宵闇に攫われる

 本来界境防衛機関では未成年の夜間勤務を原則無しとしている。しかし常に人手不足なのが現状で、特に黒トリガーを持つ者やA級隊員はやむ無くお呼びがかかることも少なくない。私も例に漏れず、夜シフトがここ暫く続いていた。大規模侵攻に備えて迅さんも動いているから、人員不足に拍車がかかるのはやむを得まい。私は腕に垂れ下がる重々しいバングルを見て、小さくため息を吐いた。と、同時に後頭部にガツ、と衝撃が走る。

「諏訪さーん、いくらトリオン体でも暴力反対です〜」
「辛気臭ぇ顔してっからだろーが」
「鈴鳴第一はこんなことしませんよ」
「悪ィな、今日は諏訪隊と仲良くやろーや」
「癒しの笹森くんが居ないから帰りたい……」
『隊長ーあんまナマエイジメないでくださーい、保護者一同からクレーム来ますよ』

 小佐野ちゃんの通信を聞いて苦虫を噛み潰したような顔で煙草を咥える諏訪さん。その保護者一同に心当たりがあるのか、それは面倒くせぇな、と漏らして瓦礫の上にどかりと座った。隣を叩かれたので、促されるままに座った。そのままゆっくりと身体を倒せば、目の前にはたくさんの星が瞬いている。此処は危険区域、誰の手も及ばない、ある意味いまの日本できっと一番綺麗に星が見える場所。少なくとも私の小さな世界の中では一番綺麗に星が見えると思う。

「……ナマエオメー、なんかあったんか」
「え〜?なんでですか?」
「お前が任務中にため息なんてよっぽどだろ」
「んー……悪い事ではない、と、思います」
「でも腑に落ちてねェってワケだ」

 煙草をつまんで口から離した諏訪さんは、楽しげに笑っている。けれど馬鹿にしているわけではないのは分かる。諏訪さんは口は悪いけど、人として出来ている人なんだと、思う、多分。口では文句を言いつつも、何だかんだ諏訪隊との防衛任務は的確かつ無駄がなくて、正直他の混成部隊より楽だ。それだけ私の得手不得手や性格を知っているという事だし、それを上手に"使って"くれている証拠だ。
 実際何処か任務に身が入らない私を察して、こうして話を聞こうとしてくれている。本当に口の悪ささえ無ければもっとモテただろうに。

「お前今失礼なこと考えたか?」
「いえ、滅相もございません」
「それ考えてる反応じゃねーか。ま、あんま溜めンなよ。ガス抜き下手くそナマエチャンよ」
「あ、今度笹森くんに打ち合い来て〜って言って欲しいです。道場言ってくれたら開けるので」
『ナマエの打ち合いみたーい』
「ったく……じゃあ偶にはみんなで顔出すか……って、お前それなんddddddddddddd[error][error][error][error][error][error][error][err……………





 諏訪さんからの一報を見て随分と肝が冷えた。今がトリオン体で良かったとつくづく思う。でなきゃあんな街中から本部まで走りっぱなしなんて無茶だ。ノックの返事も待たずにエンジニア室の奥まった場所まで入っていく。

「ッ、忍田さん!!!アイツは、」
「迅か。鬼怒田さん曰く命に別状はないそうだ」
「諏訪が即時に破壊したのが幸いしたな」
「悪ィーな、小さすぎて刺される前に気づけなかった」
「俺も読み逃してたんで……数日前道場で会ったのが最後だったから」

 科学班に設置されている特別医務室には、まるで隔離でもされるかのようにナマエがベッドに横たわっていた。脳は目紛しく働いているのか、時折瞼が痙攣を起こしては、また何事も無いように静かになる。ガラス越しのナマエは、言われなければただの子どもと変わりない。勿論彼女だけではないが、これまでの様々な出来事が無意識に俺を責め立てる。
 諏訪さんの報告では、小型トリオンとおぼしき機体に毒針のようなものを刺されたナマエが、突如黒トリガーを起動させて暴走しかけたらしい。幸い意識を失う前に無理やりトリガーオフしたナマエが、生身を打てと言い、代案が思いつかなかった諏訪さんの撃ったトリオン弾のショックの影響でその場は収まったという。
 しかし問題はそこからだ。
 ショックを受けたとしてももう起きてもおかしくない筈が、いくら待っても起きないのだという。科学班がやれる限りのことを試したが、その結果がこれだ。

「未来視ではどーよ、アイツぁ」
「起きるが7、起きないが3ぐらい。忍田さん、破壊したっていう小型トリオン兵は?」
「それならすぐに解析と並行してレプリカ先生に確認してもらった。小さな乱星国家から採れる希少な素材らしく、大量投入出来るものではないらしい。念の為他にも同機体が居ないか確認したが、現状三門市にいるのは壊したあの一体だけのようだ」
「じゃあひとまずそっちは後回しで……問題はナマエをどう起こすか。大規模侵攻に間に合うかも割と分岐点になるし……」

 眠るナマエをじっと見据える。流れ込む数多の可能性の中から、違和感を覚える未来を視た。

「……ナマエが、いつもの軒先で…でも何で、あの人は死んだ筈なのに」
「オイ迅、何が見えやがったんだ?」
「……ナマエの、亡くなったはずの祖父がみえた。それもその様子を俺が眺めてる、あり得ない」

 流石の諏訪さんも驚いたのか、咥えるだけの煙草がうっかり床へと落ちる。すぐに拾うでもなく、暫しこちらに掛ける言葉を選んでいる様を見るに、諏訪さんも相当驚いているのだろう。無理もない。俺自身が視えたものを一番疑っているのだから。
 チラリと忍田さんや鬼怒田さんを見ると、忍田さんは何か思案している……というよりは選びかねているような素振りで、鬼怒田さんは静かに病床のナマエを眺めていた。人懐っこいナマエはそういないトリガーの複数使用者でエンジニアとの関わりも多い。室長である鬼怒田さんも例外ではなく、何だかんだ娘のように可愛がっていた。顔にこそ出していないが、内心心配で仕方が無いのだろう。
 ふと視界の端でかがみ込んだ諏訪さんが煙草を拾い上げ、咥えるでもなくつまんだそれを見つめながら問いかけた。

「突飛な発想は好きじゃねーがよ、黒トリガーに眠るジイさんとアイツが夢の中で一緒にいる。それがオメーの視た景色っつーのはどうよ」
「黒トリガーになった時点でその人格は消失されてるよ」
「フム……あの小型トリオン兵の注入した"何か"が原因ってことなら筋は通るな」
「鬼怒田さん、そうとなれば我々に出来ることは」

 無いだろうな。そう俯きがちに発した言葉には憂いを感じさせた。そちらの方が奴は幸せかもしれんな、なんてボソリと呟く鬼怒田さんの言葉に、肯定こそしないが否定は誰も出来なかった。



「どうした?ナマエ」
「……誰かに呼ばれた気が、して」
「だーれも居らんよ。ほれ、待ったはなしだぞ」

 見慣れた軒先、見慣れた将棋盤、そして見慣れた祖父の顔。唯一違和感を覚えたのは、いつから付けているのか、この重々しい黒いバングルただひとつ。祖父に訊ねたらいつもつけてたじゃないかと返されてしまって、モヤモヤを残したまま私は将棋盤へと意識を向ける。
 茜色がすこしずつ青みを帯びて、まもなく夜が空を覆い隠す。それがどこか恐ろしく感じるのは何故なんだろう。
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