。どうしたのか問いかけようとしたところで、次の隊が現着し、引き継ぎをしている間に俺はすっかりそのことを忘れていた。
太刀川隊との夜勤の後、気になることがあって玉駒支部へと赴いた。まだ暫く夜は続くが、彼らは起きているはずだ。まだ解いていない換装体で屋上まで登ると、案の定そこには遊真くんとレプリカ先生の姿があった。特段驚く様子もなく、おお、と感嘆の声を漏らしている遊真くんは、近界にいた事もありある種慣れっこなのだろう。
「こんばんは、夜遅くにごめんね」
「いーよいーよ、どーせヒマしてたし」
「ちょっと気になる事があったから、2人の意見を聞きたくて」
「ナルホドナルホド」
「えーっと……戦闘型ではないトリオン兵が紛れてたの。それも大型の中に埋め込んで、探査型を隠すような形」
ピクリと遊真くんとレプリカ先生が反応する。探査型が来ている。それはつまりこちら側を探られているという事。しかも探査型単体ではなく、わざわざ大型に埋め込むなんて回りくどいやり方だ。暫し考え込んだ遊真くんは、レプリカ先生を一瞥してから、少し前の区域外での門発生との関与を疑うと意見をくれた。確かにこの短期間で起きてる事だと思えば、充分あり得る事だ。別の可能性も考慮しつつ、本部への連絡はもう少し情報が集まってからだろう。
「でも玄界には迅さんの未来視があるんでしょ?」
「未来視は未確認の相手までは分からないの。だから、迅さんが今何処まで先読みしてるのか、私にもちょっと分からなくて……」
「直接聞いちゃダメなのか?」
「だっダメダメ!ぜーったいに、駄目!」
「それって、迅さんの迷惑になるからか?」
ほぼ確信を持った声色で遊真くんは私を見据える。彼に嘘も誤魔化しも通用しないのは分かっているので、大人しく私は頷いた。迅さんは私の選んだことなのに、現在の私の置かれている環境を酷く憂いては責任を感じているようだった。頼ってほしくて選んだ未来は、むしろ彼を苦しめている。これ以上苦しめたくないのに、どうしたらいいかなんて皆目見当もつかない。
ついこないだだって黒トリガーのことで困らせたのに、可能性だけでこんな話をして良いとは、私にはとても思えなかった。
「ナマエさんは迅さんのことがスキなのか?」
「えっ?!!なんでそんな話に」
『迅の為にそれだけ悩めるというのは、少なくとも大切にしたいと思う気持ちが強いからではないだろうか』
「れ、レプリカ先生まで……」
「じゃあ迅さんのこと、キライか?」
「ッ、そんなことない!」
カタカタと音を立てる感情の蓋を必死に抑え込む。だというのに、遊真くんはそれをいとも簡単に開いてしまいそうで、思わず耳を塞いだ。これ以上聞いてはダメ。私にあの人を想う権利なんて無いんだから。
『迅さんは好きだと思うぞ、ナマエさんのこと』
ハッと塞いでいた手を離して顔を上げる。そうだ、遊真くんは常にトリオン体で、今の私は未だ換装体。この距離なら耳を塞ごうが何をしようが無意味じゃないか。そんなことにも気付けないほど焦って否定している自分に、少しだけ呆れてしまった。それと同時に、ニヤリと笑う遊真くんはなかなかの策士だと思わずにはいられなかった。
「……騙したね、遊真くん」
「さて、何のコトでしょーか?じゃ、あとはヨロシク」
遊真くんと入れ違うように入ってきたのは、ほんのり赤みを帯びた顔の迅さんだった。絶対全部聞かれてた、最悪。もう帰りたい。