とても悲しい夢を見た。
何が悲しいのかよく分からない、けど自分の体なのにやけに冷たく感じて、苦しくもない痛くもない、ただ凄く悲しいと思った。
「ん…あれ」
意識が戻ってきて、自分が寝ていたことに気づいた。
いつの間に寝たんだろう…まだ朝だったはずなんだけどな…。
不意に目を擦ろうと右手を上げようとしたら、動かない。
不思議に思って自分の右手をたどると、そこにはスヤスヤと眠っているフィディオくんの左手があって、いつの間にか手を握られていたみたい。
そうだ確かフィディオくんと出会って、いきなり誰かに視界を覆われて…。
「あ、起きた?」
急に声が聞こえて肩を震わせた。見上げると、声の主であろう少年がこっちを見ていた。
「乱暴なことしちゃってごめんね、君を連れてくるつもりはなかったんだけど…見られたからには拉致してると思われて通報されても困るから。悪く思わないでね」
「はあ…」
どう解釈してもこれは拉致事件に変わりないと思うけどね!
とは言えず、どうにかこの状況を誰かに伝えないといけないと思って、ポケットを探って携帯を探す。
あれ…?
「もしかしてお探しの物ってこれ?」
わわわ!私の携帯、!
きっと寝てる間に取られちゃったんだぁ!どうしよう、これじゃ誰も助けに来てくれないよ…。
「かっ返してください!」
「はい、どうぞ」
「…え」
言ってみるもんだね!
少年はあっさりと返事をして私に携帯を差し出した。けど渡す前に手を引っ込めて「あ、でも電源は入れちゃダメだよ」と言われた。
「…どうして…?」
「それは…」
ここが上空だからだよ
少年はにっこり笑って私の手に携帯を持たせた。
上空…?
空の上ってこと?
左を見ると気づかなかったけど小さめな窓があって、それを覗けば広がる海と空と雲が見えた。
私たちは眠っている間に飛行機の中に連れてこられたみたいだった。
「うわぁぁぁ!フィディオくん!フィディオくんってば、!」
「うーん…」
寝てるのに力強く握られてる右手は離れないので、左手で右にいるフィディオくんの肩を揺らす。けど起きない。何故だ!
「コイツまだ寝てるのか?」
私に携帯を返してくれた少年とはまた違う少年がやってきた。うわ、どうしよう、私だけじゃどうしたらいいか分からないよフィディオくん!
と思ってると、少年が「起きろって」とフィディオくんの頭をポカッと叩いた。
ここここれが拷問…!?
どど、どうしよう!フィディオくんはFFIに出る大事な選手だと聞いたし、こんなとこでケガしちゃったら…!
「や、めてください!」
「えっ」
私も何を血迷ったかシートベルトを外してフィディオくんに被さって庇う。
私なんていくらケガしたって構わない、アメリカに来たのだってサッカーするためじゃないし、確かな理由なんてない。でもフィディオくんは違う。
「フィディオくんはイタリア代表の、FFIに出場するチームにとって大事な選手なんです!その、!えっと!痛いことは!じゃなくてケガするようなことは、やややめてくださいっ!」
あぁ!どもってしまったぁ!
ちょっと自分に後悔していると、急に腰に手を回された。「わっ」とそのままギュッと前に抱き寄せられる。
「名前ありがとう、俺嬉しいな、君にこんなに想われてるなんて」
「えっ!フィディオくん!?」
いつの間にか起きてたフィディオくんにギュッと抱き締められて私はワタワタ。
そんなことしてる場合じゃないって!恥ずかしいし!
「おいフィディオ!いい加減にしろ!」
「そーだよ、俺らの前でイチャつくなよな」
「あはは、羨ましいだろ!」
え、なんでフィディオくんそんな拉致少年たちと親しげなの…?そして腰に回した手を早くどかして!
「えっと…フィディオくん知り合いなの?」
「ああ、紹介するよ。赤毛で陽気なマルコとちょっと口煩くてナルシストなジャンルカ、2人とも俺のチームメイトだよ」
抱き締められているから至近距離で見つめられると、ほんの少し胸の奥がドキドキした。
それを察してなのか、フィディオくんはにっこり笑うだけだった。