飛雄さんが宮城に帰られて2日目、私はスーパーに行ったり勉強したり。いつも通りの一日を過ごした。
なんてことない1日を過ごして、今更18歳にもなって寂しい寂しいとなる事は無いだろう。なんて笑ったが、地味に寂しかったりする。飛雄さんの存在自体を全く感じないのは割と堪えた。
その為いつもは直接話しているのに、いつ来るかも分からない飛雄さんからの電話に少しの緊張と期待を膨らませていた。
電話するとしか聞いてないけれど、昨日と同じように夜だろうか。それなら早めにご飯とお風呂を済ませようかな。
なんて、いない飛雄さんを優先して行動しようとする辺り、それ程飛雄さんに溺れている証拠だろう。その事実に気づいて自分で恥ずかしくなってくる。
◇
「なぁ、名前ちゃん1人で今家にいるんだよな?大丈夫か?」
「一応戸締まりとか知らん人来ても開けんなとは言ってある」
昨日とはうってかわり、同級生のみで飲みに来ている。先輩達がいるのも楽しいがこれはこれで楽しい。
「でもいつも影山くんいるんだったら少し心細いかもしれないねぇ」
「いつも家に帰ってる?夜とか朝とか一緒にいるの?」
「いる。バレーやってねぇ時間以外はあんまり1人にしない。」
「王様にしては珍しく気使ってんじゃん」
「気使ってんじゃねぇよ、俺が帰りてぇから帰ってるだけだ」
「うわ……惚気かよ……」
「月島くん……顔…」
「月島は相変わらず隠す気ねぇなぁ……」
「惚気じゃねぇよ!」
「いやいや、惚気に聞こえるよ。影山はその子の事好きじゃないの?」
「?嫌いなら一緒に住んでねぇけど」
「そういう事じゃなくて、彼女にしたいとか思わないの?」
「彼女……」
正直彼女って言うのは面倒だと思ってしまう。
バレーより優先して欲しいとか、連絡を頻繁にとって欲しいなど言われて困っているチームメイトを見た事が何度かある。
俺はバレーより優先なんて中々出来ない、ほぼ出来ない。そこを分かってもらえないとなるとわざわざ彼女を作る必要は無いと考えてしまう。
でも名前なら。その考えは変わるかもしれない。
今共に生活しているが、上手く俺の生活リズムを崩さないように家事をしてくれている。
それに名前の事なら多少なりとも優先したくなる、それだけ大事だし出来れば長く一緒にいたいと思っている。
「影山はさ、いつか名前ちゃんがお前のとこから巣立っても全然平気なのか?」
「…………は。」
巣立つ。いつかはいなくなる日が来る。その事実に胸がギュッと何かに掴まれたような感覚に陥る。
あいつとの生活は楽しい、と言うより心地いい。料理は美味いし、一人の時間も邪魔しない。話しかければいつでも返事が帰ってきて、笑顔を見せてくれる。
俺は、名前がいない生活がもうわからなくなってしまった。
いなくなったら、じゃなくてその未来がもう想像出来ない。
「………いなくなられたら困る」
思い浮かぶのは花が咲くように笑う顔や戸惑った顔、困った顔、ケタケタと腹を抱えて笑う顔、無理して作った笑顔、そして泣き顔。
自分で泣くことすら出来ないあいつに触れたい、話したい。無性に会いたい。
「おっ?」
「おぉっ??」
「谷地さんも日向も反応がおじさんみたいだよ……」
「好きとかわかんねぇけど、……なんか話してたら会いたくなってきたから帰る」
「「「は!?」」」
「か、帰るってお前どこに」
「東京に決まってんだろ」
「んな!?まだ2日ぐらいいるって言ってなかったか!?」
「その予定だったけど、名前に会いてぇから帰る。じゃあな。」
俺は荷物を引っ掴み、新幹線の時間を調べるべくスマホを開いた。
◇
机に置いたスマホが震える。画面を見れば飛雄さんからの着信!待ってましたぁ!!
少しだけ心を落ち着かせてから電話をとる、今日1日これを楽しみに待ってましたなんて勘づかれないように。
「もしもし!」
「ん、悪い遅くなった」
「いえ全然!」
待ちくたびれました!なんて言葉は飲み込む。飛雄さんは宮城に帰ってのんびりしてるんだ、こっちに戻ってきたら嫌という程に会える私の事なんて二の次だろう。
ふとスマホからガタンゴトン、と電車の音が聞こえている事に気づく。
「今線路近いんですか?電車の音が聞こえます」
「……あぁ、今から新幹線乗るから駅にいる」
「え?宮城から移動するんですか?」
「そっち帰る」
「へ!?」
聞いていたのは3泊4日。まだあと2泊はしてくる予定のはずなのになんでもう帰ってくるの!?と少し困惑する、何かあったのだろうか
「な、何かありました?!」
「?なんもねぇけど」
「じゃあなんで予定より早く帰ってくるんですか!?」
「………俺が帰ってくると困るのか」
「そういう!!意味じゃ!!ないですけど!?だって、3泊4日って言ってたじゃないですか」
「………………名前の事話してたら会いたくなった。」
「へ………」
「よく分かんねぇけど、会って触りたいし話したい。」
「触りたい!?」
「へ、変な意味じゃねぇ!!…けど、とにかく今すぐ会いたい。だから帰る。……その、出来れば起きてて欲しい」
飛雄さんからの言葉を飲み込めない。今すぐ会いたいって……思わずスマホを持ったまま固まる。
「名前?」
「は、はい!!」
「起きててくれ、時間また連絡するから。」
そう言われ、通話を切られてしまった。起きてますとも。と言うか眠れませんとも……!そんな言葉残されてすやすや安眠なんて出来るほど私のハートは強くない。
本能に忠実な飛雄さんが会いたいからと言って帰ってきてくれる。それは本当に喜ばしい事だ、しかし本当に喜ばしいのは本能として私のことを求めていると思っても良い事だろうか。
ただの家政婦もどきじゃなくて、苗字名前として求められているって考えても良いのだろうか。
にやつく顔にクッションを押し付け、ソファーで暴れる。こんなの大人しく待っていられるものか!!
◇
ガチャ、と玄関が開かれる音がする
急いで玄関へ向かい、入ってきた飛雄さんを出迎えた
「おかえりなさい!!」
「!……………あぁ、ただいま」
ふにゃり、と柔らかく笑った飛雄さん。今まで見てきた中で1番優しい笑顔だった。
そんな表情をされて、 平常心なんて保っていられず私の心臓はドキドキと忙しなく働いた。
あまりに飛雄さんが優しく幸せそうな笑みを浮かべてくれるので、私はとめどなく心の奥底から溢れる愛しさに動かされ、飛雄さんに抱きついた。
「っ!?ど、どうした」
「わ、私も!!」
「?」
飛雄さんの胸に顔を押し付けて叫ぶ
「私も幸せです!!」
「…………おう、一緒だな」
飛雄さんの幸せ過ぎるような笑顔を見て、いてもたってもいられなかった。飛雄さんだけではないと、私も幸せだと伝えたくなってしまった。
飛雄さんが背中に手を回し、ぎゅううっと抱きしめ合う。
「寂しかったか」
「………寂しかったです」
「えっ」
「聞いておいてなんでびっくりしてるんですか!」
「その、行く前は全然そんな感じじゃなかったし……それに1日しか泊まってきてないし」
「う、うるさいですよ!!いつも一緒にいる時間はやっぱり寂しかったんです……」
「……そうか、俺がいないと駄目だな」
にんまり笑って見下ろしてくる飛雄さん。
「飛雄さんは?寂しかったですか?」
「寂しくなかった」
「………そーですか」
「でも、会いたかったしこうやって触れ合いたかった。声も直接聞きたくなった。」
だからお前の元に帰ってきたぞ。なんて耳元で話すもんだから逃げたくなって飛雄さんの腕から抜けようとしたが、案の定と言うかなんと言うか、全然抜けさせてもらえず、
「逃がさねぇぞ?1日ぶりの名前だからな」
「たった1日ですよ!?うわっ!?」
ふわりと抱き抱えられ、今度は私が飛雄さんを見下ろす
「そのたった1日で寂しがったのはどこのどいつだ?」
「うぬぬぬ………」
正直に言うんじゃなかった、これ暫くいじられるぞ……
「なぁ名前」
「……なんですか?」
「拗ねんなよ」
はははっ!!と声高らかに笑いながら言う飛雄さん。そんな完全に馬鹿にされて拗ねない人がいるもんですか!
「拗ねてませんけど!?…なんですか?」
「今日一緒に寝よう」
「はい!?」
「離れたくねぇ」
ぎゅっと私を抱えた腕を締める飛雄さん。より密着した体勢に顔が熱くなる。
「さ、流石に駄目ですよ!」
「……駄目か?」
「うぅっ!!?」
若い男女が付き合ってもいないのに、同じベットで寝るのは良くない事だって分かってる、それくらいの知識はある。
だがしかし私と飛雄さんでそのような事態が起きるかどうか考えたら………悔しいけどほぼゼロパーセントに近いであろう、悔しい。もっといい女になりたい。
その悲しき事実と、飛雄さんより今目線が上にあり、飛雄さんが上目遣いで首を傾げているという現実から、
「…い、…………イイデスヨ…」
「ほんとか!!ちょっと俺の部屋のベットで待ってろ、すぐ風呂入ってくる。」
私を持ち上げたまま飛雄さんの部屋へ向かい、ベットの上に私を降ろしたかと思えばすぐに出て行った飛雄さん。
いや今普通に離れたじゃん。とか思うのは可愛げの無い女になるのだろうか、いい女には遠いのだろうか??
ぽすん、と飛雄さんのベットに寝転ぶ。するとふんわり香った飛雄さんの匂い。
慌てて体を起こしてベットから距離をとる。ま、まずい。このベットは危険だ……寝られる気がしない……!
ど、どうしよう。この上に飛雄さん本人まで来るんでしょう?え?寝れる訳ない。一晩中ドキドキしっ放しだ。
とりあえずリビングに戻って、冷静になる。飛雄さんもお風呂入ったら冷静になって一緒に寝る必要無くね?って気づくかもしれないし。うんうん。
水を飲んで、少し落ち着く。離れたくねぇとかほんと言葉の威力が半端じゃない。しかもそれを付き合ってもない女に言っちゃうんだもん、飛雄さんこれまで何人の女の人を泣かせてきたんだろう……
「名前!?」
「は、はい!?」
飛雄さんの罪深さを嘆いていたら突如大声で呼ばれる、どうしたんだ。
「なんで俺の部屋にいねぇんだよ」
「いやぁ……落ち着かなくて」
「?いつも掃除とかで入ってるだろ」
「いやそれとこれとは!!」
「???………ほら行くぞ」
今度は横に抱き上げられてまるでお姫様のように運ばれる。か、かっこよ………じゃなくて。全然冷静になってない飛雄さんに焦る。
ベットに横たえられ、私の横に飛雄さんが寝転ぶ
「ん、こっち来い」
腕を広げられ、ぎこちなくその中へ入るとぎゅううっとまた抱きしめられた。今日は帰ってきてからずっと抱きしめられてる気がする……
「…………落ち着く」
「落ち着く!?」
「なんだよ」
「わ、私は落ち着かないです」
「そうなのか?」
「そ、そうですよ!そもそも離れたくないって……」
「なんか、離れたくねぇ。お前とずっとこうしていたい。」
すりすりと擦り寄る飛雄さん。大きな猫みたい。でもこの状況で全然落ち着かれちゃうあたり、やっぱり私は意識されない人間だったのか。
少しだけショックに思いながらも、落ち着く相手って言うのも悪くないかな、と思い彼に擦り寄る。
飛雄さんの匂いが濃いが、今日はもう寝れないつもりでいよう。こんな状態で平常心なんて無理だ!!
「……ねみぃ」
「宮城から帰ってきましたもんね、もう寝ましょう?」
「ん………おやすみ」
「おやすみなさい、飛雄さん」
綺麗な切れ長の瞳が閉じられる。こんな間近で見たのは初めてかもしれない。
眠れるかどうかなんてわからないが、私もとりあえず目を閉じることにした。飛雄さんの温もりと匂いにドキドキしながら。
ペチュニア
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