心揺れる噂
柳蓮二に好きな人がいるらしい。そんな噂を最近学校のあちらこちらで耳にする。柳くんに想いを寄せている私にとってその噂は、十分に動揺させられる噂だった。「柳くんの好きな人って隣のE組にいるみたいだよ」
ふと、教室の喧騒からそんな言葉がスッと耳に入る。声の主の方を見れば、教卓の近くでクラスの女子2人が会話しているのが見えた。
「えー誰だろ。E組って確か生徒会長の八木さんいるよね?柳くんも生徒会だし、可能性高くない?」
「あ、確かに!二人で話してるのたまに見るし有り得るそれ」
私の気持ちなんてつゆ知らず。私のテンションとは反比例するように、二人はどんどんと妄想を膨らませ、会話は盛り上がる一方だった。容姿端麗、スポーツ万能で勉強まで出来てしまう彼…学校では知らない人の方が少ない。そんな彼に好きな人がいるとなったら皆して誰なんだと噂されることも予想は出来ていたけど流石にきつい。
彼女たちの会話をシャットアウトするようにイヤホンを耳にはめて、携帯から曲を流す。全曲シャッフル再生で流したのにも関わらず、一曲目から失恋ソングが流れてきた。この運の悪すぎるタイミングには、思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。
そんな失恋ソングもサビへ入ろうとしたところで突然、教室のガヤガヤとしたBGMへと戻される。誰かにイヤホンを外されたらしい。私の机には影が出来ており、影の主のいる方を見上げれば、例の噂の主が私のイヤホンをプラプラとさせながら立っていた。
「あ、柳くん」
「楽しんでいたところすまない。そろそろ、行かないか?」
そう言った柳くんの右手にはお弁当が持たれていた。あれ、もうお昼休みだっけ。教室を見渡すと、私の友達が彼氏とお昼ご飯を食べようとしているところが見え、つい心の中で舌打ちをしてしまう。
こうして柳くんと一緒にお昼ご飯を食べるようになったのは3ヶ月前。きっかけは…なんだったかな。柳くんから誘ってくれたということは覚えている。そして、私が柳くんのことが好きだと気付いたのは1ヶ月前。例の噂が出回り始めた頃。今でもこんな私を誘ってくれたのか、分かっていない。
「…うん、行こっか。今日は中庭で食べる?」
「そうだな。天気も良いし中庭日和だな」
フッと笑う柳くんを見て、私も静かに笑う。先に中庭へ行っているぞ、と言って柳くんは先に教室から出た。机の上にある教科書やノートやらを机の中へと仕舞い込み、鞄からお弁当箱を包んだランチクロスを取り出して席を立つ。教室を出ようとした際、ふいにさっきの二人の会話が再び耳に入る。
「でも、柳くんって名字さんと結構仲良いよね。ほら、今日もお昼一緒に食べるっぽくない?」
「うーん、そうだけどさぁ。E組に好きな人がいるって本人から聞いた人がいるし、ないでしょ」
「やっぱそうだよねぇ」
二人の会話に悪意は無いのは分かっている。だけどそれが余計私の心にはグサリと突き刺さってしまう。イヤホンしておくんだった。
重い足取りで廊下を歩いていると、ふと男女二人組が目につく。今一番見たくなかった二人組。柳くんと隣のクラスの八木さんが楽しそうに話していた。すでに落ちていた気分がどん底まで落ち、手にしていたお弁当箱にぎゅっと力が入る。すると柳くんが私に気が付いたのか、こちらへ歩いてきた。
「名字、すまない。では行こうか」
「うん。えっと…話の途中だったみたいだけど大丈夫なの?」
柳くんの肩越しから八木さんの方を見ると、睨みつけるような顔で私を見ていた。その顔を見て、ああ、八木さんも柳くんのことが好きなんだと嫌でも確信する。
「あぁ。生徒会の話だが、今でなくてもいい話だから大丈夫だ」
「そっか」
「では改めて行こうか」
「うん」
そう言って先を歩く柳くんの少し後ろをついて歩く。なんとなく、柳くんの隣を歩くのは恐れ多くて斜め後ろをついて歩いていくのが癖になってしまった。
中庭に着き、空いているベンチへ二人並んで腰を掛ける。今日の天気は雲ひとつない晴れきった空が広がっていた。初夏の風がそよそよと吹き、優しく首筋を撫でる。本当に今日は中庭日和だ。
ランチクロスを解いて弁当箱をパカっと開けると、大好物の卵焼きがはじっこにちょこんと入っていて頬が緩む。
「嬉しそうな顔をしているがどうした?」
「卵焼きが入ってたの」
「そういえば名字は卵焼きが好きだったな。それなら…目を閉じて口を開けてみろ」
「…へ?」
「いいから。開けろ」
戸惑いながらも言うとおりにすると突然、柔らかく甘い卵の味が口の中に広がった。思わず驚き目を開くと、柳くんは嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「これ…」
「卵焼きだ。俺の弁当にも入っていた」
「あ、ありがとう…美味しい」
口をもぐもぐとさせながらお礼を言うと、「ちゃんと飲み込んでから物は言え」と怒られてしまった。柳くんとこうして二人でいると、あの噂のことなんてすっかり頭から離れてしまうくらい幸せな気持ちになる。噂は噂。そんな風に考えることが出来てしまうほど今この瞬間が幸せなのだ。
「そういえば名字、先程廊下で少し暗い顔をしていたようだが何かあったのか?」
「え、そうだったかな…」
突然そんな話を振られ、箸を持つ手が止まる。やっぱり、見られてたんだ。
「あぁ。とても辛そうな顔を見せていたから、少し気になっていたんだが」
「大した事じゃないから。柳くんは気にしないで」
「そうか。……名字、」
「ん?」
「こうして名字と昼に二人で食べるようになってから、今日でちょうど三ヶ月経つな」
「うん?そうだけど…」
突拍子もない話題を急に振られ、つい、どもった返しをしてしまう。
「三ヶ月前よりも、俺と名字の仲はだいぶ深まっていたと思っていたのだが…どうやら俺の思い過ごしだったか」
明らかに悲しそうな声でそう言う柳くんに慌てて首を横に振る。話してくれないことに対して落ち込んでいることは明らかだった。
「そ、そうじゃなくて。ただ…」
柳くんに関係することだから、なんて流石に言えなくて口を紡ぐ。そんな私を見て柳くんは軽く溜め息を吐いた。
「…やはり、言えないのか」
「じ、じゃあ、一つ質問していい?柳くんに」
「あぁ」
「どうして私とお昼一緒に食べようって誘ってくれたの?」
ずっと疑問に思っていたことを口にすると、柳くんは少しだけ驚いた顔を見せる。そんなに変な質問だったかな。柳くんは少し考えるように時間を置いた後、
「単純に名字と仲良くなりたかった、それだけだ」
「…なんで?」
「お前のことが好きだからだが」
「そっか、……え。えっ?」
柳くんのその言葉にしばらく頭が理解出来ず、ワンテンポ遅れて心臓の鼓動が早くなる。好き?…私のことを?柳くんが?理解すればするほど鼓動が早くなっていくのを感じる。
「気づいていなかったのか」
「だって、そんな素振り一度も…」
「鈍感も大概にして欲しいものだな。名字のことは初めて声を掛ける前から気になっていた。お前の笑顔に…俺は心奪われてしまったみたいだ。つまりは一目惚れだ」
「うそ…」
「俺は一目惚れしたその日から名字のことを知りたくなり、まずは仲を深める為に一緒に昼ご飯を食べないかと誘うことにした。それが三ヶ月前のことだったな。そしてお前と共に同じ時間を過ごし、名字のことを知れば知るほど…ますます好きになっていってしまったようだ」
柳くんの言葉が夢なのかと思い始め、思わず両頬をぐいっとつねる。私のその行動に柳くんは怪訝な顔をする。
「何をしている?」
「なんか、夢なんじゃないかなって思ってきて」
「それはつまり名字も俺のことを好きだという解釈でいいのか?」
「あ…」
つい嬉しさのあまり言ってしまったが、冷静に考えれば確かにそうなる。自分の顔がかなり赤いんだろうということが嫌でも分かる。それ程に顔が熱い。
「その顔はどうやら図星のようだな。名字が俺のことを好きな確率は…高くはなかった。正直なところ、かなり驚いている」
「じゃあ、柳くんも鈍感だね?」
クスクスと笑うと柳くんからおでこにデコピンを貰った。痛くはなかったが、おでこを手で押さえて柳くんをじぃと睨みつけると柳くんも同様にクスクスと笑っていた。
「では、改めて言わせてもらっていいか?」
「…え?何を?」
「名前、好きだ。付き合って欲しい」
唐突にストレートな柳くんの告白に思わず面食らってしまう。さりげなく下の名前を呼ばれたこともあって、さっきから心臓が忙しない。
「…答えを、くれるか?」
「わ、私も好きです…蓮二くんのこと」
私も名前で呼んで返してみれば、柳くんは少し驚いたように見えた。こんな柳くんは滅多に見れないから、嬉しい気持ちになる。けれど、そんな柳くんの顔もすぐにいつもの余裕のある顔へと戻ると、
「よく言えたな」
なんて言って私の頭を優しく撫でるから、きっと私は柳くんには一生敵わないんだろう。