こわれないことば

(※大学生パロです)





ピンポンピンポンピンポン。

寒さのあまり呼び鈴を連打していると、玄関の扉が開き、困り顔の彼が現れた。彼というのは私の彼氏、柳蓮二だ。

「…そんなに押さなくても聞こえる」
「さ、寒くって…」
「今日は雨が降ると教えてやったはずなんだがな。俺の予想通り、忘れたか」
「だって朝めっちゃ晴れてたし、まさか降るなんて思わないじゃん」

頬をぶぅと膨らませると、それはすぐ蓮二に片手で潰された。

「とりあえず玄関に入れ」
「ありがと」
「タオルを持ってくるからそこで待っていてくれ」

そう言って蓮二は洗面所の方へと消えていった。玄関で蓮二が戻ってくるのを待っていると、奥からシチューのいい匂いが香ってきて、思わずお腹がぐぅ、と鳴る。よりによって私の大好物……。私の分あったりしないかな、一口でもいいから食べたいなぁ。

一人空腹と戦っていると、少しして蓮二はバスタオルを手に玄関へ戻ってきた。

「このまま風呂へ行け。風邪を引く」

私の濡れた髪を乱暴にタオルでわしゃわしゃと拭くと、そのまま私の鞄を持ってリビングへ行ってしまった。

頭の上に乗せられたままのタオルを手に取ってから靴を脱ぐ。靴の中にも水は浸食してきており、靴下もびしょ濡れだった。そのまま靴下も脱ぎ、先ほどのタオルで濡れた足を拭く。さっきより不快感は減った気がする。

「ねぇ蓮二」
「なんだ」

私は洗面所へは向かわずリビングの扉を開け、顔だけを出す。リビングを見渡すと蓮二はちょうど、キッチンでぐつぐつと煮込んでいるシチューの味見をしているところだった。

「あ、シチューだ」
「風呂から上がったら食わせてやる」
「ほんと!?」
「あぁ」
「やったぁ……って、そうじゃなくて。靴下とか洗濯機に入れていい?思いのほか濡れちゃって…」
「あぁ、構わない。服も俺のでいいなら貸してやるが」
「いいの?」
「名前が気にしないのであればな」
「じゃあ洋服も洗濯機に入れちゃうね」
「服は名前が風呂へ入っている間に洗面所へ置いておく」
「…覗いちゃダメだよ?」
「それはフリか?」
「…馬鹿」

私はそう言って勢い良く扉を閉め、洗面所へ向かう。蓮二があんな冗談言うなんて少し意外だった。そして洗面所は蓮二らしいと言うべきか、同じ種類のタオルが綺麗に棚へ仕舞われていた。

するすると着ていた服を脱ぎ、濡れた靴下と一緒に洗濯機へ放り込む。あ、下着、どうしよう…。何となく聞けなかった。そもそも、蓮二の家にはよく遊びに来ていたけど、お風呂を借りるのって今日が初めてだったりする。数秒迷った挙句、下着は床へ置き、蓮二に見えないようにバスタオルを上から被せた。

バスルームへと入ると更に蓮二らしさを感じさせられた。きちっと置かれているシャンプーの容器をワンプッシュし、「このシャンプーで蓮二みたいなサラサラヘアーになれたりして」なんて心の中で考えながら髪を泡立てる。

▽▲▽


「ふぁあ〜お風呂ありがとう」
「身体は温まったか?」
「うん!お陰さまで」
「…やはりサイズは合わなかったか」
「蓮二、平均身長より高いもん。そりゃ、合わないよ」

蓮二が貸してくれた服はよくあるような紺色のトレーナーとスウェットパンツ。当たり前にサイズはぶかぶかだった。袖も捲らないと手が出てこない。でも、なんていうか…すごく彼シャツ感があって、勝手に少しドキドキしてしまう。

「それもそうだな。…シチュー、食べるか?」
「あ、うん!私もよそるの手伝う!」
「なら名前は飲み物の準備をしてくれないか。俺は火をかけ直そう」
「分かった〜」

キッチンへ入ると更にシチューのいい匂いがする。勿論、私のお腹も鳴る。

「あれ…一人分にしてはシチューの量多いね」

飲み物を取るついでに鍋を覗くと、一人暮らしにしては多めのシチューが作られていた。

「名前が雨に濡れて俺の家に来る確率は高かったからな」
「え、もしかして…それでシチューを?」
「当たり前だ」
「何それ…」
「流石に気持ち悪かったか?」

蓮二が悲しそうな顔をするので私は慌てて首を横に振る。

「ち、違うの。すっごく嬉しくて」
「そうか、それなら良かった」
「でもさ、蓮二の家に来たのは、雨に濡れたからっていうのもあるけどそれが一番の理由ではないからね?」
「他に何の理由があるんだ?」
「え〜?蓮二くん鈍感〜」
「…名前に言われるのは不服だな」
「なにそれひどい。…一番の理由はね、蓮二に会いたかったから来たんだ。ほら、最近お互い忙しくてこうして会うこと無かったでしょ?」

私がそう言うと蓮二は私の顔をただ静かに見つめていた。そして少しするとシチューの香りとは違う匂いがしてくる。焦げた匂い。

「れ、蓮二っ!焦げてる!」
「あっ…、」

蓮二は慌ててコンロの方へ向き直り火を止める。蓮二のこういう姿を見るのは初めてだ。料理を、焦がすなんて。

「………すまない。焦げている部分は入れてないから安心してくれ」
「ううん。作ってくれただけで十分有難いから」

冷蔵庫からお茶を取り出し、透明のグラス二つに注ぐ。蓮二は既に座っており、スプーンを一つずつ置いていた。

「お待たせ、食べよ!」
「そうだな」

テーブルを挟んで向かい合って座ら、、二人で手を合わせて「いただきます」と呟く。スプーンでシチューを掬い、口の中へ流し込む。少しだけ焦げた匂いもしたけど、やっぱり蓮二の作った料理は美味しい。

「…焦げた味はしないか?」
「ううん、全然。それにしても蓮二が焦がすなんて珍しいよね」
「あ、あぁ…」

私がそう言うと蓮二は歯切れの悪い返事をすると、小さく息を吐いた。

「どうしたの…?何か嫌なことでもあったりした?」
「いいや、そうじゃない。…まぁ、ある意味名前のせいだとも言えるが」
「え、わたし?」
「唐突に俺を動揺させるようなことを言うんじゃない」
「へ…?」

わざとらしく首を傾げてみせても「分からないならそれでいい」と言われ、教えてくれる気配はなかった。少しだけモヤモヤとしたけれど、今はシチューを食べることに集中することにした。



「ごちそうさまでした!すっごく美味しかったぁ」
「そこまで喜んでもらえると作った甲斐があるな」

片付けは私がするから、と言って蓮二の分のお皿も一緒にキッチンへ運ぶ。カチャカチャと音を鳴らしながら、彼氏のキッチンに立つといつも同棲している気持ちが味わえてドキドキする。リビングの方へ目をやると蓮二は、ソファへ腰掛けて新聞を読んでいた。つくづく思うけれど、私と同じ大学生だと思えない時がよくある。これが自分の家だったら思わずコーヒーを差し入れたくなるほどに新聞を読む姿が似合いすぎていると思う。

全て皿を洗い終え隣へ座ると、蓮二は新聞紙をテーブルに置いた。

「気にせず読んでていいのに」
「隣に好きな人がいて新聞になんて集中出来るわけがないだろう」
「うっ、…」

顔が熱くなるような蓮二の言葉に思わず思考が停止してしまい、ただ蓮二の顔を見つめるしかなかった。

「…それだ」
「え?」
「シチューを焦がした原因だ」

それだけ言うと蓮二は顔を少し赤らめて、俯いてしまった。蓮二のことをこんなにも可愛いと思ってしまった自分に私まで顔が熱くなる。

「どうした名前、顔が赤いが」
「れ、蓮二だって顔赤いからね?」
「なっ…」

蓮二は動揺したように目を丸く見開いた。なんだか今日の蓮二は少しいつもより様子が違う気がする。穴が開くほどに蓮二を見ていると彼は小さく溜め息を吐いた。

「今日は名前には恥ずかしい所ばかり見られている気がするな…」
「恥ずかしい?シチューのこと?」
「あぁ。それだけではないが」
「私は蓮二の新しい一面が見れた気がして嬉しかったけど」

私がそう言った瞬間、視界がぐらりと揺れた。突然すぎて、蓮二に抱きしめられていると理解するのに数秒かかった。

「蓮二…?どうしたの?」
「…あ、あぁ、いや、すまない…」
「こんな風に甘えるだなんて珍しいね」

私の言葉に蓮二は返事をすることはなく、代わりに更に力強く抱きしめられた。蓮二のサラサラとした髪が耳に当たって少しくすぐったい。さっきは同じ大学生だと思えない、なんて考えていたけど、今はむしろ私より小さい子供に見えて可愛く見えて仕方がなかった。そんな蓮二を微笑ましく思いながら私は、彼の背中に手を回した。