懇願
私が勤める会社はとんでもホワイト企業だ
ほとんど毎日定時で帰れる。たまに数時間程度の残業はあるが月で見ても10時間もいかない程度なのである。
そしてハラスメントにうるさいイマドキの会社なので飲み会なども無理強いはさせられないし、女性に対する偏見、差別もハラスメントの対象になるとして考えられており
女性が働きやすい良い環境を維持している、勤めている自分が言うのもなんだが素晴らしい会社だ。
まぁ都会にあるようなオフィス的な感じではなくメーカー企業なので工場勤務なのだが、
私は現場作業員ではなく、事務員なので勤務中は汚れはしないけど一応、と言った感じで作業服を着ている
工場敷地内は安全の為ヒール厳禁なのでこれまた世の中で言うヒールをカツカツと鳴らして歩くOLとは全然違って
毎日楽なパーカーにスキニーパンツ、そしてスニーカーなどのラフな格好をして出社している。
まぁオフィスレディには憧れるけれど、実際働いていてこっちの方がきっと楽だから私は満足だ。
◇
少年、財布を忘れる事件!!から数ヶ月が経過した。
あれから私はその話を共に東京へ行った同僚や同じ部署の仲良い友人などに話して
「うわぁーそこから恋がはじまったりしないの?」
「いやいや、相手中学生よ。あ、今は高校生かな?年の差ちょっとえぐいし、もはや犯罪の匂いがする」
「確かに!!未成年との恋。って言われるとなんか危険な感じするよね」
私は今年で22歳になる。高校卒業後大学には家庭の事情で行くことは叶わず、そのまま就職したのが今の会社だ
実家も宮城だが今の会社まで車で1時間以上かかる為、家賃が高くない賃貸住宅を見つけられたこともあり、私は会社から車で20分程度の場所に一人暮らししている
高校1年生になったであろう彼は今年16歳になる年のはずだ。年の差6歳
大人になってからの6歳ならまぁ、離れてるねー程度で済むけれど高校1年生16歳と社会人22歳の年の差恋愛は少しばかり、いやかなりしんどいものがある
というより彼とはもうわざわざ会わないつもりだったから連絡先も教えなかったのになんでこんな話になるんだ
「なんで連絡先教えてあげなかったわけ?」
「だって、なんかあの時は研修嫌だなぁという気持ちが強くて、彼とまた会ったらその嫌な思い出までまた再発しそうだなって思ったのよ」
「それが本音?」
「…ぐぬぬ。」
本当は自分でもよく分かってない。なんで軽い気持ちでも連絡先を教えられなかったのか。金にがめつい女だと思われたくなかったのだろうか。
あの時の心境がどうであれ、自分で彼との縁を断ったのは事実。
「もしさ、名前が言った通りにどこかで会うことが出来たらどうする?」
「うーん…今度こそ自己紹介位はしようかな、いやでも向こうからしたら今度こそ用事は済んだって感じだしそれでまた終わりなのかな…」
自分で言ってて何故か少し落ち込む。少ししか話してないのに。彼がイケメンだったからだろうか
「連絡先は?その時教えちゃえば?」
「んー…でもそれはさ今考えてみても、自分がねもし高校生の子供がいたとしたなら、自分の子供が先生とかでもなんでもない見知らぬ大人の連絡先を知っていて、連絡を取り合ってる。なんてことになってたら凄く心配すると思うんだ」
「あー確かにね、変な影響与えないといいけどーとか考えちゃいそう」
「でしょ?だから彼本人との連絡先の交換はもし再会出来ても無いかなぁ」
こうやって自分の想いだけじゃなくて周りの事や世間体も考えた行動を出来るようになったのは、大人になったんだなと感じる瞬間でもある
彼にとって私はどんな存在となっているのか、はたまたもう忘れられてるのかわからないけれど
もし、また会うことが出来たなら。なんていつ来るかも分からない日に思いを馳せていた。
◇
しかしその日は自分が思っていたよりも遥かに早くやってきた。
その日も私は定時で上がり、新作のコスメを見に買い物へ行っていた。
1人とはいえやはり洋服や化粧品の買い物にはテンションが上がってしまい、いつの間にか外は暗くなっていた
ある程度買い物をして車で家路に着いていた時、高校生の集団が横断歩道を渡っているのを見た。
そして、彼のことを思い出す。彼は体が立派だったから何かスポーツでもしているのだろうか。背が高かったからバスケとか、バレーかな?
なんて考える。目の前に彼が居ることにも気づかず。
彼らが渡りきってから車を発進させ、徐々にアクセルを強く踏む
すると、バックミラーから何か車では無いものが着いている気がした。
む、虫?黒い虫?後ろの窓に着いたのだろうか…
なんてミラーを見てて気づいた。さっきの高校生のうちの1人だ。
しかも物凄い顔してこっち追いかけてきてる!!怖い!!え!誰!?!?
しかしよく見て気づいた。
あの子じゃん!!!!財布の彼じゃん!!!
急に道端に車を停める訳にも行かず少し行った所にあるコンビニへ停めることにした
その意思を彼に伝えることも出来ないので、もう少し、もう少しだけ頑張ってください少年…!
そして息切れしている彼を置いてコンビニの駐車場にとめた。
「ちょ、ちょっと!!!君あの時の財布の子だよね!?」
急いで車から降りて彼に駆け寄りながらそう言った。
膝に手をついて息切れしながらもひとつ頷く彼の後ろから、先程いた高校生の集団も走ってきた
同じ部活の人、とかそんな感じだろうか。皆同じジャージを着てる
「はぁっ…はぁっ……また、…会えましたね」
そう言ってにぃっと笑った彼に呆気に取られてしまった。覚えていてくれたのか。いやそもそも覚えてないと追いかけてなんて来ないのか。
「あっでも…俺今金持ってなくって…」
「あ、いや全然!大丈夫!返してもらわなくても平気だし…」
「いや!!それは!!借りたもの返すのは当たり前です。」
ぐぅっ正論!!でもなんかあの時の人助けをした感覚を失いたくないのか、私はどこかお金を受け取りたくないという気持ちがあった
「じゃ、じゃあさ、君のこと少し教えてくれないかな?それでお金の代わりにして欲しいの。」
「…そんなことで代わりになるんすか」
は?とでも言いたげな顔にあっキモいって思われたかな。思われたよね!?うわああ私も何言ってんだ!!と軽くパニックになった
「イイデスケド、影山飛雄って言います。よろしくお願いします。烏野高校の1年でバレー部所属してます。」
しかし彼は、影山くんは淡々と自分のことを話し始めた。
やはりスポーツやってた。バレーか!背が高くて有利な競技だ。
「あ、ありがとう!それくらいで大丈夫だよ!私は苗字名前と言います。」
「あの。苗字さん。今度こそ連絡先教えて貰えませんか。」
「え、でもお礼はもうしてもらったし、もう用事は無いんじゃ…?」
なんて返事をしといて、次に繋がる一言を影山くんが言ってくれたことに少し胸がときめいていた。
「…特に理由は無いんすけど…だめっすか。これで終わりにしたくなくて。もっと苗字さんと話したくて。」
な、なんて直球なのだろう…!?
影山くんは少しだけ顔を赤くさせながらそう言ってきた。以前からイケメンだなぁと思っていた私には効果抜群である。
と言ってもこれが恋の始まりだとかそんな風ではなくて、なんか…懐かれた、とかそんな感じである。
「あ、ありがとう。なんかそう言って貰えると嬉しいな」
こちらもこちらで照れながら返す。いや、キモイだろ何照れてんだよ。と冷静な私が突っ込んでいる。
「でも。連絡先は教えない。何者かも知らない私に簡単に連絡先教えようとしちゃダメだよ影山くん」
「知らない人じゃないっす。助けて貰ったから良い人っすし。」
「うーんそうだけど…それ以外で、なんかお話できる機会は無いかな?今日みたいに部活終わりとかでも良いし。影山くんバレー部なんでしょ?部活のこととか聞いてみたいかも」
そう笑いながら影山くんに言う。正直私たちの関係は曖昧なものだが、もっと話したいと言う影山くんに応えたいと思う私も少し変わっているのだろう。但しイケメンに限るのだろうが。
「じゃ、じゃあさ影山。部活見に来てもらったら?」
後ろにいた、オレンジ色の男の子が声を出した
「えっと、同じ部活の人達かな?」
「「「はい!」」」
元気な事だ。という事でここでみんなの自己紹介までしてもらった。とてもじゃないがすぐには覚えられそうにもない…
「えーっと澤村くん?学校の中入ったりって出来るの?」
「はい、顧問の先生が許可してくれれば許可証と一緒に入る事が出来ます」
「ん…でも許可する理由が無いと思うんだよなぁ」
「それは!!!俺たちが!!」
「なんとかしますよ!!苗字さん!!!」
そう力強く言ってくれた西谷くんと田中くん。何故だ。
「んー…そう?いいのかな…」
「大丈夫だと思います。俺も、苗字さんに部活見に来て欲しいです。そんで良ければその後苗字さんの事も聞かせて貰えたらなんて、思ってます。」
これまた直球に影山くんが言ってくれる。か、可愛いなこの野郎
「わ、わかった。じゃあ明日仕事終わり次第学校向かってみるよ、大体18時過ぎくらいかな。事前に話してもらっておいて悪いけどどうすればいいのか門まで教えに来てもらってもいい?」
「はい!任せてください」
菅原くんがにっこり笑って言ってくれる。年下なのに謎の包容力だよな、優しそう。
「じゃあもう暗いし皆気をつけて帰ってね、私も帰ります。」
「「「お疲れっした!」」」
「お、おつかれっした!」
ざ、運動部って感じだなぁ。強豪校だったりするのだろうか。
車に乗る際、影山くんが駆け寄ってくる
「あの、苗字さん。あの時は本当にありがとうございました。ちゃんとお礼言えてなかったので。」
「いやいや!大丈夫だよ、私も沢山知り合い作らせてもらっちゃったし!」
「…でも俺が1番苗字さんに会いたかったですし、明日からも来て欲しいって思ってる自信があります。だから絶対、明日学校来てくださいね、入れるかどうかは置いておいて。また会えなくなるのなんて辞めてください。」
そう懇願するように言ってくる影山くん。
そうか、彼は私と離れてからきっと探してくれていたのだろう。そして数ヶ月経っても会えなくて落胆していた所に私が現れたものだから、もうあんな思いはしたくない。そんな所だろう。
そんな背景だとわかっていても、台詞だけでは口説かれてるようにも聞こえる。そして何度も言うが彼はイケメンだ。うっと声が漏れる
「大丈夫、絶対行くよ。連絡先教えられない代わりに約束は必ず果たす。それじゃあ、また明日ね!」
「…はい。明日待ってます。また明日」
そう言って私たちの再会は幕を閉じた。
back
top