オーバードーズ・フューチャー
『すまないが、こちらへ来るついでにみりんも買ってきてもらえるか?お金は勿論返す』大学からの帰り道、こんなメールが彼から届いた瞬間、私は思わず辺りを見回した。一言も蓮二のお家に行くなんて言ってないのに。私のことをアプリか何かで監視しているんじゃないかと本気で考えてしまうくらいには驚いたと思う。
今日は私の彼氏である蓮二の誕生日。サプライズ訪問して驚かせてやるって意気込んでいたのに、やっぱり彼の方が何枚も上手だった。前もって今日はバイトがあるんだってわざわざ伝えていたのに蓮二は初めから全て分かっていたらしい。悔しい。悔しいからこのメールには返事はしないでおこう。みりんは買っていくけど。
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蓮二の住むアパートへ着き、呼び鈴を鳴らすと数秒と待たずにガチャリと扉が開いた。蓮二の頭にはタオルが掛かっており、髪の毛も少し濡れている。本人には絶対言わないけどそんな姿が色っぽくて、少しドキッとしてしまった。
「ふっ、予想通りだったか」
「分かってても驚くフリくらいしてくれてもよくない?はい、これみりん」
「本当に買ってきてくれたのか…ありがとう」
「え、冗談だったの?」
「いや、みりんを切らしていたのは事実だが。本当に買ってきてくれるとは思っていなかった。ありがとう、助かった」
「どういたしまして。あのメール本当にびっくりしたんだから」
「その時の名前の驚いた顔を見てみたかったな」
「私も蓮二の驚く顔見たかった」
「いずれな。さ、入れ」
私の嫌味を軽く流し蓮二は私の腕を引いた。そのまま私は靴を脱ぎ、部屋へと入る。蓮二の部屋に香る、この柔軟剤の匂いが私は大好きだ。一時期同じ柔軟剤を使おうかと考えたこともあったけど、流石に気持ち悪いから止めた。蓮二は「お茶を汲んでくる」と言って一度部屋から出て行ってしまったので、私は適当にソファーへと腰を下ろした。その隙に用意しておいた誕生日プレゼントを取り出す。蓮二喜んでくれるかな。
「すまない、麦茶しか無かった」
「ううん。ありがとうね」
「…ん、右手にあるのは何だ?」
「蓮二にはサプライズとか通用しないもんね…はいこれ、誕生日プレゼント。誕生日おめでとう」
「ありがとう。このタイミングだとは予想していなかったから少し驚いたな」
「本当?顔は全然驚いてないけど?」
「名前のように顔に出やすいタイプではないからな」
「何それ、馬鹿にしてない?」
「いいや全く。そんな所も俺は好きだ」
「…不意打ち反則」
「不意打ちのつもりは無かったんだがな。…開けてもいいか?」
「もちろん!開けて開けて」
がさがさと音を立てながら蓮二はラッピングされた包みを丁寧に開ける。中に入っている箱を開けると「ほぅ…」と呟いた。
「腕時計か」
「うん。この間完全に壊れちゃったって言ったでしょ?だから丁度いいかなって」
「覚えていてくれたのか、ありがとう。早速使わせて貰おう」
「気に入ってくれた?」
「あぁ。デザインや機能性含めてとても気に入った。本当にありがとう」
そう言って優しく笑うと蓮二は私の頭をそっと撫でた。そんな彼に私もつられるように微笑む。「よし、じゃああとはケーキを、」とまで言いかけて私を口を噤んだ。わたし、もしかしなくてもケーキなんて買ってない。どこまで馬鹿なんだ自分…と思わず暗い顔になる。
「ごめん、ケーキ忘れた…」
「ケーキなど無くても名前がこうして祝ってくれただけで俺は充分だ」
「でもどうせなら…もっと誕生日らしいことして祝いたかったのに」
「ならば、俺から1つ我儘を言ってもいいか?」
「うんうん、何でも言って!」
「今日はこのまま帰らないでくれるか?」
「…え、それってお泊まり?」
「あぁ。今日は名前とこうして一緒に過ごしていたいんだ。構わないか?」
「そんなの、勿論に決まってるじゃん」
「ふっ、ありがとう」
「ううん。あ、そういえば夜ご飯は?もう食べちゃった?」
「いいや、まだだが」
「じゃあ私作ってもいい?」
「あぁ、それなら一緒に作ろう」
「ふふ、それもそうだね」
何作ろっか、と携帯でレシピ検索をしていると「名前」と呼ばれた。「ん?」と言いながら顔を上げれば、唇には柔らかい感触。私が驚き目を見開くのも束の間、そのまま流れるように私の体は蓮二の腕へすっぽりと収まった。私の好きな柔軟剤の香りが、ふわりと鼻を掠める。
「今日は本当にありがとう」
「ううん。ちゃんと直接言いたかったから」
「毎年のように名前には祝って貰っているが、本当に俺は幸せ者だ」
「そう言ってもらえて良かった。来年もお互いの誕生日、2人で祝い合おうね」
「勿論だ」
あぁ幸せだな。蓮二の嬉しそうな顔を見て瞬間的に感じた。残念ながら今日は驚く蓮二を見ることは叶わなかったけど、いつかそんな彼を驚かせられる誕生日が訪れる年も来るのだろうか。そんなことを考えていると不意に蓮二から2度目のキス。結局驚かされるのは私ばっかり。それが少し悔しくて、私はそのまま押し倒すように蓮二の体を押した。少しは驚いてくれたかな。確認する余裕なんて、無いけど。