七海くんに再会できたことが相当嬉しかったのか、悠仁くんはハイテンションで2階へと駆け上がっていった。続くように上がった恵くんも、何処か楽しそうな表情を浮かべていた。
そろそろ珈琲のおかわりのタイミングかと思って戸棚から新しいコーヒーカップを取り出そうとする。そこでストップがかかった。
「今日はまだ暫くいますので、久々にフルーツティーでもいただきましょう」
「ふふ、少々お待ちください」
フルーツティーは事前に作り置きをしておくので、冷蔵庫から冷えたガラスボトルを取り出して表面に浮かんだ汗をサッと布巾で拭う。冷水でゆすいだガラスカップに氷を入れて、カウンター席に差し出すと、短い御礼が返ってきた。普通に注げば2杯分のそれを、七海くん改め建人兄さんは小出しにするので4杯ぐらいに分けているんじゃなかろうか。曰く、味の変化を楽しみたいらしい。
「……あの子達が越してくるのは、もしや冥冥さんの紹介ですか」
「そうそう、悠仁くんは今日からで、恵くんは来週からって言ってたかな」
「彼らは信用出来ます。誰かしら居た方が、女性一人よりも安全でしょう」
「ふは、それもそうだね」
そう言って視線を落としたのをきっかけに、再び咀嚼音と新聞を捲る音、珈琲を抽出するこぽこぽという音だけがこの場を占有していく。今日もこの店には優しい時間が流れていく。そう思っていたのは悠仁くん達が片付けを終え、暫しのティータイムを楽しんでいる時までだった。
「あ、そういえば今日この後冥さん来るけど、兄さん挨拶していく?」
「妹が世話になっている相手に挨拶しない理由がないでしょう。不本意ですが」
「あはは!相変わらず苦手なんだねぇ」
悠仁くん恵くんと共にテーブル席に移ってもらったのは、隣り合って七海が絡まれたら可哀想だと思ったからだ。悠仁くんのテンションには些か疲れた様子ではあるが、嫌がっているようではないのでそのまま放置。私はカウンター席を整えて、冥さんとお連れ様が来るのを待った。
それにしても、つい先日会ったばかりだというのに、今日は何の用事で会いに来るのだろう?ただお茶を飲みに来るならわざわざ連絡など寄越さない人だ。さしずめ悠仁くんたちとの再会ドッキリの結果でも聞きにくるのだろう。
そんな風に鷹を括っていたから、私はこの後たいへん痛い目を見ることとなるのだった。
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「へー、あの七海の妹の店ね」
「君は会ったことが無かったようだが、大変出資のしがいがあったよ」
「七海のヤツよく止めなかったね」
「妹の審美眼を信用してるんだろう?」
「どーだか」
タクシーに揺られながら、今日は件の店へと向かっていた。一回でカフェを営んでいるというその七海の妹とやらは、二つ返事で大学生2人の間借りを承諾したという。しかも賃料は食費だけ。お人好しが過ぎないかと、少しだけ呆れた。そんな話をすれば「君も話してみれば分かるさ」と冥さんに笑われた。
今生でも七海は俺のひとつ下で、妹さんはそこから更にふたつ、俺から見ると3つ歳が離れていることになる。そんな若いのに1人で店を切り盛りし、しかし空き部屋を提供する懐まで持っているときた。呆れつつも少しだけその人物に興味を惹かれていないと言えば嘘になる。
「先も言ったが、会えばきっと納得するさ」
降りたタクシーの目の前には優しい木製のドア。下がったプレートにはOPENの文字列。リノベーションしたと聞いてはいたが、随分と綺麗な建物だった。建物の外壁が青みがかった色なのは、店主の好みなのだという。
「ナマエ……?」
ふと過った愛しい顔をかき消して、冥さんに続くように店内へと入っていく。運命の悪戯と対面するまで、あと、少し。