「明日から1週間休みだけど、何かやりたい事あるか?」


「え?飛雄さん、帰省しないんですか?」


朝一番に言われたけれど、1週間休みって言うのはお盆休みだからお休みなのであって、


てっきり宮城の方に帰省するのかと思っていた


「……帰省か。」


「戻りたくないんです?」


「いや、そんな事ない。先輩とか同級生とかに会いたい。」


「なら戻るべきですよ!」


「……1人で平気か?」


「そんな子供じゃないですよ!18歳です、大丈夫ですよ。」


「俺からしたら子供だ」


ふふん、とドヤ顔してくる飛雄さん。しかし年齢を聞いたところ22歳だと言っていたので4歳しか変わらないのだ。


「もう!数日飛雄さんいないくらい、大丈夫ですよ!!」


「ははっ!わかった、じゃあ宮城行ってくる」


「はい!ゆっくりして来てくださいね」


「名前はずっと家にいるのか?」


「そうですね、大体………あ、でも1日だけ予定が。」


「?どっか行くのか」


「はい、両親のお墓参りに。」


やっと前を向いて歩けるようになったよ、と報告したい。あと飛雄さんの事も。


「………俺も行く」


「え?」


「俺がいる日にしてくれ」


「え、でも飛雄さんに来てもらう程の事でも」


「いいから。わかったな?」


「は、はい…」


よしよしと頭を撫でられる。気持ちいい。じゃなくて、


会ったこともないのに私の両親のお墓参りに来てくれるなんて、どこまで良い人なんだ飛雄さんは。


強引に私を丸め込んででも来てくれる優しさに今日もきゅんっとする。





結局話し合いの結果、飛雄さんのお盆休みの初日に行くことになった。翌日から飛雄さんは宮城に帰る。


「これで全部か?」


「はい、ありがとうございます!」

飛雄さんは両手に花や果物を持っている。いつもいつも荷物を持ってくれる飛雄さんには感謝しかない。


電車を何本か乗り継ぎ着いた、苗字の名が彫られたお墓。


両親が亡くなった直後はお墓の前に立つと呼吸すらままならず、過呼吸を起こして親戚に引きずられて帰った記憶がある。


まだ懐かしむ程時間は経っていないが、あの頃より遥かに私は前を向く事が出来るようになっており、お墓の前に立っても父と母がいた頃のように笑顔を浮かべる事が出来た。


例えそれが無理やり作ったものだとしても、私は笑えるようになったと2人に伝えたかった。


こんな素敵な人に出会えて、助けて貰って。2人が居ないのは未だ辛いけれど沢山の幸せを貰えてるって。


しかしそれでもお墓の前に来ると思い出すのは沢山の両親との思い出。寂しい思いが1番に来るが、それでも久しぶりに来れた両親のお墓の前なので無理にでも笑う。


泣きそうになりながら、ぎこちない笑顔を作る私を見て飛雄さんがどんな表情をしているかなんて知らず。


「……俺も、手合わせていいか」


「勿論です、両親も喜びます」


「俺の事知らないだろ」


「今教えました!」


「……なんて教えたんだ」


「えっ………内緒です」


「悪口でも言ったか?」


「そんな訳ないじゃないですか!!」


そう言うとくっくっく、と喉を鳴らして笑う飛雄さん。またからかわれた。


ひとしきり笑うとしゃがみ込み、お墓に向かって手を合わせる飛雄さん。


その横顔は陽の光を浴びて神々しく見えた。本当に綺麗なお顔をしてらっしゃる。こんな綺麗で、かっこよくて、プロのバレーボール選手で性格まで良い人といられるなんて私は本当に幸運だ。と思う。


しかしそれが両親を失った代償だと言うのなら、私はそれでも神を恨む。例え飛雄さんと出会えなかったのだとしても、罪の無い両親を奪ってまで出会わせないで欲しかった。


だって恋愛に興味が無さそうな上私の事は子供扱い。脈なんて全然無い。叶わない恋愛をする事になってしまうのだから。


それにしても長いな、何話してるんだろう。そう思うほど飛雄さんは長い時間手を合わせていた。


「ん、帰るか」


「はい、ありがとうございました!」


「何がだ」


「え?……会ったこともない私の両親のお墓参りしてくれて、です」


「大事な娘さん預かってんだ、挨拶ぐらいしとくべきだろ」


「………っふふ」


「何笑ってんだ」


むっと唇を突き出す飛雄さん。


当たり前のように言ってるが、全然当たり前じゃない。もういない親の気持ちまで考えるなんて。どこまで、どこまで私を好きにさせたら気が済むんだ。


「帰りましょ、飛雄さん!!」


荷物を持ってない飛雄さんの右手を私の左手で掴む


「おう」


その手を飛雄さんはぎゅっと握り、笑みを浮かべた


「今日の夜ご飯何がいいですか?」


「カレー」


「一昨日食べたばっかりじゃないですか」


「明日から名前の飯食べれねぇから、1番好きなの食べていきたい。……だめか?」


「………いいに決まってるじゃないですか…!」


ご飯を作らせて貰っている身としてはそんな言葉殺し文句だ。それに加えてかっこいいくせに首を傾げてくるあたり可愛い。


今日の夜ご飯はカレーにしよう。飛雄さんが好きなポークカレー。温玉もいつもより多く用意しよう。





「風呂入ってくる」


「はい、ご飯用意しときますね」


「ん、頼む」


家に帰ってきて、キッチンに立つ。さてやるぞ。


お墓参りをしたからか、帰り道も両親の事を色んな場面で思い出す。


電車は何度か父と乗ったなぁとか、こうやって手を繋いで母とお散歩したなぁとか。


家に帰ってきてもこうやってキッチンに立つ母に抱きついてたなぁ。と思い出してしまう。


思い出すことは悪いことでは無いが、その度やはり胸の奥がきゅっと詰まるような痛みを感じる。


そしてもう会えないんだという事を痛感し、少しだけ泣きそうになるのを繰り返していた。


しかし私が泣くと飛雄さんは酷く心配する、優しいが故に私が泣き止むまで隣にいてくれるのだ。初めて会った時からそうだった。


それをわかってるからこそ出来るだけ彼の前で涙を見せたくない。優しくて愛しい飛雄さんを困らせたくなんか無いのだ。


ことことと鍋が音を立ててカレーを煮る。お玉で掬ってとろみを確認、もうちょっとだな。


すると浴室から音が聞こえる、飛雄さんがお風呂上がったようだ。そろそろご飯をついでおこう。


ご飯をついで、とろみがついていつものカレーが完成し上にかける。温玉は割らずに殻がついたまま渡すのが我が家流だ。飛雄さんが自分で割りたがる為である。


「出来たか?」


「はい!丁度出来ましたよ」


「食べる」


「はい、そっち持ってくので座ってて下さい」


ダイニングテーブルにカレーとサラダ、お茶を並べてスプーンを渡す


「いただきます」


「いただきます!」


今日も飛雄さんとご飯を食べる。いつまでこの生活は続けられるのだろう。なんてふと思ってしまった。突然家族との日常を失ったトラウマはそう簡単には消えない。


飛雄さんとだっていつまでも一緒にはいられない。この人は恩人だけど、家族でも恋人でも無いのだから。


楽しいからこそ、幸せだからこそ、終わりの日を意識してしまう。それを考えてしまい、私は無意識の内に唇を噛み締めていたようで、


「…………?どうした、名前。」


「な、なんでもないですよ!」


急いで笑顔を貼り付ける。こんな話、ただ困らせるだけだ。


「ごちそうさまでした!」


食べ終わった食器達をキッチンへと運ぶ


「ごちそうさまでした。俺が洗う、風呂入ってこい。」


「え!?大丈夫ですよ、私明日も休みですし。飛雄さん明日から出発だから早く寝た方が」


「ほら、行ってこい」


「飛雄さん!?」


ぐいぐいとお風呂場へ押される、こうなった飛雄さんは頑固でほとんど話を聞いてくれない。一緒に住んで分かったことだ。


私は諦めてお風呂へ入る事にした。どうしたんだろう、疲れた顔でもしていただろうか。




「おかえり」


「あ、ただいまです。お皿洗いありがとうございました!」


「ん、こっち来い。」


ソファーに座る飛雄さんに手招きされる。なんだなんだ。


隣に腰を下ろして、隣に座る飛雄さんを見上げる。


「どうしました?」


「ん、」


「え?」


「ん!」


両手を広げて待つ飛雄さん。何これ、何を求められてるんだこれは。


もしかして抱きつくのを待ってる………?いやでも違ったら大変な事に……でもこの考えてる間に飛雄さんの眉間のシワがどんどん深くなって……もういい!!間違えてたら土下座しよう!!


テンションがどんどん下がる飛雄さんを危惧し、勢い良く胸に飛び込んだ。


すると閉じられた飛雄さんの両腕。正解……?


肺いっぱいに飛雄さんの匂いを吸い込み、顔が熱くなるが、それと同時に安心する。飛雄さんの温もり、匂いはもう私の安心する対象となっていた。


「あの、飛雄さん……?これは一体…?」


「んー。」


飛雄さんの膝に跨らさせられ、完全に膝に乗る体勢となる。普段あまり見ることの無い飛雄さんのつむじが見えそうだ。


「え!?ちょ、どうしたんです、と、飛雄さん」


「…………。」


そのままゆっくりと背中を撫でられる。なに、何これ。まるで泣いてる私をあやしているような行動。


私は、泣いてない。心配かけたくないから泣かないようにしていたのに、なんであやされてるの。


「飛雄さん、どうしたんですか」


何も言わない飛雄さん。でも気持ちだけは優しく撫でる手から感じる。よしよし、と労るような包み込むような優しさに、普段はこんな事ないのにお墓参りをした事も相まって、母の面影を思い出してしまう。


泣いた私を抱き締め、撫でてあやす母。そして母と私の2人を抱きしめる父。


どうして、どうしてもう涙を止めに来てくれないの。


気づけば溢れていた涙


静かに流れたそれはどんどん勢いを増し、嗚咽を漏らす程となった


「ひっぐ………うっ……」


「………やっと泣いたな」


背中を撫でていた手は上に上がり、私の頭を抱きしめるようにして撫でた。


飛雄さんの肩に顔を埋めてぼろぼろと涙を流す。また泣いてしまった、心配かけたくなかったのに。


泣きたかったこと、飛雄さんにはお見通しだった。


「ごめっ……なさいっ…………」


「何がだ?」


「泣いてばっかり…………!」


「そんな事ない。ちゃんと理由があって泣いてるんだし。………でも今日みたいに我慢するのはやめろ」


「……でも、………心配かけたくなくてっ……うっ…」


「泣きたい時は泣け。感情を殺すな。俺の胸はいつでも貸してやるから………我慢しないといけないほど、俺は頼りない男か?」


「そんなことないです!!」


「ん、じゃあ泣け。辛い時は沢山泣け。んで心配はさせろ。励ますのは苦手だから、こうやって近くにいてやることしか出来ねぇけど。」


ぎゅううっと抱きしめられる。充分です、あなたの温もりだけで充分。


「元気出たか?」


「はい、………ありがとうございます」


いつも、隣にいてくれて。初めて会った時も見捨てず隣にいてくれて、ありがとうございます。


「ならいい。冷やすぞ、目が腫れてる。」


目元を綺麗な指先で撫でられる、明日は真っ赤なままかなぁ。


飛雄さんは私を降ろして氷水を袋に入れて持ってきてくれた


「すいません、泣かせることから目を冷やすまで手伝ってもらっちゃって……」


お見通しな上に泣かせる事までさせてしまって申し訳ないし恥ずかしい……飛雄さんには何も嘘はつけないなぁ


「いい。ご両親に娘さんは任せて下さいって言ってきたしな。」


「え?」


「だから任せろ、お前の幸せは俺が守る」


口を開けてぽかん、としてしまう。


それに対してにぃっと笑った飛雄さん。私の幸せは飛雄さんと生きてく事なんですけれど、それも叶えてもらえるんでしょうか。


なんて言葉は言えずに飲み込んだ。こんな感情までお見通しじゃないといいのだけれど。
make me cry


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