「ナマエさんの様子?別に何も……あったことと言えば、先生の後を引き継いで俺たちの担任やってたことかなぁ」
大学が早く終わる日があるからと早々に時間を作ってくれた悠仁から、過去の話を訊ねた。まさかあのナマエが僕の後任をしていたとは正直驚いたが、確かに他に適任者らしい人物もいないか、と一人納得する。むしろ関わりの深さで言えば悠仁の代は適任だったのだろう。持ち上がりでずっとクラス担任をしてくれたと嬉々として話している辺り、アイツは変わらぬ人たらしっぷりを発揮していたようだ。
「あーあと、人不足だけど俺たちは必ず3マンセルか誰かとペアで任務だよ!って口酸っぱく言われてたかな」
「悠仁たちは能力と経験が不釣り合いだったからね。アイツらしい判断だし、正しいと思うよ」
「お陰で微熱でもすぐコイツに報告されて無駄に叱られましたよ俺は」
悠仁の隣にどかりと座った恵は不機嫌そうに悠仁の横顔をじとりとみていた。手には席に来る前に買ったであろうホットコーヒー。いくらだった?と訊けば要らないと言われる。呼びつけたのは僕だし、二人ともひもじい学生だ。「これぐらい出せなきゃ大人じゃないでしょ」なんて言ったところで一度受け取らないと言った恵は受け取りはしないだろう。ここは大人しく下がって仕送りを増やしてやれば良い。
「アンタナマエさんと一番付き合い長いのにその様子じゃ、七海さんも嫁にくれませんよ」
「え〜何々?恵反抗期なの?」
「近すぎて見えてないってことはありそーだな!」
恵の刺々しい言葉に悠仁は晴々とした笑顔で返す。相変わらず理解の及ばない僕を見て鼻で笑う恵は、虎杖以下かよ、と呟いてコーヒーに口をつける。僕はいよいよ不機嫌を隠すのをやめて早く答えを教えろとせがむ。うぜえ、とぼやく恵と、困り顔の悠仁。悠仁まで口を閉ざすとは、なかなかどうして上手くいかない。……ナマエのことに関しては上手く行ったことなんて無かったか。
ナマエに肩入れ気味なこの二人からは答えは得られそうにない。諦めた僕は、早々に彼らのキャンパスライフへと話題をスライドすることにした。
「私でも予想立て出来ることを悟が分からないなんて、その眼は飾りかい?」
「分かんねーもんは分かんねーんだからしゃーねぇだろ」
帰宅後、今日悠仁達に会うことを知っていた傑に、思惑が外れたとすぐバレて茶化された。恵も悠仁も、長く離れていた傑でさえも予想がつくことを、俺は一欠片も分からない。取っ掛かりさえない状況に気持ちを体現するようにソファへ深々沈んでゆく。
「あの子は自己犠牲を厭わない子だったね」
「……そーだな」
「きっとそれは今も昔も変わらないのだろうね。彼女の本質とも言っていい」
「回りくどい傑、何だよ」
「前世の彼女は、君に対して常にどんな感情を抱いていたか。忘れてしまったのかい?」
「あー?……あー、納得。マジしょーもな」
ケラケラと困り眉で笑う傑をじとりと見上げながら、与えられた答えを反芻する。ナマエの本質。自己犠牲的で自信が異常に無い。本当にお前は俺を飽きさせない。今回はどうやって頷かせてみせようか。漸くあの頃に戻れた気がして、回り始めた思考は活き活きと彼女を落とす手順を組み立て始める。俺の隣に立つのが相応しいかどうかなんて、俺が良いと言えばそれだけのことだ。それを良しとしないアイツは、つくづく手のかかる奴だ。そこが男心をくすぐる所でもあるのだけれど。
「あ、そういえば約束の日オフに出来たかい?」
「じゃあ今回は硝子抜きだな。悠仁たちも居る日だし冷めた空気にはならねーだろ」
「君、今世は落とす自信ないのかな?」
「………バカ言え」
ほんの少しだけ自信が無い、とは言えなかった。言わずとも目の前の親友には伝わったらしい。眉を下げてから再会が楽しみだね、とそっと声をかけて自室へと戻っていった。
リビングには、俺の吐き出した重い息だけが微かに残っていた。