空の色が変わらぬ空港は、矢張り今日も変わらず雲一つなかった。そんな中で知る顔が一人、また一人と姿を消していく。魂は廻り巡るという事だろう。別れを告げないのは、その"次"で会えると、そう信じてくれているからだろう。それが決して互いに憶えていなくとも。今生のことなど来世に持ち込まなくて良い。一人でも多くのひとが、ひとつでも多くの幸せを得られればそれで良い。
「俺は来世でもお前を見つけるよ、絶対だ」
「ふふ、会えたらいいね」
また一人、去ってゆく。愛しい白髪が眩い光を背にして一歩また一歩踏み出してゆく。迷いのない、いつもの長いコンパスのゆったりとした足取り。私は気が遠くなるような時間、その姿を見つめていた。
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本日雨天。しとしとと降り注ぐ雨は、店先の紫陽花を引き立てるような優しい雨だった。看板をCLOSEDにひっくり返して店の2階の居住フロアへと急いで戻る。急がなくていいよ、と優しい声が聞こえたが、この方の時間は決して安くない事を私は知っていた。
「ナマエ、今月もいい調子じゃないか」
「冥さんのご支援の賜物ですよ」
「キミは変わらないな、今も……昔も」
「そういう冥さんも、お変わりないようで」
私も冥さんも、前世の記憶らしきものを持っている。呪術師の魂には記憶が刻み込まれやすい、というのは冥さんの憶測だ。
前世だと丁度正道が私を家から救い出してくれた年だった。何処か不自然に空白を感じていた今生に前世の記憶が浮き上がったことで、不思議なことに私は正しくは己の輪郭を構成されたと思った。ただ、記憶を取り戻したとはいえ、他のみんなに会えるわけでも無ければ、会えたとしても初めましてから始まるのだろうと少し寂しく思った。一方で、忌々しい記憶は無い方が良いだろうと思ったことさえあった。
そこで偶然再会したのが金融会社を経営していた冥さんと憂憂くんだった。二人は今世でも兄弟として共に生きていると聞いた。私の事は街中で見かけた時から違和感に気づいていて、仕事と称して関わってみて、前世の記憶を持っていると確信したという。
「そういえばこの家、空き部屋はあるかい?」
「元々アパートだったものをリノベーションしていただいたので、2部屋ほど空いてますよ」
「君、その2部屋を貸し出して収益にしないかい?ああ、私は仲介料があるからそちらには関与しないよ」
「居候、ですか?」
「大学生二名、上京をするのに手頃な物件を探してるそうだ。人格は保証するよ」
「元々空き部屋ですし、使っていないのにお手入れするの大変だったので私は大丈夫です。家賃は取らないので、代わりに少し家事手伝いをお願いしたいかなと……」
「フフ、そう言うと思っていたよ。じゃあ明後日には此方に顔を出すよう伝えておく。契約の委細は当事者間で話しておくれ」
そう言って冥さんは氷の溶け始めたアイスティーへと手を伸ばした。カラン、という音はこの話は終わりだとでもいうようだった。
「マジでナマエさんじゃん!ひっさしぶり!」
「冥さんのあの笑いそういう事かよ……」
「悠仁くんに恵くん!いらっしゃい」
あの日の冥さんの予告通り彼らはやって来た。店の閉まる間際、記憶の1ページと噛み合う顔が2つ。大学生とはこの二人のことだったのか。とはいえ同じ場所を借りに来るとは、仲の良いことである。元々女っ気を感じない2人だったが、本来なら恋愛したいお年頃じゃなかろうか。……いや、この手の話は不得手なのでやめておこう。
「冥さんに『君達の知る人の家を間借りすればいいよ』って言われて来てみたら、まさかナマエさんなんだもんなぁ!しかも身長伸びてねぇ!」
「一応年齢相応にはあるからね?君たちがデカいのよ」
「虎杖筋肉だもんな」
「伏黒ももっと筋肉つけろよ〜」
「前世でもあるまいし、必要ねーだろ」
と、言いつつ最低限の運動量はこなしてそうだな、とチラリと見えた腕から推測する。冥さんが言っていた。前世の習慣は記憶の有無に問わず引き継がれ易い、と。この2人も恐らくそういう事なんだろう。……流石に今の彼らと組み手とか、ヤダな。呪力補完も無ければ私は彼らと違って運動らしい運動を全くしていない。
「あ、それで賃料はナマエさんと相談してくれって言われたんスけど」
「賃料は食費だけ受け取るよ。後は少し食事番と風呂番を。あとは自身の学ぶ時間に充ててくれたら十分」
そう言えば悠仁くんは目を輝かせて喜んでいた。恵くんはなんとなく察しがついていたのか、それでもホッとした様子でやっとカップへと口をつけてくれた。緊張すると人は水分を摂りづらいなんて聞いたことがあるけれど、恵はその典型なのかなぁなんて思った。悠仁くんは既にフルーツティーを一瓶空にしている。
「ひとまず、改めて……七海ナマエです。2人とも宜しくね」
予想外の苗字に2人の驚きの声が響き渡った。悪戯の成功した私はカラカラと笑ってやる。どうやら今生も賑やかになりそうだと、彼らの越してくる日が待ち遠しくて仕方なかった。