あなたに
「景吾!」「…名前か。そういや今日は学校で見かけなかったな」
「見かけるも何も、あんなに女の子に囲まれてちゃ見えないでしょ」
景吾とは幼馴染。そんな彼の誕生日である今日、私は放課後久しぶりに景吾の家へ遊びに来た。何度ここへ訪れていても、この豪邸の煌びやかさには慣れない。と同時に私と景吾には絶対的な格差があることを思い知らされてしまう気がして心臓がぎゅうっと掴まれた気分になる。私は叶わない恋をしているんだと嫌でも感じてしまうのが辛くて、家へ遊びに行くのを自然と避けていたのかもしれない。
「ふっ、まぁ仕方ねぇ。なんたって今日は俺様の誕生日なんだからな」
「いつもよりすごかったもんね、ファンの子達」
「まぁな…」
そう言うと景吾は「ふぅ…」と、小さく息を吐いて大きなソファに深く腰掛けた。カップコーヒーを片手に優雅に佇む姿がここまで似合うのは、彼しかいないんじゃないかと思わされるほど似合っていた。
「つか、突っ立ってねぇでこっち座れ」
「あぁ…う、うん」
大人しく景吾の隣へと座る。久しぶりに景吾の部屋に来たからなのか、なんとなく緊張してしまって浅く座ってしまう。
「名前」
「ん?……っぶ、」
呼ばれた方へと顔を向けると、頬に景吾の指がぷにっと刺さる。多分いま私すごく間抜けな顔をしているんだと思う。私の顔を見た景吾が顔を大きく口を開けて笑っていた。
「へぇ…前に向日にやられたんだが結構面白いじゃねぇのこれ」
「やられた私は何も面白くない…」
ひとしきり笑い終えた景吾は満足げにそう言うと、私の足元の方を指さした。
「その箱は何だ」
「あ、あぁ…これね…」
景吾が指さした先にある白い箱の中身は、私が徹夜して作ったケーキが入っている。本当はこれを渡しに来たのだけれど、景吾の部屋に山積みされているたくさんの誕生日プレゼントを見ていたら渡すのも嫌になってしまった。
「ふぅん、ケーキねぇ…」
「ちょっと。見ないでよ中身」
「美味しそうじゃねぇの」
「舌の肥えてる景吾様にはこんなの食べさせられません〜…」
「んなことはねぇだろ」
景吾が左手をパチンと鳴らすと何処からともなく使用人が部屋へ入ってきた。私の持ってきたケーキを手際よく切り分けると、それぞれのお皿の上へと乗せ、フォークをそれぞれ私達の前へと置くと一礼し、そのまま部屋から出て行った。
この豪邸もそうだけれど、突然現れる使用人にもなかなか慣れないし、なんだか照れくさい気持ちになる。
「よし、食おうぜ」
「本当に味は保証出来ないからね?…って、もう食べてるし」
「…うめぇ」
「無理して褒めなくてもいいのに」
「何言ってんだ。今まで食べてきた中で一番美味しいぜ」
そう言うと景吾は自分の分のケーキをフォークで一口サイズへと切り分けると、私の顔の前へと差し出した。困惑の意味を込めて景吾を見つめると、「ほら」と更に近くへ差し出されたので仕方なく口を開けるとケーキを放り込まれた。
「ん、…おいひい」
「だろ?」
我ながら上手くは作れたとは思う。けれど、やっぱり景吾が毎日のように食べているようなプロのパティシエの人たちが作るものには到底敵う訳がない気がする。
「それなりに美味しいけどさぁ。…はーぁ」
「溜め息なんざついてるんじゃねぇ。俺は名前が作ってくれたケーキだから、尚美味しいと感じるんだぜ」
「嬉しいこと言ってくれるね…ありがと」
「あまり自分を卑下するな」
「ぅ、わっ…」
景吾は私の髪をくしゃっとするとソファーから立ち上がり、バルコニーの方へと歩いて行った。私は乱れた髪を直しながら景吾の背中を見詰めていると、くるっと私の方へと向き直る。
「こっちへ来い」
「何かあるの?」
「いいから」
仕方ないので、自分の分のケーキを箱に仕舞ったあとに、景吾の元へと向かう。ちゃっかり自分の分のケーキは完食していたことに少し胸が弾み、頬が緩んだ。
景吾がバルコニーへの扉を開けると、風がぶわっと部屋に入り込んでくる。バルコニーへと出てみると、外は青白く月明かりが照らされていた。
「わぁ、月きれい…!」
「今年の中秋の名月は今日らしいぜ」
「へぇ〜…お月様も景吾の誕生日祝ってくれてるのかもね?」
「はっ、そうかもしれねぇな」
冗談ぽく言ったのに、景吾にとってそれは満更でもないらしい。そんな彼を見て思わず私は微笑む。
「そういや…名前から聞いてねぇな」
「え?何を?」
「……ったく。今日は何の日だ?」
「あ、あぁー…すっかり言っていた気でいたや。ごめんごめん」
「俺からこんなこと催促させるんじゃねぇ」
「あは、ごめんって。…景吾、誕生日おめでとう。これからもよろしくね?」
催促してきたくせに、私から顔を背けて「あぁ…」ってぶっきらぼうに言うから少しムッとしてしまう。そこで、ふとある仕返しを頭の中で思いつく。
「ねーぇ、景吾」
私は景吾の名を呼び、肩をポンと叩き手を置く。先程やられた悪戯をやり返すつもり、だった。
「ハッ、甘ぇな」
簡単に成功すると思い込んでいたのに景吾は、肩に置いた私の手を掴むとぐいっと引き寄せる。そして気づけば私は景吾の腕の中にいた。
「俺に悪戯仕掛けるなんざ100年はえーんだよ」
「…岳人くんには、やられたんでしょ?」
「あ、あれは初めてやられたからだ」
「ふーん?まぁ、そういうことにしてあげるよ」
「…うるせえ」
景吾はそう言って私の体を更に引き寄せる。必然的に景吾と私の距離はゼロとなる。
なんでこんなことするのか問い出したい気持ちもあったけれど、なんとなく今はそんなことを聞ける雰囲気でもなかった。ふいに景吾に後頭部をぐいと押され、肩口に埋める形になる。
「名前、今日はありがとうな」
「ううん。たまにはさ、こうして祝いたかったの。私にはこんなことしか出来なくって…ごめんね」
「いいや、今までで一番最高な誕生日になったぜ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ、私は」
「…あぁ、そうだ。もう一つ誕生日プレゼント、貰ってもいいか?」
「え…?もう私なにも用意してないけど」
「構わねぇ」
景吾はそう呟けば私の顎をくいと持ち上げると、ふいに私の唇に何かが触れた。何をされたのか理解する前に景吾の顔は私から離れていた。
「最高の誕生日プレゼント、貰ったぜ」
優しく微笑む景吾の顔はほんのりと月明かりで照らされていた。来年も一緒に祝えることを願いながら私はそっと景吾を抱きしめた。
跡部様、誕生日おめでとうございます…!
どうにか私も祝いを形にしたくて書いてみました。色々と至らぬ部分があるかもしれませんが、楽しんで頂けましたら幸いです。