冥冥は内心金にもならないことだと承知の上で憂いていた。金にならない事は考えないし配慮なんてこれっぽっちもしない主義だが、こと彼女にかんしてはそうできないきらいがある。それは昔も今も、何処か構いたくなる存在なのだ、ナマエという存在は。
 実際人への関心が極端な憂憂でさえ彼女のことは大層気に入っていたし、前世に於いてそれは「星漿体になるためだけの術式」がそうさせているものとばかり思っていたが、どうやらそれは見当違いだったようだ。彼女の周りに人が集うのは、彼女自身の魅力がそうさせるのだろう。なんせあの五条悟さえ魅了するのだから、丁重に扱う事は目に見えない利益になる事は容易に想像できる。

(しかしこれは……)

 再び出会った彼女は、最初こそ五条との再会を喜んだ様子だったというのに、それはその一瞬の出来事で、今は何処か一線を引いて距離を保とうとしている。踏み込む事を酷く恐れているようにさえ感じられた。さてなんと問うてみようか。すっかり湯気の消えたコーヒーカップを揺らしながら思案する。視線を時折テーブル席に向けているので、気にならないわけではないらしい。だが、向けた視線もすぐに手元へと戻されてしまう。瞳に浮かぶ感情は一体何だろうか。悲しみのような、憂いを感じる瞳は一体何を考えているのだろうか。これは中々時間がかかりそうだと、残り少ないコーヒーをとうとう飲み干した。

「私はそろそろ行くよ。君は残るのかい?」
「ごじょー先生帰んないで!まだ話したい!」
「って悠仁が言うからもうちょい残るよ。ありがとね冥サン」
「まあ、根気強く頑張りな。金次第でいくらでも支援はするからね」

 へらりと笑ってみせた彼だったが、サングラスの奥に潜んだ瞳は決して笑っていなかったのは見なかった事にしておこう。雨の降り出した通りに向かって傘を開き、雑踏の中へと混ざりゆく。
 ……ああ、もうあの店が恋しい、なんてね。





 カラン、という音に後ろ髪引かれながら恋焦がれた再会を終えた。サングラスを少しだけずらして店構えを改めて見渡すと、なるほど確かに言われてみれば、ナマエ好みのアンティーク調に纏められていた。足を駅に向けながら店内での出来事を思い返す。自惚れじゃないはずなのに、何故ナマエは余所余所しく、どこがぎこちない笑顔を浮かべていたのだろうか。あの様子だと彼女自身も冥さんから事前に聞かされてなかったのだろうが、驚いた反動だけであそこまで露骨に避けるようなことはしないと、誰よりも俺が知っている。

「生まれ変わっても簡単には落とせないってか?」

 思わず笑みが漏れる。やってやろーじゃねえか。待たされるのは慣れている。ただ今度は何のしがらみもないから、ただひたすら彼女を追いかけることが出来る。出会えただけで充分だ。幾らでもチャンスはある。とりあえず次行く時は"アイツら"も連れて行こうと決めて、スマホを取り出した。





「おかえり悟、良かったじゃないか」
「邪魔してるぞー。店の場所教えなさいよ」
「言われなくてもURL送ってやるよ……」

 シェアハウスのパートナーである傑はさておき、何故硝子がいるんだ。苦い顔を浮かべると察した硝子が「夏油に聞いた」と来訪した経緯を話す。傑テメー口軽いかよ。後日連絡するつもりだったが、予定より遥かに早くかつての同級が揃いそうだと思いながらも、今日のナマエの様子を思い出して表情が曇る。聡い彼らは顔を見合わせてから、とりあえずピザ取ろうと言い出したと思えば俺のスマホで勝手にオーダーしやがった。しかもクレカ支払いか、このやろう。

「どーせナマエがそっけなかったとかそんな事でしょ〜。大体察しがつくから今はピザよピザ」
「私たちが死んだ後に何かあったのかい?」
「ん〜…、まあ会いに行った時にあの子が私らにどんな反応するか次第」

 今この場であの不自然な振る舞いに関することは言及しないつもりらしい。次会った時……その日が早く来て欲しい自分と、何処か怖れている自分がいることに気づいて笑ってしまう。きっとこんな話をすれば傑たちはすぐに「元最強の名折れだね」と茶化してくるのだろう。さて、次会う日までにどんな根回しをしておこうか。俺はオーダーを終えて放置された自身のスマホを拾い、メッセージアプリを開いた。



柔い君に触れるのが少し怖い


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