「どうしても、俺とは付き合えないかな」
「えっと………」
秋風が吹き、制服の上からカーディガンを羽織るようになった季節
私は少し、いやかなり困っていた。
◇
夏休みが終わり、また家事と学校で忙しない日々を送り始めた。
成績の方は上々で受験になんら心配は無さそうだ。
飛雄さんと言えば特に変わらず元気にご飯を食べて元気にバレーボールしてる。
以前からスキンシップは増えつつあったが、夏休み以降たまに一緒に寝よう、と誘われる日が増えた。
最初こそ拒否していたが、あまりに悲しそうな顔をして、そうか……と引き下がるのでこちらが耐えられず寝ます!!と叫んだのは記憶に新しい。
嬉しそうに私を抱き込み眠る飛雄さんを眺め、バクバクうるさい心臓を鎮めて寝る事にも最近やっと慣れてきた。
明らかに物理的な距離感は縮まっているが、心の距離は女性としてと言うより家族感が強まっている気がして悲しい今日この頃である。
そんなある意味充実している日々を送っていた最中、私は放課後クラスメイトの男の子に呼び出された。
「ごめん、急に呼び出して。」
「いや全然!どうしたの?」
「………俺、苗字の事ずっと可愛いなって思ってて」
「へ。」
「受験シーズンでそれどころじゃないって分かってるんだけど……どうしても伝えたくて」
「えっ」
「……ずっと前から好きでした、俺と付き合って貰えませんか」
赤くなった頬。とても嘘を言っているように見えない。
本気で告白してくれている、彼の姿を見ていたら瞬時に分かった。
しかし私はあくまで飛雄さん最優先。それに私の心も飛雄さんの虜だ。
丁重にお断りする道しかない。
「……ごめんなさい、お付き合いは出来ません」
「…そ、……そっか、わかった。ごめんな。」
「こちらこそ、……好きになってくれてありがとう」
「……でも、簡単に諦められない」
「えっ?」
「なんで付き合えないのか教えて欲しい。……他に好きな人でもいるのか」
「…………うん」
「……そっか、わかった。………あの、……諦められるまでは好きでいてもいい?」
健気にそんな事を言ってくる男の子に、私は駄目だなんて言う権利なんてなくて、
「うん、諦められるまでなら……」
「ありがとう!……これからも話し掛けてもいい?」
「勿論。そこまで拒否する権利私には無いよ」
そう笑って答えたのだ。それに対して彼も嬉しそうに笑った。
しかし今思えばこれがいけなかった。この男の子は見た目に反して中々強気と言うかグイグイ来ると言うか。
本当に諦めようとしてる?と疑いたくなる程に、次の日から私に関わるようになった。
別に悪い人では無いが、こちらは交際をお断りした手前少し気まずい。お昼ご飯を食べる時も誘ってきて、一緒にいる友人達はなんとなく居心地が悪そうにしていた為一緒に食べることを辞めるとこちらから申し出た。
友人たちに非は無いので、とりあえず彼が離れてくれるまで。と話して私は彼と2人でご飯を食べることになってしまっている。
勿論気分が良い訳では無い、むしろあまり良くない。この人が飛雄さんだったらなぁ、なんて失礼な事まで考え始める始末。
私の好きな人とはどんな人か、とか。次の授業だるいね、とか。正直話しても話さなくても同じような内容ばかりを話していて、彼も楽しいのか疑問に思う。
なのにここ数日は帰るタイミングまで合わせてきて、一緒に下校する事になってしまった。避けようと時間をズラしても、必ず下駄箱で待っているのだ。逃げようが無い。
1度強く言って辞めてもらおうか、と思ったがこれからも話しかけても良いと言ったのはこちらだ。今更撤回するなんて中々言い出せない。
そして彼は何日か、何週間か毎にまた付き合って貰えないかと聞いてくるのだ。
勿論断るが、何度も断るのはこちらとしても辛いものがあり、しかも次の日からも普通に話しかけられるのも辛い。
まさか自分が告白されるなんて思ってもいなくて舞い上がった結果、こんな事になってしまった。人に告白されるのなんて初めてだったからどうしたらいいのかなんてわからなくて………
そうだ、飛雄さんに相談してみようか。
悲しきかな飛雄さんは凄くモテる。それはもう物凄く。バレー関係者からもたまに出るテレビや雑誌での共演者からも、勿論バレーファン達からも。
ファンはさて置き、共演者や関係者は好意が丸わかりだろうと言う物を貰ってきたりする。
香水やアクセサリー、時計や服に至るまで。どれも飛雄さんによく似合いそうなものばかりで、尚且つとても高級そうなものばかり。
飛雄さんはそれらを持って帰ってきて、なんか貰った。と言ってその辺にぽいってするのを私が慌ててキャッチするのがいつものパターンだ、彼はバレーとご飯以外に興味は無いのである。
そして中身を確認した私が、どんな人に貰いました?と聞くと大抵香水臭いお姉さん。と答える。
それを聞き、めちゃめちゃアプローチされてるじゃないですか……と地味に落ち込むまでが一連の流れだ、何度やっても慣れない、飛雄さんが興味無くてもやはり気になる。
このように飛雄さんは非常にモテるのだ、こう言った場合の対処法なども知っているに違いない。聞いてみよう。
でも最近の飛雄さんは家にいる時、難しい顔と言うか怖い顔をしがちだ。もしかしたら飛雄さんは飛雄さんで何かに悩んでいるのかもしれない。
私の相談を聞いてくれるだろうか、………やめておこうかなぁ。
◇
今日は自主練をさせて貰えなかった。最近オーバーワーク気味だから帰れと言われてしまった。
まだ体が動き足りないが、コーチにそう言われたら仕方が無い。家でストレッチでも念入りにやろう。
この時間なら名前より早いかもしくは同じくらいの時間に帰れるだろう。
自主練できなかった事は不本意だが、名前といつもより長い時間過ごせるのは悪くない。
なんて考えていたら家が目と鼻の先まで近づいていた。名前はもう帰ってるだろうか。なんて歩いていると名前を発見。
声をかけようと近づくが、反射的に足を止める。隣に、男がいる。
体の芯から冷えるような感覚。話しながらこちらへ向かってくる2人。
慌てて塀の影に隠れる。誰なんだアイツは、距離感も近いし仲良さそうに見える。
彼氏なのだろうか。
ズキッと胸が痛む、すげぇ痛い。なんだこれ。
思わず胸を掴む、止まらねぇ痛み。名前達の姿を思い出すだけで痛みは激しくなる。
俺は足早に家の中へと入った。もう痛みに耐えられず、見ていられなかった。
帰ってきた名前はいつもと特に変わり無く、いつも通り飯を作っていた。俺に言う事は無さそうだ、言うほどの事でもないという事だろうか。
でも本当に彼氏なのであれば、抱き締めることも手を繋ぐことももう出来ないという事だろうか。抱きしめて寝ることなんて論外になるのか……!?
名前を抱きしめて寝るとすげぇよく眠れる。あったかいし柔らかいし。
なのにこれからはそれ等が出来なくなるのか、拒否されるのだろうか。
その日の夕飯の肉じゃがの味なんてわからなくなるぐらい、俺は名前と隣に並び立つ男の事で頭がいっぱいだった。
◇
「影山」
「牛島さん、ちわっす」
「体調が悪いなら休んだ方がいいと思うぞ」
「えっ」
体調は別段悪くない、良くもないがいつも通りだ。
「影山ー!!」
日向の声が聞こえる、そうか今日はブラックジャッカルも来てるのか
「おーーす!!………ってどうした!?その顔!!」
「何がだ」
「真っ青じゃねぇか!!」
「んなわけねぇだろ、朝鏡見てきたし」
「いやいや!!……ほ、星海さん!!影山顔色おかしいですよね!?」
「お?……………うわっ!?どうした影山!?」
星海さんにまで言われる、まさか本当なのか
「顔色悪いぞ!?い、医務室行くぞ!!」
「いや、俺はだいじょ」
「大丈夫じゃねぇから言ってんだけどぉ!?」
ずるずると引きずられる、そんなに酷い顔をしているのだろうか。
医務室で熱を測り、診察もしてもらったが特に異常はなかった。異常は無かったが確かに鏡で顔を見たら朝より遥かに青くなった自分の姿があった。
なんだこれ!?と自分でも目を疑うほどに。体調は特に悪くないからストレスの方じゃないか、と常駐している医者に言われたが、ストレスなんて言ったら昨日の事しか思いつかない。
しかし俺が考え込むことでどうにかなる問題でもないのにどうしろと。
医務室を出て体育館へ向かう。とにかく考えない事が1番だ、バレーしてればその時間だけでもバレーに集中出来るはず。
とは言え全く考えない事なんて出来ない、考えちゃダメだと考える程にあの二人の姿を思い出す。
いつか、紹介でもされるのだろうか
バァン!!
「うわぁ!?す、すまん!!すまん飛雄くん!!大丈夫だったか!?」
高校卒業したら彼氏と住むので家を出ます、とか言うのだろうか
「え?ちょ、飛雄くん!?大丈夫か!?聞こえとる!?」
お世話になりましたとか言って名前の部屋が空っぽになるのか
「う、牛島くううん!!!すまん!!飛雄くん壊してしもたぁあああ!!」
「!?おい、影山。大丈夫か。壊されたのか。」
名前はあいつと幸せに生きて俺は1人であの家に住み続けるのか……?
「………返事がない」
「俺が飛雄くんに扉バァン!!ぶつけて顔から全部打って、そっから返事が無いんすよおお!!」
「侑さん?どうしたんですか?」
「翔陽くううん!!俺飛雄くん壊してしもたああ!!!」
「はい!?」
そんなの耐えられない。幸せにはなって欲しいけど俺が幸せにはしたい。どうしたらいいんだ、俺はどうしたら名前と幸せになれるんだ。
「影山!?影山くーん!?」
「飛雄くん!!うわぁあ!!日本代表駄目にしたって国民に怒られるうぅぅ!!」
「落ち着け宮。影山、影山聞こえるか。」
加速する
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