01


 ユーリ・ローウェルという男に出会って二週間。あの場限りの出会いだと思っていた彼は、なぜか毎日の日暮れ頃に家に訪れて来る。何か用事があるわけでは無い、ただ数分雑談だけして帰る……そんな日がずっと続いている。
依頼がこの街近辺らしく宿を拠点にしているらしいが、もしかしたらその合間の暇つぶしなのかもしれない(それにしてもわざわざ出会ったばかりの女の家に通うのはおかしいと思うけど)。
しかし…容姿は端麗で初対面の私に対しての社交性を見ると私なんかに構わずとも女の人は寄って来そうなのに…、そう思ってはいたが別に追い払う理由も無いから特に何も言わなかった。そもそも自分の意見を的確に伝えられる程コミュニティ能力が高くなかったと言うのもある。


 だけどこの男の人はとても目立つ。容姿はもちろん、依頼とは別に街の人を助けたり手伝ったり(それ以外もあるみたいだけど詳細は不明)……大きな街では無いこともあり、噂は広まりやすい。仕事の行き来だけでも彼の名前が何度も聞こえてくる。そんな有名人(?)な彼が私の家を毎日訪れているなんて噂もあっという間に広がる。注目される事がとっても苦手な私にとっては大きな苦痛になりつつあり、引きこもりに拍車がかかった。


 しかし生活する上で仕事をするのは必要不可欠で、食事の買い物も数日に1度は行かなければいけない。完全なる引きこもりは不可能だった(当然だけど)。そうなれば必然と悩みの種である彼に直談判するしかなかった。


「あ、あの……ローウェルさん…!」

『ん?ユーリで良いって言ったろ…で、なんだ?』

「……ローウェルさん。あ、あの…ですね……話が…ありまし、て…」

『意外と頑固だな、あんた…。それで話って?何か困り事か?』

「困り事……そう…ですね…」

『やっぱりか。今日会った時から困ってますオーラ放ってるもんな…。もし手助けが必要なら依頼の合間になるが手を貸すぜ』

「……………………」

困ってますオーラって何??って疑問もあったけどスルーした。しかし……彼はあまりに人が良過ぎる。そう思うと同時に「あなたの存在に困っています」と言いにくい雰囲気になって来た…。

『?…おーい。思考停止してっけど大丈夫か?』

無表情で固まる私が心配になったのかローウェルさんが覗き込んで来る。この近さでまじまじと見てわかったけど、本当にこの人顔が綺麗。街の女の子達が黄色い声を出すのもわかる。

「本当に…何で私なんかに構うんだろ…」

思わず心の中の声が口に出た。ハッと口をふさいだ時には既に遅く、バッチリと耳に届いたであろう彼は驚いた表情をしていた。

「あ、あの…!ちが!今の無し!無しです!」

自分こんなに大きな声出るんだ?と思いながらも慌てて訂正(時すでに遅し、だけど)。しかし近かった彼の顔は遠のいて行き、不思議と胸がチリッと痛くなった気がした。

傷付けた?怒らせた?どっちも?……どれにしても良い感情を抱いているわけが無い。とにかく謝る?でもそれでも不快な思いさせた事に間違いは無い…ただひたすら脳内がパニックだった。

『なるほどね……あんたの困り事はオレって事か』

「ち、違う…じゃなくて、…ごめんなさい!あっ…このごめんなさいは、その間違った事と…それから…」

『よーしよし、落ち着け落ち着け。別に気にしてねぇよ』

そう言いながら頭を撫でる彼は確かにいつも通り、傷付いた様子も怒った様子もなかった。それと同時に自分が相当なパニックを起こしている事に気付いて、一気に恥ずかしくなった。

「…………ごめんなさい」

『だから気にしてねぇって。…それに一人暮らしの女性の家に毎日来んのは確かにデリカシーねぇだろオレって気付けたし』

「い、いや…!それは良いんです…!そもそも誰も来ないし…何かしてるわけでも無いんで…!……ただ、…ローウェルさんは目立つ…から、……私みたいな人間の家に訪れのは…その…あなたにとって良くないと……」

『…………。わかった。じゃあ帰るとするか。困らせて悪かったな』

いつもの調子の声色、だけどもう二度と会う事は無いだろう……私の願い通りになったけど、ただただ虚しさだけが広がっていた。


 予想通り翌日から彼が来ることは無かった。別に彼に会うまではこれが当たり前だった、日常が戻っただけと何度も自分に言い聞かせていた。そうしないと膨大な虚しさに飲み込まれて、らしくも無く寂しいと思ってしまいそうだったから。

 彼が来なくなって4日、5日経った。あいかわらず外に出ると彼の名前が聞こえる。まだ街には居るんだろうか?という疑問が浮かんで来たけど、自分にはもう関係無い事と気にしないふりをしていた。

 彼が来なくなって1週間。そこでようやく自分が寂しいと気付いた(正しくは寂しいと思っていた事を認めた、だけど)。いつの間にか彼が来る事を楽しみにしていたようで。寝る前に彼の他愛の無い話を思い出して、明日は何を話してくれるんだろうか…なんて考えて眠っていた事を思い出した。恐らくこの時が初めて彼の事で泣いた時だと思う。ただどうしようもなく寂しかった。


『すごく赤くなってんなぁ…、ちゃんと冷やさねぇと腫れ引かねぇぞ』

泣き腫らした翌日、何事も無かったように彼が訪れて来た。

「…………、ローウェルさん?」

『ユーリで良いって言っただろ』

アレ?デジャブ??

「あの…、ローウェルさん…。私…この間ローウェルさんにひどい事言いました…よね…?」

『ん?ああ、アレか。別に気にしてねぇって……ってあのタイミングで来なくなったら、そりゃあ気にするか』

「傷付いて…もしくは…怒ったから…、来なくなったんじゃ…?」

『いいや、全く関係ねぇぜ。依頼先で少しトラブルがあってバタついてたんだよ。だから顔出せなかった』

「わかったって……帰るって…言ったから、…てっきり二度と来ないの…かと…」

『あんたがどう思ってるか、納得したから言っただけだよ。それに帰るってのは今日は帰るって意味な。あん時パニック起こしてたみたいだからオレが何か言うより一晩待った方が良いと思ったんだが……まさか次の日から全く来れなくなるとは思わなかったぜ』

「……………………」

脱力。全力で脱力した(矛盾してる)。私が勝手に決め付けて、早とちりして、勝手寂しくなって泣いただけ…?どんだけ自分勝手なんだろうと…反省した。

『まあ…もうじき本当に来れなくなっちまうけどな』

「え…?」

『依頼、もうすぐ終わるんだよ』

「あっ………」

そうだった。彼がこの街に居るのは依頼があったから。それが終わったのなら彼はこの街から居なくなる。次いつ会えるか、もしかしたら本当に会えなくなってしまうかもしれない。彼にあって落ち着いていた胸の痛みがまた再発した。

『……ユウは、この街に特別な思い入れとかあんのか?』

「へ?え…?いや…特には……。元々の出身は別ですし…前の仕事の関係で、来ただけなんで……」

『仕事は日雇いだったよな?それとも今はどっか勤めてんのか?』

「い…いえ…。ちょうど短期の仕事終わって、次を探してた所ですけど……」

『おっ、ちょうどいいな』

ちょうどいい?何が?頭の中はハテナマークでいっぱいだった。質問の意図が読めない。

『じゃあ依頼が終わったらオレと一緒に帝都に来ないか?』

「は…?」

帝都?お城ある所?というかローウェルさん帝都の人?かなーり都会の人だったんだ…。でもその都会の人が私を誘っているのかわからない。わからないのなら聞くしか無い…なんて発想が浮かんで来た事に驚いた。

「あの…帝都って…なんで私も…?え…?」

『あー…実はオレは“ほっとけない病”っていう難病に罹っていてな。あんたの事このまま放っておいて帰るのも心残りあるっつーか…』

「何ですかそのふざけた病名…。そもそも放っておけないって…私そんなダメな…人間でしたね……でもそれってローウェルさんに何の得も無いですよね……?」

『そこを掘り下げなくて良いんだよ。ダメな人間っていうか、…“私なんか”とか“私みたいな”とか…あん時も、と言うより出会った時から言ってただろ』

「でも…それは事実で……」

『事実って…誰かがそう言ってたのか?』

「いや…言ってたような…言っていないような……。ちなみに言ってたら…どうするんですか…?」

『とりあえず殴る』

「とりあえずで最終目的達成してませんか…それ…?」

『最終目的はそいつの考えを改めさせるだから達成してねぇよ』

「ええっ……じゃあ、それなら誰も言ってない事に…します…」

『ふーん…まあ、ユウがそれで良いんなら良いけど。でも自分でそんな事言うのは何か違くねぇか?って思うんだよ』

「それは…そう…なんですか…?」

『オレは、な。あんたがそれで良いってんなら何も言わねぇが……そういうわけでもねぇだろ?』

「……そうですけど…。そう簡単にどうこう出来る問題じゃ無いんですよね…」

『だから帝都に一緒に来ねぇかって誘ったんだ。帝都にはオレの家もあるから頻繁に…ってわけにもいかねぇが、二度と会えなくなるって心配もしなくて良い。それに下町の連中は人情もあるからな、オレが居ない間も不便無く生活できると思うぜ』

「下町…ああ、なるほど…。え…?えっと…それと私のこれって関係あります……」

『関係はあるが、ちょっとした賭けだな。あんたの事全部わかってるわけでもねぇし…だけどここで1人で残っても今まで通りになるんじゃねぇかって。それなら環境も変えるのも悪くねぇだろ』

「まあ……一理ありますけど…」

『それにオレにも得はあるぜ?』

「え?」

『あんたの考え方が変わればオレは満足する』

「……何ですか、それ」

この人、変わっている人通り越してもはや変人レベルでは?なんて失礼な考え方をしてしまった。

『まあ…生活がガラリと変わるわけだから、そう簡単には決められねぇよな…。……、3日』

「3日……?」

『依頼が終わるまでの目安。遅くても5日もあれば依頼は終わってオレはこの街を出る。その間に返事、決められそうか?』

3日…考えるにはあまりにも短い。だけど、どうせ長く考えた所で余計な事ばかり出てきて結局あやふやにしてしまう。それならこれくらい切羽詰まっていた方が良い。

「3日あれば…大丈夫です。決めておきます」

『よし。じゃあ3日後に来るとするか。毎日顔を出したらユウの考えを邪魔しちまいそうだし』

「……私の事よく理解していますね。安心して下さい…3日後、ちゃんと決めていますから」

なんて言ったけど、きっとこの時にもう私の答えは決まっていて。でもすぐに答えを出すのはやめた。楽しみはあとに取っておきたいという謎のひねくれ思考が出てきた。


 約束の3日後。いつもは家の中で彼を待っていたけど、この日は外で待っていた。ふと不安が込み上げてくる。あまりにも上手く話が良い方向に進んでいる。新手の詐欺か、それともただのからかい?彼を待っている間、後ろ向きな感情がぐるぐる巡っていた。

『おっ、わざわざ外で出迎えとはな。丁重なおもてなしありがとうございまーすっと』

「………………」

一気に後ろ向きな感情が吹っ飛んだ。彼は案外ふざけるのが好きなんだとこの時に知った。

「……答え、…私を見ればわかると思いますが、言っても良いですか?」

荷物って程の量も無いけど、鞄が私の足元にある。必要最低限な生活必需品。

『ああ、もちろん。ちゃんとユウの言葉で聞きたい』

「……人間として未熟な部分も多いですが、これからよろしくお願いします」

『おう、よろしくな。つーことで、さっそく向かうか。さっさとしねぇと夜になって野宿する羽目になっちまう』

足元にあった私の鞄を早々に持つ彼を見て、数日前にデリカシー云々を言っていた事を思い出す。

「……私から見るとローウェルさんはデリカシーあると思いますよ」

『なんだよ突然……って、ユウ。いつまでその呼び方するつもりなんだ』

「あっ、…癖になってますね。…ちなみにローウェルさん。おいくつですか?」

『21、じゃねぇな、22になった』

「は?え?年下なんですか?」

『その反応見るとユウは年上なのか。じゃあ改めてよろしくな、お姉さん』

「ええ……それはちょっとゾワッとするんですけど……」

『冗談だっつうの。……つーかそれを言うならオレもローウェルさん呼びがゾワッとするんだよ。一緒に住むんだし、さん付けはやめろって』

「えーと…じゃあ、…ユーリ……?う…違和感……って、一緒に住むっ!?」

『お、おう…ビックリした…。だって帝都着かねぇと家決める事もできねぇだろ。宿屋はあるけど、決まるまで代金払ってたらそれなりになっちまう』

「え…、でも…いや…一緒に住むのは…さすがに…おかしいんじゃ……!」

『一緒に住むって言ってもオレはほとんど居ねぇから安心しろ。たまーに帰って来た時だけだ』

「それでも…十分に問題あるような気が……」

『別に変な気起こしたりしねぇから大丈夫だって』

「………………。前言撤回します。やっぱりデリカシー無い。全く無いですね」

『なんだよ…変な気起こして何かされるよりはいいだろっ』

「言い方の問題です…、…はぁ…幸先不安……」

『今ならまだ街に戻れるぜ?帰るか?』

「帰りません。なんかそれはそれで悔しい」

『ははっ、意外と負けず嫌いみたいだな。新しい一面が見れた良かった、良かった』

「………………なーんか腑に落ちない」

帝都までの長い道のり、終始こんなじゃれ合いをしていた。




 今になって思う、この時にはすでにユーリの影響を受けて変わっていたんだって。きっとユーリもそれがわかっていたんだろうなぁって。そんな事を知らない当時の私は楽しそうな彼が不思議で仕方がなかった。



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