駆け出しロマンス
「柳くん、おはよ」「あぁ名字、おはよう」
「…もしかして、そのチョコ全部貰ったもの?」
「そうだ。精市や弦一郎はもっと貰っていたがな」
「お返し大変そうだね」
こんな返ししか出来ない私は心が狭いのだろうか。今日はバレンタイン。柳くんの机にかかっているバックから見えるチョコは、どれも義理チョコと呼べるものなんてほとんど無いように見える。こんなの…嫉妬せずにはいられない。きっと呼び出されて告白されたりもしたんだろうと思えば、ますます私の心にはモヤモヤとした気持ちと焦る感情だけが広がっていく。
「名字も誰かにあげたのか?」
「う、ううん。持ってはきたんだけどね…その…、本命も」
「…そうか。成功するといいな」
「うん。ありがと」
私がそう言うと柳くんは優しく微笑み、止めていた読書を再開し始めた。私も自分の席へと戻り、席につくと無意識に大きな溜め息が出てしまう。「放課後少し時間ある?」って、たったの一言が言えなかった。私だって用意してある。柳くんの為に徹夜で作ったチョコが。でも、あんなにたくさんのチョコを目の前にしてしまったら、それまでに抱えていた勇気なんて一瞬で消し飛んでしまった。
「はぁあ〜…」
「おはようっス、名前先輩っ」
「…赤也くん。何でここにいるの?」
「柳先輩どのくらいチョコ貰ったのかな〜って!勝負しに来たんですけど、あの鞄を見た感じ俺負けそうっス…」
「じゃあこれで勝てそう?」
そう言って一応用意していた義理チョコを赤也くんに渡すと、途端に赤也くんの顔はパァっと明るくなった。この子を見ていると柳くんが可愛がりたくなるのも頷ける気がする。
「やったぁ!ありがとうございます!名前先輩のおかげで勝てるかもしれないっス!」
それじゃ行ってきます!と言い残して赤也くんは柳くんの元へと走って行ってしまった。横目でチラと見てみると、結果は一目瞭然のようだった。肩を落としながらこちらへ戻ってくる赤也くんを笑顔で出迎える。
「やっぱ駄目だった?」
「やっぱって何スかぁ酷い…。あーあ、せっかく名前先輩からチョコ貰ったのに」
「そこは気にしないでよ」
「あ、そういえば名前先輩、渡したんスか?柳せんぱ…」
「ちょ、ちょっと!!」
咄嗟に席を立ち上がり、赤也くんの口を押さえる。じぃと睨みつけると「す、すいまふぇん…」と申し訳なさそうに呟くので、私はそっと手を離した。
「柳くんに聞こえたらどうするの馬鹿」
「聞こえませんよ〜ここから席遠いし」
「そういう問題じゃないの!」
「ていうか渡してないんスね」
「…勇気が出ないんだもん」
「そんな心配必要ないっスよ。だって…いでっ」
見上げると赤也くんは頭を痛そうにさすっていた。彼の背後に立っているのは柳くん。さっきまで読んでいた本が赤也くんの頭にある。きっとそれで叩いたんだろう。
「赤也、もうHRが始まる時間だぞ」
「うぅ…名前先輩に慰めてもらってたんスよ。柳先輩に負けたから」
「ほぅ?弦一郎にここにいることを見られたら大変なことになるな?」
「や、それだけは…!」
赤也くんは途端に顔を青くして、悲鳴に似た声をあげながら教室から出て行ってしまった。残された私はなんとなく気まずくて、そのまま席へと座ると柳くんの足先が私の方へと向けられたのが見えた。
「…なぁ名字」
「ん?」
「赤也にあげたチョコ…あれは本命なのか?」
「そ、そんな訳ないじゃん!義理だよ義理…ていうか見てたんだ」
「赤也は騒がしいからな、嫌でも目がいってしまう。…名字は義理すら俺にはくれないのか?」
眉を下げて悲しそうに尋ねる柳くんを、思わずじっと見詰めてしまう。なんで私が義理チョコすらくれないことに悲しがっているんだろう、柳くんは……。まさか、柳くんも自分のチョコの数を気にしてるとか?だとしても、ここで義理を渡す訳にもいかないし…。
「柳くんもそういうの気にするの?」
「どういうことだ?」
「赤也くんみたいにさ、チョコの数とか」
「数なんて俺は気にしないな。俺は想いを寄せている相手から貰えれば、それで十分だ」
「え、柳くんいるの…?好きな人」
「あぁ」
「じゃあ…何で私なんかにチョコをせびるの?」
「…ふ、まだ分からないのか?」
そう言うと柳くんは腰を曲げ、私の耳元へ顔を近づける。その行動だけで私の心臓はバクバクと鳴り、顔も熱くなる。
「お前が、好きだ」
それだけ言うと柳くんは自分の席へと戻ろうとする。そんな彼を追いかけようと立ち上がった瞬間、チャイムが鳴った。きっと柳くんのことだから、このタイミングでチャイムが鳴ることも計算済みだったに違いない。わざとらしく、席についた柳くんを睨んでみると少し意地悪そうに口角を上げるものだから、私の推測も確信に変わった。
聞きたいことは山ほどあるのに。今すぐ柳くんにチョコを渡したいのに。そんな逸る気持ちを抑えて、次の休み時間に「渡したい物があるんだけど、放課後少し時間ある?」って聞いてみよう。柳くん、どんな顔してくれるかな。