壊す勇気はいらない
(※モブが割と出ます)「俺と付き合ってください!」
「え……えぇ!?私!?」
昼休み、使われていない教室へ呼び出され突然そんなことを言われるものだから焦った。しかも相手は同じ部活の一つ下の男の子。名前は…和田くんだったかな。立海テニス部2年生の中では顔が少し整っている所為か、学校内でも割と人気があるらしい。正直、部員の人数が多すぎてマネージャーの私でも顔と名前を一致させるので一杯一杯だったりする。
「この教室には名字先輩しかいませんよ」
「それもそうだけど…」
「答えを聞かせてくれませんか」
「うーん…ごめん。私好きな人いるんだ」
「あー…、そうですよね。やっぱりそれって、仁王先輩ですか?」
「えっ、な、なんでそれ…」
「部活内では有名な話ですよ」
「えー…マジで」
「マジです」
和田くんが私のことを好きということも、私が仁王のことを好きだというのが部活内で有名な話ということも、衝撃の事実すぎてしばらく思考が停止してしまった。
「俺、仁王先輩の代わりでもいいです。それでもダメ…ですか?」
「そ、そんなこと言われても…」
「…あの、正直に言いますね。仁王先輩を見ている時の名字先輩っていつもすごく辛そうで…俺…、その…」
「…分かった」
「え?」
「返事はやっぱり保留ということでいいかな。少し、考えさせて」
「…分かりました」
そのまま和田くんは「いい返事、待ってます」と言って教室から出て行った。
彼が出て行ったのと同時に教室の壁へ寄りかかり、座り込む。和田くんとはほとんど話したことなんて無いのに、何で私なんかのこと…。
それよりも、後輩に辛そうなんて言われてしまって恥ずかしいだとか悲しいだとか、そんな色んな感情でごちゃ混ぜになっていた。私は仁王とは今の関係のままでもいいと思ってはいるけど…やっぱり付き合いたい、彼氏彼女の関係になりたいというのが本音。けれど、やっぱり勇気なんて出る訳がなくて。振られた時のことを考えるとやっぱり今のままでいい、という結論で落ち着いてしまう。
「なにやっとるん、こんな所で」
「へ…えっ!?」
突然目の前から声がしたかと思えば、私の悩みの種である人物が教室の入口に立っているものだから変な声を上げてしまった。
「そこまで驚かれるとは思わんかったぜよ。考えごとか?」
「うーん、考えごとっていうか…」
「ほぉ。ここから和田が出ていくのが見えたんじゃが、何か話してたんか?」
「え、聞いてたの」
「何をじゃ」
「あ、いや、聞いてないならいいんだけど」
聞こえていないなら一応セーフなの、かもしれない…。
歯切れの悪い答えをすると仁王は、私の隣にしゃがみ込み眉をひそめた。
「なーんじゃ、怪しいのぉ」
「仁王には関係ないしー」
「ま、実は聞こえてたんじゃけどな。告白されてたじゃろ、和田に」
「えっ、えっ…聞こえてたの!?」
「嘘じゃ。……本当に告白されとったんか」
少しビックリした顔でそう言う仁王。完全にしてやられた。そういえば彼はそういう所があったんだった。
「もう少し警戒するんだった…」
「ほぉー…まさか和田が名前に告白とはの〜」
「テニス部の人に言っちゃダメだよ?」
「言う訳ないじゃろ」
「ならいいけど」
「で、返事はどうしたぜよ?」
「うーん…保留?」
そう言うと仁王は目を丸くした。さっきからそこまで驚くことなのかな…。
「保留って、なんでじゃ」
「まぁ、色々あって…、って仁王にそこまで話す必要ないでしょ」
「いいや、あるぜよ」
「えっ、…」
突然視界が影で覆われたかと思えば、私の顔の両側には仁王の手が。見上げると少し怖い顔をした仁王が私を見下ろしていた。気づけば私の足を両膝で挟まれているし、突然すぎるこの状況に怖さを感じる反面、ドキドキとしてしまう自分がいる事に悔しくなる。
「に、仁王?」
「………ゃ」
「え?」
「だめじゃ。他の男の所へなんか行かせん」
ぐいっと仁王の顔が近づいてきたので反射的に顔を下へ向ける。背後は壁、足は固定されていたから俯くことが私の精一杯の抵抗だった。
「仁王…ど、どうしたの突然」
「…はぁ、確かに。名前は可愛いからの…呑気にしとる場合じゃなかったって事じゃな」
「ちょっと、答えになってないんだけど」
私がそう言うが否や仁王は私の顎をくいっと上げさせると、仁王の唇が私の唇とそっと重なり合った。それだけでも私の脳内キャパは優にオーバーしているというのに、更に仁王は私の唇を舌でこじ開け侵入してこようしてくるものだから、私は思わず仁王の肩を強く押した。
「……っなに、すんの」
「すまん。焦りすぎた」
「焦りすぎたって…どういうことよ」
「ここまでしても分からんのか」
そう言うと仁王は私の首へと手を回し、ぎゅうぅとキツく抱きしめられる。仁王のこれまでの行動に私は思考がついていくことが出来なかった。
「に、仁王待って。さっきから何なの」
「ここまですれば分かるじゃろ。名前のことが好きじゃ。和田なんかに渡しはせん」
「えっ、…」
「あんなこと本当はするつもりなんか無かったぜよ…でも、すまん。俺としたことが焦って先走りすぎてしまったんじゃ…」
謝りながらも未だに抱きしめ続けている仁王に言動と行動が伴っていないことを教えてあげたいけど、そんなこと言えるはずなかった。私自身、仁王の言葉が嬉しすぎて視界が少し滲み始めている。
「私ね、本当は最初和田くんに好きな人がいるって断ったの」
「え…」
「その好きな人っていうのはね……知りたい?」
「そりゃ、…知りたいが、複雑やのぅ。でも知りたいかの」
「ん〜、どうしようかなぁ。仁王、さっきあんなことしてきたし」
「あれは本当…すまなかったぜよ」
「じゃあ。もう一回、キスしてくれたら許してあげる」
私が悪戯っぽくそう言えば仁王は、ずっと抱きしめていた私の体からがばっと離れ、私の両肩を掴む。
「…名前、そ、それって…」
「私も仁王のこと、ずっと好きだったんだよ」
仁王は私の言葉に再び目を丸くさせ、顔がぱあっと明るくなった。いつも割とクールな仁王がここまで表情がコロコロと変わるのも珍しいかもしれない。
「ていうか…完全に順序間違えたの」
「うん。誰かさんのせいでね」
「まだ怒っとるんか」
「当たり前じゃん」
「あー、それなら――…」
仁王は意地悪そうにニヤリと笑ったかと思えば、私の後頭部に手を回してそっとキスをした。
「キスしたら許してくれるんじゃろ?」
「ゃ、そ、そうだけど…」
さっき一瞬だけ私が優位に立てたと思っていたのは気のせいだったのかもしれない。私がボーッとしていると、仁王は私の両頬を引っ張る。
「よっし、今日の部活は一段と頑張れそうじゃの〜」
「いひゃい、いひゃい」
そんな私を見て子供みたいに笑う仁王につられて私も笑顔になった。
仁王とならいつまでもこうして笑い合っていける気がする。そんな予感に私は胸をときめかせた。