猫は知っている

├ 縁は異なもの、味なもの。猫の日番外編。

ある日の昼下がり。
事務の仕事として、裏門近くの雑草取りに励んでいた時だった。

「にゃーん」
「ん?猫?」

顔を上げて振り返ると、赤茶色の毛並みの猫が、私をみて鳴き声をあげている。

「どこから入ってきちゃったの?」

塀に穴でも開いてしまっていただろうかと辺りを見渡すと、雑草取りを始めた時には閉まっていた裏門が、見事に開け放たれていた。
誰かが閉めずに出て行ってしまったらしい。

「あそこから入ってきちゃったんだね。元のところに帰…っ!?」

これだけ私の事を見ているなら、もしかしたら着いてきてくれるかもと立ち上がろうとすると、私の足元に駆け込んできて纏わりついた。
予想していなかった事態に、驚いて尻餅をつく。

今まで動物とこんな風に触れ合ったことはない。
生物委員会の子達ならば扱いも分かるだろうけど、生憎教えてもらったことはない。
猫って撫でても大丈夫なの?そもそもこんな風に知らない人間に懐くって、どこかでお世話されている猫なのでは?それなら、早く飼い主の元へ連れて行かないと。

足元で遊んで遊んで!と戯れる猫を、どうしたものかと観察する。
よく見ると、なんだか毛の色が土井先生の髪色と似ている気がしてきた。

「素敵な毛の色だね」

まるで私の話が分かるみたいに、その声掛けに鳴き声を上げる。
それが楽しくなって、未だ飽きずに私の足に擦り寄ってはゴロンと寝転がって腹を見せたりする猫に、独り言を呟いた。
一応、周りを見渡して誰もいない事を確認しておく。

「あなたの毛の色、なんだか土井先生の髪色と似てる」

にゃーん。
やっぱり私の声に反応してるのか、ちゃんと鳴く。

「土井先生って言われても分からないよね。この学園で教師をしている人でね、一年は組の良い子たちの教科を担当されてるの」

にゃーん?
そんな鳴き方に違いがあるんだ。
思わず面白くて笑うと、不思議そうにこちらを見ては、また戯れ始める。

「みんなから信頼されていて、優しくて。でも自分の事になるとてんでダメで、子供のきり丸くんにお世話してもらうような人なんだけど」

ずっと動き回っていた体が、腹を見せたまま止まり目が合う。

「私みたいな人にも………とっても親切で、素敵な人なんだよ」

目の前の猫に、私の顔はどう映っていたんだろうか。
その言葉を吐き出して、胸の奥で燻る感情に蓋をすると、微かに遠くから寂しげなネコの鳴き声が聞こえた。
それに呼応するように、足元の猫は腹を見せるのをやめて、地に足をつけて鳴く。

裏門の向こうで、草木の緑に映える白猫がじっとこちらを見ていた。
家族か、番か。
ようやく見つけたとばかりに、何度も何度も鳴いている。

「あなた、もしかして迷子だったの?だったら早くあの子の所に行って安心させてあげなきゃ」

この子達を引き合わせたら、私も裏門を閉めないと。
曲者が入ってきては、困ってしまう。

門の方へ歩き出すと、猫は私にぴったりとくっついて着いてきた。
白猫は門を越えるのが怖いのか、外で一生懸命鳴いている。
私が近付いてきているというのに、その子もまた、人に恐れる事なくその場を動かなかった。

門に辿り着くと、足元を離れた猫は白猫に擦り寄ってぺろぺろと顔を舐めて、再会を喜んでいるようだった。
二匹を驚かさないよう、そっと膝を折る。

「迎えに来てくれたのかな?この子にお話し相手になってもらってたの。寂しい思いをさせてごめんね。もう離れちゃ駄目だよ」

私の言葉に、二匹は揃って鳴いて、茂みの中へ消えて行った。
不思議な猫だったな。
裏門を閉めて、雑草取りの続きを再開しよう。

振り返ると、明らかな異物が三つ。
そこに存在しないはずの、草の塊。
隠し切れていない、眼鏡の反射と髷が二つ。

「こんな砂の上に、不自然に草の塊があるわけないでしょう。乱太郎くん、きり丸くん、しんべヱくん」
「あれ?バレてる!」

葉が擦れる音と共に、見慣れた顔が並んだ。
しかし、バレた!なんて言いつつも、三人揃って顔がニヤついている。

「草に擬態するなら、周りに同じような草が無いと意味がないでしょ。それよりなに?その顔は」
「えへへ、僕たち〜」
「今から土井先生に〜」
「なまえさんが猫に喋ってたこと、伝えようと思いまーす!」
「あ、裏門を閉め忘れたのは俺たちです!」
「「「ごめんなさーい!」」」

一瞬何を言われたか分からず、固まる。
だ、誰も、いないと、思っていたのに…!

「裏門のことは許すから、お願い!内緒にして…!」
「あ!お前たち、こんな所にいたのか」
「「「あー!土井先生!丁度良いところに」」」
「だめだめだめ!だめだから!」

なんってタイミングで現れるんだ、この人は!

ニタァと悪魔のように笑う三人は、私を一瞥して向こうからやってくる土井先生の元へ走り出す。
三人が散らかした草を踏みつけて、冷や汗を流しながら後を追う。

「なんだなんだ?」
「「「土井先生ー!なまえさんがー!」」」
「こら!待ちなさいって、わぁ!?」

私との距離も縮まり、もう一踏ん張りしたら最後尾のしんべヱくんを捕えるところで、事態は一変する。
私に捕まるか、土井先生の側に辿り着くのが先かの瀬戸際、三人は悪魔のような顔のまま振り返った。
すると、走りながら器用にサッと左右に分かれた。
そんな私の足は急に止める事をできず、土井先生に突っ込む。

土井先生は驚いた声を上げながらも、しっかりと受け止めてくださった。
咄嗟に前に出た手には、鍛えられた胸部の感触。
触れてはいけないものに触れたような、罪悪感。

「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫かい?それより、一体何が起こって」
「土井先生、なまえさんがさっき」
「わー!きり丸くん!」

ワハハと笑い声を上げながら逃げる三人を、土井先生にもう一度謝って追いかけ始める。

少しずつ離れていく土井先生が、声を張った。

「私も追いかけましょうか?」
「土井先生は絶対に追いかけないでください!そして!三人の言葉に耳を傾けないでください!お礼にお仕事手伝いますので、約束してください!」

走るのをやめてその場で足踏みし、土井先生に向かって叫び返す。
それじゃあ頑張ってと振られる手に、思わず振り返そうとした手を握り締めた。
目を離してしまった、と慌てて振り返ると、まだニヤついた顔の三人がご丁寧に立ち止まっている。

「絶対捕まえる!」

きゃー!と逃げる三人を追う私の後方で、土井先生が笑っていた。

「まるで裏門近くにいた、猫たちみたいだなぁ」

>> list <<