それを白い目で見る、割烹着を着た男が一人。
そんなことは関係ないと自分たちの仕事を淡々とこなす、ウサギが数匹。
「いい加減いじけてないで仕事してくれませんか?」
「桃タローくんにはこの気持ちがわからないからそんなこと言えるんだ。すんすん」
「うわあ鳥肌。いつもなら振られても綺麗さっぱり次に手を出すくせに、珍しいですね」
鬼灯となまえが恋仲どころか籍を入れたと知らされた神獣白澤は、仙桃農園を泣きながら一周して戻ってきてからずっとこの調子である。
あの男が結婚したことに対する驚きよりも、相手がなまえであると言うことが、白澤にはショックだった。
「ちょっと思い入れがある子で、この僕が珍しくあの子に会うために花街に足を運んだりしてたくらいなんだよ」
珍しくはないだろ、と白い目を向けながらも、桃太郎は思い入れ?と白澤に尋ねる。
いつまで経っても上司がこの調子なので、桃太郎はずっと鍋の中の薬を煮ては取り出し、仕事に勤しんでいるので熱気で熱く、汗を拭った。
「妲己ちゃんの計らいであの子の初めてのお客さんが僕だったんだよ。しかも夜遊びの…それが今じゃ年単位で予約が取れないなんて聞く大物になってさ。子供の成長を見てるみたいだったんだよね。しかも指名するたびにどんどん味が出てくる。そりゃ妲己ちゃんもお気に入りにしちゃうよなあって思ってたんだけどってちょっと待って?」
桃太郎は「なんだこいつ言ってることが絶妙に気持ち悪い上に五月蝿いな」と、またも白い目で鍋から目を離した。
「あの時の発言が嘘じゃないなら、初めては僕なんだよ」
「んなこと聞きたかないですけど」
桃太郎の返しには一切耳を傾けていないのか、徐に携帯を取り出すと、年寄りにも関わらず素早い手つきでボタンを操作し耳に押し当てる。どこかへ電話し出した様子に、桃太郎は嫌な予感を覚えた。
「おい!なまえちゃんのことで僕にはお前より自慢できることが一つある。それはあの子の初めてが僕だってことだ!泣いて悔しがれ馬鹿野郎!そんで喧嘩してとっとと離婚しろ!」
「うわあ、最低な電話」
言い切ったことにより満足したのか、ようやく椅子を立ち上がった白澤は、亀の如くのろのろとした動きで仕事を始める。
ようやくか、と桃太郎はため息をついて、薬研で薬を擦り始めた。
翌日のことである。
「桃タローくん…アイツから電話が来たと思って罵倒から始めたら、電話の向こうなまえちゃんだったんだけど…」
生気の抜けた顔で白澤が現れたかと思えば、掃除中の桃太郎へぼそぼそと消え入りそうな声で喋り始める。
少しでも気を抜けば何も聞き取れない様子に、桃太郎は手を止めて呆れた顔をする。
「僕の電話のせいで大変な目にあった、白澤様なんか嫌いですって、言われちゃった……嫌い……嫌いかあ……」
「いや当たり前だろ。昨日の電話の内容振り返って自分の胸に手を当てて考えてみたらどうですか?嫌われる理由しかないと思いますよ」
「弁明しようとしたら電話変わられて、僕とのえっちは演技で、あいつとするときは本当に感じてるとか言われて、もう、普通に凹んでる。というかあの電話のせいで二人のイチャイチャに一役買ったのか?うわあ最悪だ…」
白澤はさながら二日酔いの朝のように、ふらふらと椅子に座り込んで机に肘をついて頭を抱え、ついに動かなくなった。
「鴉天狗警察にしょっ引いてもらおうかな。セクハラ罪と営業妨害で」