美羽さんと別れてから、電車を何回か乗り継ぎ海を目指す。
飛雄さんと電車に乗るのも初めてで、スーパーや薬局などは家から徒歩圏内にあるので電車にお世話になることが無いのだ。
東京なんて都会に住んでて電車に乗らないなんて、素晴らしい立地の家に住めてるんだなぁと改めて実感する。
しかし、その分不慣れな私はとにかく飛雄さんについてくのに必死だった。
「名前?大丈夫か?」
「は、はい!駅の中ってこんなに人いるんですね……」
「学生が夏休みだしな。はぐれんなよ。」
「気をつけます!」
飛雄さんの後を追う。飛雄さんは足が凄く長いので1歩が大きいのだ。なので私は小走りで追わないとすぐ置いてかれてしまう。
そう、こんな風に。
……………………。
言われたそばからはぐれてしまった。
自分の無能さに愕然とする。どど、どうしよう……とりあえず、スマホ、連絡……!
飛雄さんに電話をかける。しかし出る様子は無い。
もしかしたらまだ私がついてきてないことに気づいてないのかも……そのまま電車乗っちゃってたら………!!私1人じゃ家にすら帰れないんだけれども。
ちょっと泣きそうになりながら、探しに行こうと思い立つ。飛雄さんは大きいから私が探した方がすぐに見つかるだろう。
しかし歩き出そうとした瞬間、腕を引かれ後ろへ倒れ込む
「はぁ…はぁっ………見つけた」
倒れ込んだ先には息切れしながら私を支える飛雄さんがいた。
「ごめんなさい!言われたそばからはぐれちゃって……」
「いや、俺も悪い。全然名前の事見てなかった。」
申し訳なさそうな顔をする飛雄さん。そんな、私が追いつけないノロマだったばかりに。
「……時間、やばい。次の電車乗りたいから急ぐぞ」
「はい!」
時計を見て少し焦った様子の飛雄さん。私は今度こそ置いていかれないぞ、と意気込んだが、
「ん、はぐれないように。」
飛雄さんは私の手をとり、握った。
あまりに自然な流れだったので、繋がれた手を見てから、かあぁっと顔に熱が集まった。
大きな手。私の手なんか見えなくなっちゃうくらいに大きい。
「ほら、行くぞ」
「は………はい!」
繋がれた手に引かれ、電車を乗り継ぎ海へと向かった。
◇
ついにこの時が来た………。
入念に自分の姿を確認する。……美羽さんに太鼓判貰ったんだ、自信持て自分。
可愛い水着。胸元にあしらわれたレースが非常に可愛い、これでもっとお胸があったら尚良かったのだろうが……
今更スタイルの事をどうこう言っても仕方ない。隣を歩くのは身長180センチ以上ある足長お兄さんだ、どうしようも無さすぎる。
美羽さんに教わった、水でも落ちにくいウォータープルーフの化粧品を使ったお化粧が崩れてないか確認し、更衣室を出た。
パーカーを着ているとはいえ、やはり足がスースーして恥ずかしい。落ち着かない。
快晴となった今日は日焼けするのは免れないだろうなぁ……とぼんやり思いながら、待ち合わせた場所まで向かう
あの塀の近くって言ってたけど……………いた。分かりやすい!!流石足長お兄さん。
近くに行けば行くほど、どんどん歩みを止めたくなる。何故なら飛雄さんのかっこよ過ぎる筋肉達が目に毒だからだ。
か、かっこよ過ぎる………!!!
そりゃ元々かっこいいなんて分かりきっていたけれど、服に隠されていた腹筋があんな事になってるなんて……!飛雄さんもパーカーを羽織ってはいるものの、素敵な腹筋は丸見えだ、なんか色気さえ感じる。
つい足を止めて眺めてしまう。私あんなかっこいい人と生活してるんだ……すご……。なんて飛雄さんを眺めていた矢先、
飛雄さんが綺麗なお姉さん3人に話しかけられ、囲まれてしまった。え?
何か話してるのは見えるけど、何言ってるのか聞こえない。も、もしかして……ナンパ?ナンパなんですか!?
初めて見た……生ナンパ………。
本当にあるんだこんな事、なんてレベルで眺めてしまう。何やら飛雄さんが困っているようにも見えるが、ごめんなさい飛雄さん。そんな気の強そうなお姉さん達に勝負できる居候では無いのです……。
とりあえず飛雄さんがあの状況を打破するまでは待っていようかな……なんて塀の上に座る。ジリジリ熱されていた塀は思ったより熱くて少しびっくりした。お尻焼けちゃうかと。
お姉さん達に囲まれて困り顔の飛雄さんもかっこいいなぁ……こちらには気づいていない様子。振り切ろうと思えばきっと振り切れるのだろうけど、飛雄さんは優しいから強く言い返せないのだろう。
本当に、誰にでも優しいんだろうなぁ。なんて今更すぎる事に少しだけ悲しくなる、優しいのは私にだけじゃない。特別なんかじゃないんだ。
なんて思ってしまい、俯く。すると肩を誰かに叩かれる。飛雄さん……?
「ね、お姉さん1人?」
誰!?このお兄さん達!?
「ひ、1人じゃないですけど……」
「え?でも1人じゃん。寂しくない?俺達と遊ばない?」
へ!?
「お姉さん可愛いからさ、つい声掛けちゃった!」
「どう?俺たちと一緒に。寂しいでしょ?」
「いや、あの、大丈夫です」
も、もしかして、こっこれもナンパだろうか。
ありがとうございます美羽さん。どうやら私はナンパされるくらいには見た目をなんとか出来たようです……!
頼れるお姉さんに頼ってよかった。ナンパされる事がいい事か悪い事かなんとも言えないが、とりあえず見るに堪えない見目はしていないようで安心する。
「あ、友達?友達待ってんの?お姉さんの友達なら一緒でもいいよ、可愛いだろうし!」
「いや、友達じゃなくて、」
「え?もしかして彼氏?」
「かっ!?か、彼氏じゃないです!!」
「ふーん?じゃあいいじゃん、ね、こっちおいで?」
しし、しつこいぞこのお兄さん達!?
どうしよう、困った。とりあえず逃げた方がいいのかな……。
「わ、私は大丈夫なので、これで。」
「ん?いやいや、こっち来いって!」
「痛っ!!」
グイッと強く腕を引かれる。痛い、思いやりの無い力加減に怖くなる。
「は、離して!!」
「離したら逃げんだろ?」
目がギラギラしてる、怖い、必死に腕を離そうと振り回すが、力の差は歴然で全然離れない。
むしろ向こうはもっと力を加えてきて、痛みが強くなる。
「い、痛い…!!」
「じゃあ抵抗しないでくれよ?」
ゲラゲラと下品に笑われる、海で遊ぶために用意したウォータープルーフの化粧だったのに、じんわり浮かぶ涙で濡れてしまう
ずるずると男達に引きずられる、どこに連れていかれるんだ。なに、されるんだ。
「や、やめて!!離して!!」
「うるせぇな、いい加減黙れよ!」
「お姉さん、静かにしないと顔に傷入っちゃうかもよ?」
「ひっ……」
口元は笑ってるのに、目が全然笑ってない
怖い、怖い。たすけて、誰か、飛雄さん。飛雄さん、助けて!!
「た、たすけて……」
「そう言えばお姉さん、パーカーの中身どうなってんの?見せて?」
「や、やめて…」
パーカーのチャックに手をかけられる、こんな人達に見せる為に着たわけじゃない。いや、やめて
「助けて、助けて飛雄さん!!」
泣き叫ぶ。男達の楽しそうな笑い声が聞こえた。しかし、
「おい。こいつに何の用だ。」
いつの間にか後ろに立っていた飛雄さんの鋭い眼光に、彼らは黙り、唖然とした。
「離せ」
「……チッ、やっぱ男連れてたのかよ」
吐き捨てるようにそう言うと、男は私の腕を放してもう1人共々去っていった。
「大丈夫か」
「飛雄さん……ありがとうございます」
心配そうに顔を覗き込んでくる飛雄さん。ナンパされてるのなんて関係なく、あの時飛雄さんの元へ行けばよかった。そうしたらこんな事にならなかったのに。
「怖い思いさせたな……悪い、遅くなって」
目元を優しく拭われる、結局お化粧崩れちゃったな、なんて思いながら彼の優しさを受け止める。
「いえ、私が悪いんです、飛雄さんナンパされてるの見えてて声掛けられなかった」
「見てたのか」
目を丸くする飛雄さん
「はい、……でも声掛けれなくて、ごめんなさい」
「……それはいい、とりあえず腕を冷やそう。赤くなってる。」
男の人に掴まれた腕は未だにじんじんと痛みを訴えていた、飛雄さんは眉を寄せながら私の腕を見ている。
水を買ってきてくれた飛雄さん。パラソルで日陰を作った中で、レジャーシートの上に座る私の元へ来てそのペットボトルを優しく腕に押し当てた。
「痛むか?」
「いえ、そんなに痛くないです。ごめんなさい、心配かけて」
「名前は何も悪くねぇだろ。もう謝んな」
ガシガシと頭を雑に撫でられる。い、痛いですよ!
と抗議の声を上げれば楽しそうに笑う飛雄さん。
それを見て、つられて私も笑う。思えば海に来てそれなりに時間は経っているのに笑ったのは今が初めてだった。
「元気になったか?なったな?じゃあ海行くぞ」
「はい!」
どちらからともなく手を繋ぎ、海へと向かった
が、
「パーカー脱がねぇと濡れるだろ!!」
「ひ、ひいい!!やっぱり無理で」
「水着の意味がねぇだろ!?」
飛雄さんに無理やりパーカーをひん剥かれた。酷い追い剥ぎだ。
「…………。」
「ぬ、脱がせたならなんとか言ってくださいよ!」
「脱がせたとか言うな!!」
飛雄さんは私の水着姿を晒しておいて、何も言わなかった。ただただジーッと見るばかり。
いたたまれなさ過ぎる、お世辞でもいいからなんとか言って欲しい。
「に、似合ってない、……でしょうか」
「そ!んなことねぇよ、……可愛い」
「へ」
「おら!!海入るぞ!!」
「うわぁ!?」
私のパーカーと自身もパーカーを脱ぎ、レジャーシートにそれらを乱雑に置いたかと思えば、私の手を取りずんずん歩き出した
ととと、飛雄さんの、は、半裸!!背中までかっこいいとか何……!?
あまりの眩しさに直視出来ない、かっこよすぎる。暑さと相まって鼻血が出ないか心配だ。
しかしそんな煩悩も、波打ち際まで来ると消え去り、
「………海って、本当にキラキラしてるんですね」
初めて見る本物の海に感動した
「初めてだったな、………ほら、こっち来い」
ゆっくり海水の中へ入っていく。ちょっと冷たい!
「え、こ、これってどこまで足つきますか」
「っはは!!気にしなくても俺が捕まえといてやる」
急に足場が無くなるじゃないかと怖かったのに、飛雄さんに笑われた。むむ。
「うわ、うわわ」
波によって体が連れ去られそうになる。プールなどでは味わえない感覚に楽しくなってくる。
「うわぁ!?」
しかし調子に乗って深い場所まで歩いていってしまい、少し大きな波に流されてしまった
「っと………気をつけろよ、波に飲まれたら危ねぇから」
「は、はい……」
飛雄さんに抱き抱えられ、海から出される。片手でなんなく持ち上げられて、飛雄さんの逞しさを感じてしまい顔が熱くなる。
その上、余すことなく露出された飛雄さんの筋肉達が目と鼻の先にある事に、私の心臓は大忙しになってしまっている。
その後も一緒に海の家でご飯を食べたり、貝殻を拾ってみたり、浮き輪でちょっと流されたり。
飛雄さんと色んなことをして遊んだ。凄く楽しかった!こんなに飛雄さんと時間を共有したのは初めてで、飛雄さんの1日を独占したような気持ちになる。
日中に起きた男の人への恐怖も全て、飛雄さんの優しさが溶かしてくれたように感じる。
「ふあぁ……」
「眠いか?」
「はい……遊び過ぎました」
「見た事ないぐらいはしゃいでたな」
「そんなの飛雄さんだって」
「なんだと」
「なんで喧嘩腰なんですか!?」
ぎゅっと繋いだ手を握り直す。
帰りの電車でも笑い合いながら、私たちは家路についた。
優しさに溺れる
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