『みんな先に行っちゃった、つまんないなぁ』
一本の飛行機雲が、美しい青空に足跡を鮮やかに彩った。輪廻転生、という言葉こそあれど現実として存在するとはつゆ知らず、またそれに順番が存在したことも驚きだった。私は生を全うしてしまった。それゆえにみんなよりも長い事"此処"で時を待たねばならないらしい。果たして次の彼らは少しでも今より幸せになってくれるだろうか。今世は散々苦しんできたのだから、どうか来世が存在するのなら、彼らが不自由ない幸せを掴めることを祈っている。
『私は今世幸せだったから、来世はどうかなぁ』
来世の自分となる誰かにごめんね、と小さく呟く。この時はまだ、"前世の記憶"が魂に刻まれているとも知らずに。
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兄・七海建人の新聞紙を捲る手が止まった。今日持ち込んだのは英字新聞。目線は紙面ではなく店の外へと向けていた。どうかしたのか訊ねると、少しだけ離席するとだけ言って店を出ていった。疑問を抱きながらも私は悠仁くん達の注文を受けてカウンターへと戻る。カヌレとレアチーズタルト、それからおすすめの紅茶をデザートに合わせて棚から茶葉を選ぶ。カップを温める間に茶葉を蒸す。香りを飛ばさないように使う水もお湯も温度に最も気をつかう。コーヒーを淹れるのは変わらず建人兄の方が上手いけれど、紅茶は私の方が今世でも上手い。
前世の記憶があるかないか、それだけの違いであって、案外輪廻の中で私たちは普遍なのかも、なんて、検証のしようもないことを考えながらポット越しの温もりを感じていた。この温もりが少しだけ物足りないのは、きっと気のせいだ、きっと。
「冥冥さんがいらっしゃいましたよ」
「あっ、ごめんなさいぼーっとして、て」
「おや珍しいね、君が上の空なんて。悩みでもあるのかい?」
悩みはありません、でも思い耽ることはありました。これからはもうそんな必要なさそうだけれど。私はきっと会えないだろうと忘れようともがいてた蒼い瞳を、いよいよこの手に掴んだのだから。
「五条悟さん、ですか……?」
「何で敬語なの?ウケる」
泣きながら言う台詞じゃないよ、もう。私は煮出し過ぎている紅茶のことなどすっかり忘れて、溢れた感情のままに彼の胸の中で泣きじゃくっていた。
冥さんがこんな短期間で来ると言うからには何かあるのだろうと思ってはいたが、思わないハプニングに私は久々にすっかり渋くなった紅茶にしおしおとなってしまった。かといって捨てることはなく、味と香りが強い分、お菓子作りに回すことにした。冥さん達の分も淹れ直した紅茶はもちろん完璧に出来た……と思っていたけど、やはりどこか夢見心地だったのか、冥さんには「いつもと違うテイストだね」と言われてしまった。貴方のせいですよ、とは店を構えてるプロとしてそっと言葉を飲み込む。
在宅勤務に戻った建人兄と入れ違いでカウンター席には冥さんが優雅にアールグレイティーを嗜んでいた。そして、彼女から少し視線をずらした先には、テーブル席で悠仁くんたちに絡む悟くんの姿があった。彼自身も今日のことは知らなかったようで、しかし暫くフリーズしていたのが嘘のように軽々に会話を弾ませながらデザートの皿をまたひとつ空けた。
「話しに行かないのかい?」
「いや、一応開店中なので……」
「それが本心なら君は随分つまらない子になったね」
「分かってるなら聞かないでくださいよ」
今の時点で分かっていること。五条くんは奇しくも再び五条家嫡男として生を受け、今は乙骨憂太の子孫にあたると言うから驚いた。とはいえ殆ど五条家は呪具の管理を専門としていて、呪術界、と言われる程のものはもう存在しないのだという。
呪いは負の感情から生み出される。しかし今の日本ではさとり世代なるものが横行していて、感情の振れ幅が少ないらしい。だから呪霊らしい呪いは生まれないのだという。戦いのない今生に喜ぶべきなのだろうが、その現代の事実に少しだけ寂しい気持ちを感じないと言えば嘘になる。
「今生も五条家に嫁ぐのかい?」
「……さあ、前世は前世ですので」
「気遣いが行き過ぎるのも考えものだね」
ため息混じりの冥さんの言葉に何も返せない。私は、何も言わずにアフタヌーンティーの準備を始めるのだった。